後から感情が追いついて
アンディさんとルナさんが来てから、楽になったことがある。
魔術では少々難しい、というか仕込んでいないという、食後の洗い物や洗濯だ。どちらも力加減の調節がうまくいかないらしく、掃除は高い調度品などを置かないことで対処したとか。
しかし食器となるとそうも行かないし、洗濯だってある程度は人の手が必要。
そんなわけで、人手が増えるのは単純に嬉しかったりする。
セレスタイトさまと並んで洗い物をしたりするのは、楽しかったけれど……でも手分けする方が早く終わるので自由に使える時間も増えて、最終的にはよかったのだと思う。
「妹さま、これが終わったら休憩しましょう」
「そうですね、セレスタイトさまとアンディさんも呼びましょう」
「はい」
朝、サラダを盛っていた大皿を片付けながら、これからについて話をする。
といっても特別変わったことはなく、基本的にはリビングでお茶をするだけ。人数が、アンディさんがいなかったりセレスタイトさまが来なかったりと、多少増減するくらい。
セレスタイトさまは確か、今日は忙しいと言っていたから来ない。
アンディさんは――。
「確か、アンディは城に行くと言って外出しました」
「お城に?」
「仕事があるのと、何事もないということを報告しなければいけないと」
王子に、とどこか申し訳無さそうに告げられる言葉。
どうやら二人がここに来ているのは、王子フレンディールの命令ゆえらしい。だけど考えてみればそれもそうだった。ここに私たちを閉じ込めたのは、ほかならぬあの王子なのだから。
だけど報告、とはなんだろう。
おとなしくしているとか、そんな感じだろうか。
……二人が来るまでも、そうやって報告されていたのかしら。
「ところでアンディの、あれですけど」
「はい?」
「妹さまの入れ知恵ですよね、あのアップルパイ」
「あっぷる……あっ」
「やっぱり。アンディがいきなり料理、しかもお菓子とかおかしいと思いました。でも必死にやっているし、美味しそうだったのでまぁいいかなって。でも作り方がどことなく、あたしと同じような感じだったので。でも先生にも教えてないのにって思ったら、妹さまがいました」
「え、えっと……あの、その、これにはちょっとした理由が」
「いいです、美味しかったですから」
また作ってもらいます、という言葉と笑みに、私はひと安心する。もし彼女にとって迷惑だったらアンディさんは今度こそ立ち直れないかも、と少し心配していたからだ。
だけどこの様子なら、時々作るくらいなら受け入れてもらえそう。
あとで、こっそり教えておこうと思う。……ううん、これはルナさん本人から言った方がいいのかもしれない。本人からの感謝と、次を期待する言葉というのは嬉しいだろうし。
「ただ一つ、妹さまに訊いてみたいことがあります。それでチャラにします」
「訊いてみたいこと、ですか?」
ルナさんの、私に訊いてみたいこと?
何のことか、検討がつかない。
私の大まかな素性などは、きっと調べれば簡単に知ることができるだろうし。私個人の、情報ではない何かについては隠すほどのこともないと思う。
あえて、断りにくい状況で聞き出したいこと、とは一体なんだろうか。
答えられないような秘密はないから、何が来ても問題はない、と思うけど。でも何を言われるかわからないというこの緊張感は、むず痒いというか、なんだか胸がドキドキする。
「妹さまは、セレスタイト・ノアが好きなのですか?」
「え?」
「あたしには、そう見えました。夫婦ですが無理やりだと聞いていて、だけどすごく仲がいいというか、妹さまが幸せそうになさっていたので、もしかしてそうなのかなって、思って」
自信なさげな言葉に、私はとっさに何も言えない。
違う、そんなことない。
ないはず、だけど。
口から出ない言葉が頭のなかでグルグル回って、次第にその勢いが薄れていく。
違うの、否定しなきゃいけないの。だけど声にならないし、回る言葉はゆっくりと、綿毛みたいに柔らかくてふわふわした、言いたかったものとは違う形に変わってしまう。
「私……そんな、だって」
まだ、残り時間はたくさんある。
過ぎた時間は、まだ決して多いわけではない。
それなのに私は、そんな簡単に誰かを心のなかに受け入れてしまえたの?
それはいつから?
アンディさんの恋心を、私は悲しいものだと思っていた。少し前まで確かにそう思った。実る可能性はとても薄いもので、ゆえに眩しいといったセレスタイトさまが悲しかった。
泣くように笑うあの人が、かわいそう、で。
だけど、こんなの予想していない。
違う、こんなはずじゃなかった。
アンディさんは、実らなくても一緒にいることはできる。だって師が同じで、その繋がりだけは消えないのだから。実らなくても、伝わらなくても、接点を失うことはない。
だけど私は、彼は。
あの人は、遠くない未来に死んでしまうのに。
腕に走る不気味な線。
聖女が仕込んだ、彼の命を奪う呪い。
仮に私が、彼のことが好きになってしまったとしても、こんな不毛なことが、不相応な感情があるだろうか。彼に恋を、なんて、これ以上の恥知らずな行為など、この世にあるのか。
彼を殺す呪いの元凶は、お姉さまなのだ。
私はお姉さまの妹で、当事者ではないにしても無関係ではない。
なのに、なんで?
どうやって?
いつから?
もしかして、最初から?
私たち姉妹のせいで死ぬ彼に、恋なんて、そんなことを。




