自慢の姉は大罪人だったようです
「これがミオリアの妹? 随分と貧相だな。似ても似つかない、が……」
何かを考えこむように、王子は口を閉ざす。
私は静かに、彼の言葉を待った。
問いかけたいことはいくらでもあった、でも迂闊に口を開こうものなら、背後から切り捨てられてもおかしくないような、そんな気がしている。いいえ、彼らならきっとやると思う。
だから私は、王子の言葉を聞く側に立った。
「先に言っておく。お前の姉はもうこの国にはいない」
淡々と告げられる内容に、息が止まりそうになる。
お姉さまが、この国にいない?
「大罪人は処刑する。あれは、その場で切り捨てられても文句も言えない罪を犯した。父上と母上が止めたからこそ、この手でそうすることを思いとどまってやったのだ」
そんなひどい、と言いかけたのを、口を手で塞ぐことで耐える。
事情がわからない、けれど彼らにとってお姉さまは悪。なら、ここで余計なことを言ってしまえば私だけではなく、ここにいないというお姉さまにも咎が及ぶかもしれない。
ただでさえ私はお姉さまに守られてきた、守られたまま十六歳になった。
これ以上、迷惑をかけるわけにはいかない。
それに、思いとどまった、と彼は確かに言っていた。じゃあ、お姉さまは今もまだ存命だということになる。ならばなおさら、ここで私が迂闊に動いてはいけないとわかった。
「とはいえ、あれをあそこまで増長させたのは俺の罪でもある。血筋の高貴さ、俺の許嫁で幼なじみ、さらに父上たちの覚えもいいとなれば、どうしても扱いが『甘く』なってしまう」
しかし、と王子は続けて。
「だからといって『なかったこと』にはできない。よってあれは極刑ではなく、永久的な国外追放処分とした。今頃は隣国のどこかにいるだろう。……もっとも、その先は知らないが」
「そ、んな……お姉さまは、お姉さまがどうして、どうして、ですか」
残酷に吐き捨てられた瞬間、私の中にあった我慢も消えた。
口元をおさえていた手をおろし、王子を見る。
だって手紙にはあんなに仲睦まじいことが書いてあったのに。いくら田舎と言えど、姉の良い話は聞こえても悪い話は聞こえてこなかったのに。
じいやだって、時々お姉さまに会いに行っては、お嬢さまはお元気そうでした、としか言わなかったのに。悪いことをしていたなんて、そんな話は誰もしてくれなかった。
それとも全部嘘だったというの?
手紙にあったこと、あこがれのお姉さまは偽りの存在だったの?
打ちひしがれる私に、王子は追い打ちをかける。
「どうして、だと? あれはヤヨイを傷つけたのだ、彼女を悲しませ苦しめた。むしろその程度で済ませたことを、一族郎党を処罰しなかったことを、姉妹ともども感謝するのだな」
「……やよい、さま?」
「異世界より神々が遣わした聖女にして、次代の国母となる我が最愛の婚約者だ。お前の姉が口汚く罵り傷つけて、彼女は誰にも言えず何度も涙を流して苦しんできた。そのことに気づいた時の俺の絶望、怒りがお前にわかるか? 信じたものに裏切られた、この感情が」
「そんな、んな、こと……お姉さまが、嘘、嘘です」
姉ではない、お姉さまではないひとが、王子の婚約者。
その言葉の意味を、ようやく噛み締め理解した。彼がここまで怒っている理由、周囲が私にひどく乱暴な理由、お姉さまを『悪者』として扱っている、理由。
ヤヨイ、という人が『聖女』だからだ。
その人のことを王子が好きになり、恋仲になって、婚約したから。
お姉さまが、彼女のことをとても傷つけてしまったから。
すとんと、何かが落ちたような気持ちだった。周囲の対応からくる不安が、恐怖のようなものに変わった。だって、だって彼らの言葉が本当なら、本当に私たちは、お姉さまは。
殺されていても不思議ではない、大罪を犯していたのだから。
「嘘なものか。ミオリア・ヴェルテリスは『聖女』を害した。知らぬ土地、知らぬ風習、異なる世界にやってきたばかりで、何もわからず困惑する彼女に対して、冷たく当たり、罵倒のような言葉で殴りかかり、挙句に俺と彼女の関係を不当であると糾弾したのだ」
何か文句があるのか、と言わんばかりの言葉に、私の足が限界を迎える。がくり、と崩れるように膝が曲がって、その場に座り込んで動けなくなった。
恐ろしい、お姉さまがしたという罪が、あまりにも恐ろしい。
もしじいやたちが嘘をついていたならば、その嘘は優しさと呼べるものだと思う。こんなこと私だって、誰かにいうことはできない。自分から油をかぶって、火をつけるに等しいこと。
怖い、お姉さまの罪状が、怖い。
教会で語られるには、あまりにもおぞましい。
それとも『これ』を狙って彼らはここを選んだのかしら。聖女と教会――神々は、同一視されるような存在だから。それを害した罪を伝えるのに、神を祀る場所はある意味で似合いだ。
あぁ、だけどお姉さま――どうして。
どうしてよりによって『聖女』に手を、出してしまったのですか。この国でも私たちは、私たちだけは、決して手出ししてはいけなかったのに。触れることすら恐れるべきなのに。
もうダメだ、もう終わりだ。
お姉さまが国外追放されたように、私にも等しく罰が下る。だって私は、お姉さまの妹なのだから。お姉さまと同じく、ヴェルテリスの一族に生まれ、その血を受け継いだのだから。
同じ罪を、同じ罰を、与えられてしかるべきなのだ。
聖女とは、神様が特別な力を与えたヒトのこと。
男性であれば聖人、女性であれば聖女と呼称され、それぞれが与えられた人智を超える力を持ってして、常にその時代を光で照らしてきた、異国の言葉を借りるなら生き神。
彼らは時折生まれてくる存在だった。
前触れはあるともないとも言われ、しかし基本的にある日突然生まれてくる。
――例えば、そう、私の、私たちの曾祖母のように。
だから身分が高くないお姉さまは、それでも王子の許嫁になれた。だから親という最大の後ろ盾を失った私たちは、それでも様々な庇護を与えられて生きていくことができた。
聖女という要素は、時に身分すらも超越する、一種の神のような存在。
血を引いている、というだけで一種の特権を手に入れる。
だけど、私たちはどちらも――聖女には、なれなかったのだ。血を引いているだけでは他の貴族に対抗できても、本物には、どうやったって勝てる要素などなかった。
その光の恩恵にすがってきた私たちは、新たにこの国に舞い降りた『聖女』を、全身全霊で守ることこそをするべきであって、罰せられるようなことをしてはいけなかったのだ。
お姉さまは、それをわかっていたはずなのに。
どうして、どうしてなの。