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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
幕間:セレスタイトの諦観
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魔術師は願い給う

 その日も男は、何かを読み漁り、あるいは何かを作るという時間を繰り返していた。

 机に積み上がったのは、クゥリでも理解できないような古い書物。

 魔術、それも魔力に関するありとあらゆる資料を手当たり次第に読み漁りながら、男――セレスタイトは魔石に何らかの加工を施す行為を繰り返していた。

 その魔石は、当然外部からクゥリが持ち込んだものである。

 彼からすると『ぎりぎり届けることに間に合った補給物資』でもあった。

 もし今これをセレスタイトに提供しようとしても、間違いなく監視役の二人に、もといアンディ・エルテに止められただろう。何に使うのかと質問されたら、答えられないのだから。

 魔石はそれだけではちょっと綺麗な石ころ、せいぜい準宝石のような扱いだとしても、魔術師が扱うとなるとそれだけでは済まないのだから、曖昧な理由では納得もされない。

 ましてやこうして、ひっそりと時間を見て加工しているとなると……。


「お前、期限を待たずして殺されるぞ」

「タダで死んでやるつもりはないから大丈夫だよ」


 どこが、と言いたいクゥリは、それを飲み込んだ。

 言ったところで聞き入れないのは、もう長い付き合いで理解している。でなければ見つかればどうなるかわからないという危険を承知でこんな作業、平然と行うはずがないのだから。


 ――いやほんと、見つかったらどうするつもりなんだこのバカ。


 魔石はそれだけでは本当に『宝石ほどではないが綺麗な石ころ』であり、主に庶民が指輪や首飾りなどとして使い、宝石、そしてお守り代わりに普段から身に付けるものだ。

 自然から算出されるのではなく、人工的に精製される特殊な品である。

 王都にもいくつか魔石を作る専門業者の『工房』があり、それぞれの店で作り方は異なっているため、詳しい製法については門外不出のトップシークレット。その分、この店の魔石はこういう使い方をできる、ここは高い、ここは安い、などの違いがそれぞれに生まれている。


 セレスタイトが魔石入手を頼んだのは、数ある工房でも少し特殊な店だった。

 というより、どうもこうなるより前――具体的にはミオリアが追放される原因となったあの一件の前日に急遽発注していたものらしい。クゥリは受け取った書類を渡し、前払いで注文したものと引き換えてもらっただけなので、いくらかかったのかというところはわからない。

 じゃらじゃらと、赤紫から青、そして青紫や緑がかったものまで、概ね『青』と言える色合いをした、大小様々な魔石の山が彼の注文した品だ。小さいものは穴を通すだけで精一杯な小粒だが、大きい物は杖の先端にあしらえるほどの大きさをしている。

 それをセレスタイトは一つ一つ吟味するように仕分け、加工作業を開始した。


「にしても、もう少し大きさを揃えられなかったのか? 一昔前は技術が開発途中だったのもあて難しかったらしいが、今ならここまでバラッバラにはならないだろう?」

「あの店は魔石の種類だけを発注するんだよね」

「種類?」

「そう。こういう色だったり、性質を持つ魔石を値段の分だけってやつ。詰め放題の量り売りみたいなものだよ。値段の範囲に収まることが第一条件で、だからこんな感じになる」

「あー、なるほど……」

「用途にもよるけど、とりあえずこの金額内でこういう魔石が複数欲しいって時は、ぜひともおすすめしたい工房だね。質も悪く無いし、特注すれば一点ものも作れる」


 言いながら、セレスタイトは自身が魔術を行使する際に使う杖を取り出す。

 師に習い、成長しきった今でさえ身の丈ほどある大きいそれの先端には、赤子の頭部より大きい魔石が固定されていた。ちなみに長い理由は、万一の時に鈍器運用するためと言う。

 実際、あの大きさの石で殴れば、相手はただではすまないだろう。

 杖の長さでリーチがあるし、何より思ったほどの威力がなくともセレスタイトは魔術師だ。

 ほんの少しよろめいた瞬間があれば、焼くなり消すなりご随意にというやつである。


「……これは、ヴィオレッタを守るための最後の鍵だ」

「お嬢さんを?」

「ここを出る時、僕はおそらく一緒にはいられないだろうからね。その時の備え。クゥリは今までどおり魔力の使い方を教えてあげてほしい。魔術は……そうだな、好きにしていい」

「身を守るための術にするんだな」

「ミオリアがいるところまでたどり着けば、そんなに心配しなくていいと思うけど。とにかく彼女には、無事にこの国を出てもらわなきゃいけない。僕にできるのは、その手助けだ」

「その代わりお前はここで死ぬ、と……なぁ、お前自身は、どうでもいいのか?」

「そうだね、どうでもいいんじゃないかな」


 どうでもいい、きっと彼は本気でそう思っていることをクゥリは知っている。

 出逢った時からそんな気配はしていたが、セレスタイト・ノアというこの青年は、自分の価値を他者の付属物としてのみ見出し、自分自身にはさほどの価値がないと思っている。

 具体例をいうなら、王子とその許嫁の幼なじみで、二人を守る宮廷魔術師、とか。

 今は幼なじみの妹を守る名義上の夫、といったところか。

 普通、彼ほどの若さで重要なポジションにいるなら、それを誇るべきなのだ。なのにセレスタイトは自身に価値などないように言う。確かに人は誰かと関わることで生きるものだという話もあるが、セレスタイトの場合はそれが極端な方向に突っ走っていた。

 魔術師としての自分は養父である師の存在がもたらしたもの。ノア家という、今は失ったあの家名も養父のおかげ。概ねそんな感じに、頑なに自分の価値を見出さない青年になった。

 彼自身にも充分に価値があるのに、今日もまた彼は頑ななまでに認めない。


「ヴィオレッタの幸福だけが、僕の願いだ」


 もうそれしか残っていないと、どこか泣くようにセレスタイトはつぶやいた。

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