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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
幕間:セレスタイトの諦観
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僕らの夢、僕の希望

 物心ついた頃、その少年は教会にいた。

 周囲からあからさまに浮いた青い髪をからかわれることもない、ワケアリの子どもばかりが集められた教会だった。美しい緋色の髪を持ったシスターが、彼の養い親をしていた。

 青い髪の少年は、親というものを知らない。

 彼は酷い有様だったという身なりで現れた女性が、置き去りにしていった赤子だった。シスターがとめるのも聞かず、彼女はそのまま立ち去って――以降、姿を見せない。

 ただ、彼と同じ青い髪をしていたということだけを、少年は知っていた。

 さほどの興味もなかったが。


 ある日のこと、五歳になった少年を引き取りたいという青年が現れた。銀色のつややかな髪をした彼は自分も魔術が使えるといい、少年の才能を見込んでのことだと告げる。

 少年は少し悩んでから、青年の申し出を受けた。

 自分の髪色が普通ではないことは、なんとなくわかっていた。そこに所以する力があるならそれを身につけよう。そして、それを飯の種にして生きていこう――自分一人で。

 少年はそこまで考えて、彼の手をとった。


 青年はノアという名門の生まれで、直系ではないものの当主候補に名を連ねる優秀な魔術師だった。当然、彼にはありとあらゆる一族から縁談が舞い込んでいて、しかし青年は少年を養子にしたことを理由にそれらをすべて断るようになった。

 これは、少年にとっては迷惑な話で、何度絡まれたか覚えられないほど。

 しかしこんな面倒な連中との結婚は確かにごめんだ、とも思った。利用されるのは少し癪ではあったものの、衣食住を惜しみなく与えられ、普通では考えられない高い教育を与えられる世界の『代金』だと思えば、それほど苦痛でもないし、高い買い物でもないと感じた。

 その考えは一年もしないうちに確信に変わる。


 ――魔術は、一生を生きていけるだけの特別な技能だ。


 簡単な魔術を扱えるようになって、宮廷魔術師という養父の職業に興味を示し始めた少年はそう思う。少年を盾に縁談を断り続け、一族内での地位を投げ捨てた養父は、しかし職場である城での地位をより高みへと進めている。周囲のあれこれはを、すべて黙らせながら。

 権力はすごい。

 誰も逆らえない。

 しかも一族に所以しない、すごい。

 それだけの力があればできないことなどないと、少年は思った。

 ……もっとも、それほどの力を手に入れた先のことなど、少なくともこの時も、実は成長してからもさほど考えたことがなく、思った瞬間から目的と手段が混在していたのだが。


 七歳になった時、少年は養父についていく形で城へ通うようになった。

 ちょうど養父が王の側近に名を連ねたことと、少年と同年代の子どもを王子と引きあわせたいという理由だった。だが少年は、できれば早々に嫌われるなどして回避したいと考える。

 なぜなら、面倒だったからだ。

 そんなことより、もっとたくさん勉強したかった。

 何が嬉しくて、箱入り王子の遊び相手などしなければならない、と。

 ほとんど騙された形で引き合わせた王子は、やはり想像通りのお坊ちゃまだった。唯一の王子なのだから当然だが、あまりにふわふわしているので何度殴りたくなったことだろう。

 だが代わりに殴る人がいたので、ひとまず少年は何もせずにすんだが。


 それは一人の少女。

 曾祖母が『聖女』という理由でその座に座っている、王子の許嫁だった。

 幼い頃からそういう立場だったこともあり、彼女はどちらかと言うと『年下の姉』として王子を引っ張り、その年で甲斐甲斐しくあれこれお世話する立ち位置にいた。

 彼女はいきなり『王子のお友達候補』として現れた少年を見て、にっこりと微笑む。

 自分は彼女のお眼鏡にかなってしまったらしい、と気づいたのは、城に簡易ではあるが部屋を与えられた当たりから。そこから少年は、長きにわたって城で暮らすことになる。


 養父が死に、彼と同じ家名を名乗り、宮廷魔術師になり。

 王子が王となる道を進む後ろで、少女が王妃にふさわしい才覚を示す隣で。


『あぁ、ここが僕の世界だ』


 あの日、教会に現れた養父に与えられた世界に、やっと色がついた気がした。死んだように流れていた時間が、養父によって会うことができた二人のおかげで息を吹き返したようだ。

 少年は誓う。

 二人の道を守ることを。

 少女は相変わらず姉のような立ち位置で、王子はその注意に反発する、弟というより息子のような状態で。少年はそれを茶化しながらそばに居て、周囲がそれを見守る構図。


 この柔らかい世界が、ずっとここにありますよう。

 誰より近い場所で、それを見守り続ける栄誉を賜りますよう。


 彼が初めて抱いたひそやかな願い。宮廷魔術師になって、その先の道を、少年はついに認識して考えるようになる。まだ決めかねているそこを、どう歩くか考えるのが楽しくなった。

 相変わらず少年を取り巻く世界は厳しく、煩わしいものが多い。才覚を示すほど、一族内での地位や扱いは激しく変動し、養父のようにあれこれ縁談を申し込まれることも増えた。

 そのすべてを断りながら、少年は今日も城で暮らしている。

 城には幼なじみがいて、同僚という名の親しい人物もそれなりに増えた。この時、少年の世界は幸せで、彼はこれまで生きてきた中で、初めてこんな日々がずっと続くことを願う。

 なぜならここが、彼にいることを許してくれる唯一の場所。

 きっとこの場所を失えば、彼らから離れたら、自分にはさほどの価値も残されないのだ。




 ――これは、彼の願いが泡と消える、五年ほど前の話。

 彼が自分の価値を見失い、最後の願いに身を賭し捧げることに至る話。

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