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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
七章:悪手から綻び
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先手必勝

 あれから二人は本当に仲よさげになった。

 よく一緒にいるし、ルナさんが何か教わっているのも見かける。ルナさんはまだ魔術を使えないけれど、それを補うべく身につけた知識の方はかなりの量になりつつあるらしい。

 私には魔術の知識なんて皆無だけれど、彼女に問題を出していたセレスタイトさまが驚いていたくらいだから、きっと私とは比べ物にならないくらいすごいのだろう。

 ルナさんは、私と一緒にいない時はだいたいアンディさんかセレスタイトさまと一緒。

 たまに三人で魔術の話で盛り上がっているのを見ると、少しさみしい気がした。


 だけど、今はこれくらいでむしろちょうどいい気がしている。

 今の私はきっと、何を言われてもしっかりとした答えを返せないだろうから。


「……好き、か」


 頭のなかでぐるぐると回る言葉。

 よくわからない。

 考えても答えが出てこない、だって自覚していないもの。指摘されただけで、そうだったのかと慣れるほど、私の頭はスムーズに動いてくれない。

 私と彼には、余計なものが多すぎた。

 お姉さまのこと、それを発端とした現状。

 もはや、出会ったことそのものが認識を歪めている。


「そもそも、好き、ってどんな感じなのかしら……」


 それもわからない。

 だって、誰かを好きと思ったことが限られる。

 お姉さまは好き、召使のみんなも好き。十年も前に亡くなってしまって、もう顔もおぼろげなお父さまやお母さまも。でも、ルナさんの言う『好き』は、きっとそれらとは違うもの。

 例えるまでもなく、それはアンディさんの『好き』と同じもの。

 身分すら乗り越えようとする、原動力。

 それはきっと、計り知れないくらい強い感情のはず。

 試しに、と広げた本――恋愛小説を眺め、ため息をこぼした。場面はちょうど主人公が好きな相手を思ってどきどきしている、といった感じのシーン。

 ここまで通して読んでみたけれど、自分と重なるのか重ならないのかわからない。

 何より、私に彼を好きになる資格なんてあるのだろうか。

 私の、私たちのせいで、彼は。


 例えば彼を呪いから救うことができれば、きっとそれは大団円に違いない。物語ならそのまま告白シーンが始まって、二人は幸せになる。でも現実は、そんなの不可能だった。

 私には魔術が使えないし、残り時間でどこまでやれるだろう。

 いや、どんなに頑張っても私では、彼を救うこともできないのだ。

 何もできない。

 そんな私にはやっぱり、そんな言葉を口にする資格なんて。


「……私にそんなもの、ないのに」

「何がないんだ」


 ふいに、背後から声が聞こえた。

 反射的に本を閉じ、振り返る。

 そこには少しくすんだような風合いの、暗い緑色の外套を羽織ったアンディさん。手には読み込んだ跡のある本と、立ち上がってみれば足元に小さいカバンがあった。

 当然のようにそばにいるだろうと思った黒い姿は、周囲にも見当たらない。


「アンディさん、さっきまでルナさんと外にいたのでは?」

「ルナは買い出しに出かけた。今度は自分がなにか作るとか言ってな。僕はこれから貴様らの状態を上に報告しに行くが、余計なことはしないように――あいつに言い聞かせておけ」

「は、い?」

「貴様の言うことなら聞くだろう、あれは」


 あれ、とは間違いなくセレスタイトさまのことだろう。

 私の言うことを特別聞いてくれるようには、思わないけれど……。

 言いたいのはそれだけだったのか、アンディさんは私から視線をそらす。足元の荷物を持ち上げると、背を向けて歩き出した。中身はわからないけど、それなりに重そうな動きだった。


「あぁ、そういえば言っていなかったな」


 玄関へ向かいかけたアンディさんが、そう言って振り返る。


「僕はこれから、ルナとの結婚を認めてもらえるよう、働きかけていこうと思う。まずは師を巻き添えにしてから両親から話を通し、後は他のご老体どもへ孫世代から手を伸ばす。僕ほどの差が無いにせよ、身分に違いがある恋人がいたり、恋をしているものはいるだろうからな」


 使えるものは使い潰す、とやけに怖い顔で、怖いことを言い放つアンディさん。

 あらぬ方向に覚悟を決めてしまったのではないか、と不安になる。


「だけどお二人、まだお付き合いとかしてませんでしたよね?」

「まだ、な。当然、同時進行でルナも口説いてみせるさ」


 こういうのは先手必勝だ、と笑って。


「もちろんフラれる可能性だってあるだろうが、だからって尻込みするのはもう止めることにした。……どうあがいてもダメになるとして、ならばやれるだけやってからの方がいい」

「アンディさん……」

「もちろん、ダメにするつもりなど欠片もないがな」


 僕を誰だと思っている、とアンディさんが不敵に微笑む。

 誰、と言われても……名門魔術師一族にして、貴族であるエルテ家の跡取り息子。宮廷魔術師としても働いていて、私とセレスタイトさまを監視するためにやってきた人。

 ちょっと口が悪いというか威圧的だけど、悪い人ではない、と思う。

 私の中に書き込まれていたそんなイメージの続きに、新たに『ちょっと負けず嫌い』で『やる時はしっかりやる人』といった文章が、さらさらと書き加えられていった。

 それから、ルナさんのことが好きでたまらない人、とも。


「……まぁ、ともかくルナとまた仲良くなれたのはお前のおかげだ、感謝している」


 その言葉に驚いている間に、アンディさんはそそくさと出て行ってしまった。追いかけても多分無意味だろう。どのみち私は、ここの敷地から出られないのだし。

 だけどアンディさんが、あのアンディさんがお礼?

 いつも『貴様』って言っていたのに、突然なんだか柔らかくなっている。

 聞き間違えたのかしらと考えるくらいに、それは衝撃的だった。


 アンディさんは、変わったのだと思う。

 私の知らないところで、知らない何かが変わった。だから態度がかわり、自分の願いのために動き出し始めた。身分を超えるのは、とても大変だと彼の方がわかっているはずなのに。

 それくらい、アンディさんはルナさんが好き。

 私は――私が指摘されたそれは、本当に彼のものと同じなのだろうか。


 とても、そうは思えなかった。

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