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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
一章:余命は100日
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自慢の姉は大罪人だったようです

「これがミオリアの妹? 随分と貧相だな。似ても似つかない、が……」


 何かを考えこむように、王子は口を閉ざす。

 私は静かに、彼の言葉を待った。

 問いかけたいことはいくらでもあった、でも迂闊に口を開こうものなら、背後から切り捨てられてもおかしくないような、そんな気がしている。いいえ、彼らならきっとやると思う。

 だから私は、王子の言葉を聞く側に立った。


「先に言っておく。お前の姉はもうこの国にはいない」


 淡々と告げられる内容に、息が止まりそうになる。

 お姉さまが、この国にいない?


「大罪人は処刑する。あれは、その場で切り捨てられても文句も言えない罪を犯した。父上と母上が止めたからこそ、この手でそうすることを思いとどまってやったのだ」


 そんなひどい、と言いかけたのを、口を手で塞ぐことで耐える。

 事情がわからない、けれど彼らにとってお姉さまは悪。なら、ここで余計なことを言ってしまえば私だけではなく、ここにいないというお姉さまにも咎が及ぶかもしれない。

 ただでさえ私はお姉さまに守られてきた、守られたまま十六歳になった。

 これ以上、迷惑をかけるわけにはいかない。

 それに、思いとどまった、と彼は確かに言っていた。じゃあ、お姉さまは今もまだ存命だということになる。ならばなおさら、ここで私が迂闊に動いてはいけないとわかった。


「とはいえ、あれをあそこまで増長させたのは俺の罪でもある。血筋の高貴さ、俺の許嫁で幼なじみ、さらに父上たちの覚えもいいとなれば、どうしても扱いが『甘く』なってしまう」


 しかし、と王子は続けて。


「だからといって『なかったこと』にはできない。よってあれは極刑ではなく、永久的な国外追放処分とした。今頃は隣国のどこかにいるだろう。……もっとも、その先は知らないが」

「そ、んな……お姉さまは、お姉さまがどうして、どうして、ですか」


 残酷に吐き捨てられた瞬間、私の中にあった我慢も消えた。

 口元をおさえていた手をおろし、王子を見る。

 だって手紙にはあんなに仲睦まじいことが書いてあったのに。いくら田舎と言えど、姉の良い話は聞こえても悪い話は聞こえてこなかったのに。

 じいやだって、時々お姉さまに会いに行っては、お嬢さまはお元気そうでした、としか言わなかったのに。悪いことをしていたなんて、そんな話は誰もしてくれなかった。

 それとも全部嘘だったというの?

 手紙にあったこと、あこがれのお姉さまは偽りの存在だったの?

 打ちひしがれる私に、王子は追い打ちをかける。


「どうして、だと? あれはヤヨイを傷つけたのだ、彼女を悲しませ苦しめた。むしろその程度で済ませたことを、一族郎党を処罰しなかったことを、姉妹ともども感謝するのだな」

「……やよい、さま?」

「異世界より神々が遣わした聖女にして、次代の国母となる我が最愛の婚約者だ。お前の姉が口汚く罵り傷つけて、彼女は誰にも言えず何度も涙を流して苦しんできた。そのことに気づいた時の俺の絶望、怒りがお前にわかるか? 信じたものに裏切られた、この感情が」

「そんな、んな、こと……お姉さまが、嘘、嘘です」


 姉ではない、お姉さまではないひとが、王子の婚約者。

 その言葉の意味を、ようやく噛み締め理解した。彼がここまで怒っている理由、周囲が私にひどく乱暴な理由、お姉さまを『悪者』として扱っている、理由。

 ヤヨイ、という人が『聖女』だからだ。

 その人のことを王子が好きになり、恋仲になって、婚約したから。

 お姉さまが、彼女のことをとても傷つけてしまったから。

 すとんと、何かが落ちたような気持ちだった。周囲の対応からくる不安が、恐怖のようなものに変わった。だって、だって彼らの言葉が本当なら、本当に私たちは、お姉さまは。

 殺されていても不思議ではない、大罪を犯していたのだから。


「嘘なものか。ミオリア・ヴェルテリスは『聖女』を害した。知らぬ土地、知らぬ風習、異なる世界にやってきたばかりで、何もわからず困惑する彼女に対して、冷たく当たり、罵倒のような言葉で殴りかかり、挙句に俺と彼女の関係を不当であると糾弾したのだ」


 何か文句があるのか、と言わんばかりの言葉に、私の足が限界を迎える。がくり、と崩れるように膝が曲がって、その場に座り込んで動けなくなった。

 恐ろしい、お姉さまがしたという罪が、あまりにも恐ろしい。

 もしじいやたちが嘘をついていたならば、その嘘は優しさと呼べるものだと思う。こんなこと私だって、誰かにいうことはできない。自分から油をかぶって、火をつけるに等しいこと。

 怖い、お姉さまの罪状が、怖い。

 教会で語られるには、あまりにもおぞましい。

 それとも『これ』を狙って彼らはここを選んだのかしら。聖女と教会――神々は、同一視されるような存在だから。それを害した罪を伝えるのに、神を祀る場所はある意味で似合いだ。


 あぁ、だけどお姉さま――どうして。

 どうしてよりによって『聖女』に手を、出してしまったのですか。この国でも私たちは、私たちだけは、決して手出ししてはいけなかったのに。触れることすら恐れるべきなのに。

 もうダメだ、もう終わりだ。

 お姉さまが国外追放されたように、私にも等しく罰が下る。だって私は、お姉さまの妹なのだから。お姉さまと同じく、ヴェルテリスの一族に生まれ、その血を受け継いだのだから。

 同じ罪を、同じ罰を、与えられてしかるべきなのだ。


 聖女とは、神様が特別な力を与えたヒトのこと。

 男性であれば聖人、女性であれば聖女と呼称され、それぞれが与えられた人智を超える力を持ってして、常にその時代を光で照らしてきた、異国の言葉を借りるなら生き神。


 彼らは時折生まれてくる存在だった。

 前触れはあるともないとも言われ、しかし基本的にある日突然生まれてくる。


 ――例えば、そう、私の、私たちの曾祖母のように。


 だから身分が高くないお姉さまは、それでも王子の許嫁になれた。だから親という最大の後ろ盾を失った私たちは、それでも様々な庇護を与えられて生きていくことができた。

 聖女という要素は、時に身分すらも超越する、一種の神のような存在。

 血を引いている、というだけで一種の特権を手に入れる。

 だけど、私たちはどちらも――聖女には、なれなかったのだ。血を引いているだけでは他の貴族に対抗できても、本物には、どうやったって勝てる要素などなかった。

 その光の恩恵にすがってきた私たちは、新たにこの国に舞い降りた『聖女』を、全身全霊で守ることこそをするべきであって、罰せられるようなことをしてはいけなかったのだ。

 お姉さまは、それをわかっていたはずなのに。

 どうして、どうしてなの。

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