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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
七章:悪手から綻び
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間違わないように

 もやもやしたまま、夜になった。

 アンディさんは今日はここに帰らない、とルナさんは言う。上とやらへの報告の他に、日常的に請け負っていた仕事があるとかで、城にとどまってそれを片付ける必要があるらしい。

 年齢は若いけれど、アンディさんは地位としては結構上なのだそうだ。

 なので部下もいるし、仕事もいろいろ抱えているとか。

 そんなにお忙しいのに、どうして私たちの監視まで担っているのだろう。

 働き過ぎて倒れたりしなければいいけれど……。


 それにアンディさんは、これからたくさんやることがある。ルナさんとの未来を手に入れるために周囲を説得し、当事者の片割れであるルナさんともお付き合いしないといけない。

 私が見た感じではルナさんもまんざらではないというか、以前ほどの拒否感、拒絶感はないのではないかと思う。一緒にいるのが増えたのも、距離が近づいた結果なんじゃないかしら。


「あの二人、うまくいくといいですね」

「……どうだろうね」

「信じていないのですか?」

「もちろん信じているよ、貴族といういきものが抱えるおぞましさを」


 そして、セレスタイトさまは、わらう。

 嗤うような顔を、する。


「僕が聞いた話で有名なのは、やっぱりあれかな。とある魔術師の名門で、貴族でもあるお家柄に生まれた一人の令嬢は、魔術師ですらない男を恋人にして、彼との間に子を作った。すると彼女の両親はその腹の子を殺そうとした。だが娘は逃げた、逃された。……男を犠牲に」

「……それは」

「男の亡骸は、それはむごたらしい状態で発見されたらしい。衣服から身元もわかり、さらにその状態から魔術師のしわざだろうと判明。さらには男と親しかった令嬢が行方不明というのだから人々は噂を囁いたが、相手が貴族だからだろうね、結局捜査はされなかった」


 その遺体は投げ捨てるように適当な教会に押し付けられ、そこでもぞんざいな扱いをされてどこの墓穴に投げ込まれたやら。件の娘もすぐに見つかってしまって、それから先は不明。

 当然、彼女が身籠っていたはずの子どもの行方も、生死も不明。

 それは有名な、二十年ほど前にあったという小さな事件。だからこそ身分の吊り合うものと結婚させるべきで、身分の吊り合わぬ者を近寄らせてはいけないという『教訓』。

 セレスタイトさまは、くすくすと肩を震わせ。


「あの二人が結ばれようとしたところで、彼らを取り巻く世界は許さないよ。子どものままごとならいい。遊びなら構わない。だけど本気になってはいけない。自分ではなく弱い立場である相手を苦しめるのだから。……坊やもそれを、知っていると思っていたんだけどね」

「それでも守ろう、としているだけではないのですか?」

「守れると思うの? 相手はエルテ家だ。若い世代を取り込もうとしているけど、貴族なんて身分が低い人間はオモチャとしか思っていないのだから、口ではどうとでも言えるんだよ」

「そんな、でも!」


 私は食い下がる。

 確かに貴族は『そういうもの』だと知っているし、アンディさんのように名実ともに立派な貴族の家の跡取りならば、それはより強く、重くのしかかる現実問題だということも。

 だけど、だからってそんな頭ごなしに否定することはないはずだ。

 それじゃあまるで、貴族はみんな、心を持たない人であるかのよう。

 そういう人がいるのもわかっているけれど、だけどセレスタイトさまの言い方は、あまりにもひどいように思えた。それは、私も一応は貴族の端くれだったから、なのかもしれない。

 ただ、セレスタイトさまにそんなことを言ってほしくない、と思った。


「ヴィオレッタは、ずいぶんあの子の味方をするね」


 そんな私を見て、セレスタイトさまは冷ややかな笑みを浮かべる。

 いつも柔らかく温かい表情を浮かべていた人の、初めて冷たい部分に踏み込んだ。あるいはこちらの方が、本来の彼なのだろうか。お姉さまの妹だから、と優しくされていただけで。

 あぁ、セレスタイトさまのことを、私は何も知らない。


「もしかして、君もそういう恋をした経験でもあるのかい? 周りに女性しかいなかったというわけではないだろう? それとも、ちょっとした絵物語を見ている気分、とか」

「ば、バカにしないでください! 私だって、だっ、誰かを好きになったことくらい――」


 ある、と言いかけ、でも声にならない。

 好きには色んな種類があると、私は知っている。

 お姉さまに向けている好き、見知った人に向けている好き。それは似たようなもので、しかし決定的に違うものだ。同じ『好き』という箱の中、枠組みの中の、枝分かれした先の何か。

 セレスタイトさまの言うそれは、違うもの。

 それは、ルナさんが口にした、私が知らない私の感情。

 アンディさんがルナさんに向けている柔らかいもの。


 しかし私は未だに、それが本当に存在しているのかわからないでいる。

 なのにセレスタイトさまは、私の前に、知らないものを引きずり出して笑う。

 君は僕を好きかもしれないけれど、と苦笑するように。


「もしかして『好き』になったのは僕が初めて、とか?」

「……っ」

「ふぅん……じゃあ大丈夫だ。アンディのあれも、君のそれも、一時的な病。ちょっとした憧れを拗らせてしまって、少し熱が出ているようなものでしかないよ。すぐに失せる」

「わ、私は、そんな……」

「恋に恋する、なんて言うだろう? 恋をしている自分に酔っているだけ。あるいは――アンディの場合はちょっとした独占欲かもしれないね。ルナはもう十四歳、庶民でもその歳になれば縁談がちらほら入ってき始める頃合い。魔術師ならむしろ今からが盛りだろう」


 失いたくないのさ、と彼は言う。

 自分の言うことをしっかりと聞いてくれる、妹弟子を失いたくないだけ。

 彼女を奪う要素の中で、アンディさんでもどうにもならない要素の筆頭は結婚だ。いくらなんでも身内でもない彼がそれを止めることは、いろんな意味で難しく異常なことだろう。

 しかし結婚は、簡単に望むままにできることでもある。

 そう、自分が伴侶になればいい。

 セレスタイトさまは、きっとそう言いたいのだ。


「……だから、独占欲」

「そう、あれはまだ『坊や』だ。大事なお人形を取られたくないのさ」

「そんなふうには、私には……」

「君の感情も、それは憧れだよ。姉の知らない一面を知るお兄さん、その程度。子どもにはよくあることだと思うよ。少しでも背伸びをしたい感じかな。だから気に悩むことはないさ」


 だってそれは、全部『錯覚』なのだから。

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