初めての料理 ~甘味~
「……というわけで、りんごのパイを作りましょう」
「りんごのパイ?」
「だと、思いますよ。ルナさんは『あっぷるぱい』って呼んでいました」
パイが私たちのいうパイなら、あっぷるはりんご……なのだろうか。
どこで使われている呼び名なのかわからないけれど、前後して『りんごのパイ』と言っていたから、おそらくりんごを使ったパイなのだろうと思う、信じる。
同じ食べ物でも場所によって呼び方が異なる、というのはあると本にもあった。
それに重要なのは呼び名の違いではなく、使われている材料。
もちろんそこも、ばっちりメモをとっている。あとは他のパイ料理を参考に、レシピを推測すればいい。パイ生地はたぶん、同じように作ればいいのだろうし。
……とはいうものの、そんなことが私とアンディさんにできるわけもなく。
「さぁ、きりきり働くんだよ見習いたち」
ふふん、と得意気にりんごを手にするセレスタイトさまも、ここにいた。
アンディさんはさんざん嫌がったけれど、結局セレスタイトさまを先生としてお招きすることになってしまった。焦がすよりマシですよ、美味しいって言ってくれるルナさんがみたいですよね、とあれこれ言って説得したので、かろうじて仏頂面をするだけにとどまっている。
仏頂面の中身はたぶん、よりにもよってセレスタイトさまに助けてもらうことへの苛立ちがメインで、それを受け入れざるを得ない我が身への苛立ちもたくさんあるのだろう。
だけど現実問題としては、私たちだけでは何もできない。
「りんごのパイなら、そう難しくはないと思うよ」
「……本当か?」
「こんなことで嘘言ってどうするの。確かに生地作りは面倒だけど、それ以外は難しいことしなきゃいけないわけじゃないから。この手のは、庶民向けのおやつの筆頭だしね」
ただ、とセレスタイトさまは、私たちが聞き出してきたレシピのようなものを眺め。
「結構高価な材料もあるね……シナモンとかバターとか。生地にも使うといえば使うけど、それ以上に使えるほど安いものではない、だけどこのメモによると他にもいろいろ使うって書いてある。あとシナモンもあまり流通していないな、手に入らないわけじゃないけど」
「ルナさんは、本当は使ったほうが美味しいけどないから使わないって言ってました」
「……そういえば彼女、どこの出身なんだい?」
「師の孤児院出身だ、としか知らないな。ルナは自分のことをあまり話さないし」
「ベリノ師の孤児院なら、王都から少し離れた地方都市――というか彼女が持ってる領地の一角にあったよね。となると、十中八九この国のどこかってことになるんだけど、うーん」
不思議そうに首をかしげるセレスタイトさま。
しかししばらく悩んでも意味が無いと思ったのか、まぁいいか、とつぶやいて。
「生地は予め作りおきしてあるから、それを使おうか」
「いいのですか?」
「一からやってると手間だからね。君がやる時は、屋敷のコックにでも頼むといいよ」
「……そんなに難しいのか?」
「おいしいものを、となるとね。横で作るのを見学して覚えるといいさ。ルナがそのあっぷるぱいなる料理のことを覚えているのも、きっとそうやって見て覚えたんじゃないかな」
家族の味だね、と笑ったセレスタイトさまは、りんごをまな板の上に並べていく。小ぶりで赤みが強く、鮮やかなりんごだった。普段、デザートとして出されるものと、少し違う。
果物に限らないけれど、こういうものには品種といって、味や大きさが異なるように改良したものがあるらしい。これも、そうやって長い時間をかけて作られたりんご、なのかしら。
セレスタイトさまはまず、りんごを半分に切った。
それから種を丁寧に取り除くと、薄くなるように切り分けていく。
半分にした片方を切り終わったところで、彼は私とアンディさんの方を見た。
「りんごは一旦火を通すから、割れないようできるだけ薄くね」
「は、はい」
どうやら、残りは私たちにやれ、ということらしい。
もう一つまな板を取り出すと、りんごを一つとって作業を開始する。まずは半分、それから種をとって……。セレスタイトさまの手元を思い出しつつ、包丁を動かした。
ただ、薄く切るというのが難しい。
どうしても不揃いになってしまうし、途中で斜めになって変な形になってしまう。
アンディさんも同じような感じなのか、難しい顔をしていた。
「だいじょうぶ、ですか?」
「刃物ならよく使う、貴様の方こそ震えているじゃないか」
「わ、私だって少しくらいは使えます」
たぶん、という言葉は飲み込んでおく。
人のことを言えないくらい私もアンディさんもぷるぷるしているけれど、そこを認めたらダメな気がした。なんというか、そこからもういろいろ崩れるような、そんな……。
とりあえず話題、話題を変えなきゃ。
互いの状況から目をそらせる、そんな話題を。
「ルナさんはすごいですよね、小さいころのことをよく覚えていて。私は両親のことも、すでにおぼろげにしか覚えていなくて……でも読んだ本のことは、忘れないものですね」
「小さいころ、か」
「アンディさんにも、何か大切な思い出とかありますか?」
「そうだな……母上も昔は菓子を作って、食べさせてくれたことを思い出した。最近はお忙しい父上に付き添っていて、僕も屋敷に戻れない日が多いから会うこともままならないが、たまに屋敷で会えると喜々として簡単なものを作ってくださり、土産にと持たせてくれる」
「お優しいお母上なのですね」
「そう、だな」
ふ、とアンディさんが小さく笑う。
それは今まで見たことがないくらい、幸せそうな笑顔だった。




