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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
六章:一時休戦、初恋戦線
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リサーチ開始

 簡単に『好みを調べよう』と言ったのはいいものの、果たしてどこまで聞き出せばいいのかというところは悩みどころ。あまりに根掘り葉掘りし過ぎると、怪しまれてしまいそう。

 それに聞き出す内容も重要だった。

 アンディさんなら準備できないものは、たぶん早々ないと思う。思うけれど、それゆえに受け取ってもらえないようなものを選びかねない。

 貴族ではないルナさんの考え方は、貴族令嬢とはかなり違うはず。

 たぶん、感覚としては私が一番近いのではないか、と思う。おそらくもっとも遠いのはアンディさんじゃないだろうか。……本人に言ったら、なんとなく怒りそうだけど。


 ともかくまずはルナさんの好みを聞き出す。

 その上で、彼女が何の抵抗なく受け取ってくれるような、受け入れてくれるような贈り物について考える。これを今回のことに関する、当面の作戦ということが決まった。

 本当はこんなことをしている場合ではないのだけれど、これをきっかけにしてアンディさんとちょっとだけでも仲良くなれるかもしれない。柔らかい会話ができるかもしれない。

 一時的とはいえ一緒に暮らすのだから、日常会話くらいはできるようになりたいと思う。


 それに彼は貴族だし、もしかするとお姉さまのことを見たことがあるのかも。

 もちろん、単純に彼に協力したいという思いもあるけれど、誰も教えてくれない、知らないお姉さまのことを知りたかった。……それが私が望まない内容でも。


「まず、手がかりを思い出してくれませんか?」

「手がかり?」

「はい。ルナさんが興味を示していたものとか、そういうものです」


 アンディさんとルナさんは、よく一緒に行動しているのだという。二人の師という人もエルテ家の方で、ルナさんはその人のお屋敷にお部屋をもらって暮らしているのだとか。

 それもあって二人の接点は、日常においても多い。

 なら、仕事などから離れたルナさんを、絶対に目撃しているはず。

 そこに何かヒントがないかと、私は考えた。


「興味……になるかわからないが、昔から甘味のパイをよく作ると師から聞いている」

「甘味?」

「あぁ。果実を使ったものだ。実に腹立たしいことだが、今のところ師と本人以外の口に入っていない。……それはともかくとして、師が言うにはルナには甘味はおろか、料理そのものを教えた覚えがないらしい。ルナの保護者に聞いても、せいぜい簡単な焼き菓子ぐらいだと」

「自分でお勉強した、とかでは?」

「世に出回っている料理本の大半は魔術師、あるいはある程度魔力を扱う術を身につけた大人向けだぞ? あの通り、あいつはまだ魔力が目覚めきっていない。オーブンを使わざるを得ないパイ料理なんて作ろうとも思わないさ。現に焼き工程は師にやってもらっているというし」

「それは……ちょっと変、ですね」


 私もまだ料理は特異ではないけれど、パイ料理というか、オーブンを使う料理が難しいのはなんとなくわかっている。セレスタイトさまもオーブンを使う時は火加減にとても気を使っているようだし、簡単に肉や野菜をささっと焼くのとはわけが違うのだろう。

 周囲が教えた覚えのない、本人では扱えない器具を使ったパイ料理。

 ルナさんの性格だと、人の手を借りるくらいなら我慢するか、外に食べにいく方なのではという気がする。自分のわがままで誰かに迷惑をかけたくない、という感じがするのだ。

 あるいは……そこまでするほど好きな料理、とか?

 だから大人が知らないどこかで、教えてもらったか覚えたか。


「ルナさん、甘いモノが好きなのでしょうか……」


 つぶやき、考えてみるも、流石にそこは本人に聞いてみないとわからない。

 だけど、料理を作る、という話題を手に入れることはできた。人の手を借りなければうまく作れないという、不名誉なところも。まずは、そこから攻めて話を広げてみよう。


 アンディさんにはちょっと離れた場所にいてもらい、私はルナさんと二人っきりで話をしてみることにした。彼は不服そうにしていたけれど、女の子同士の方がいろいろ話しやすいかもしれませんよ、というと、しぶしぶ、本当にしぶしぶといった様子で了承してくれる。

 次に用意したのは、初心者向けの料理本。

 話題としては、ルナさんはどういう料理が好きですか、という感じにいこう。

 準備した本を広げて中を見せながら、ちょっと料理の練習をしようと思っていて、と言えば話としては苦しくない、はず。……一応練習中ではあるので、嘘ではないし。

 席を外すついでに、アンディさんにはルナさんを呼び出してくれるよう頼んだ。私が探しまわるよりも、アンディさんなら魔術である程度の居所がわかるというので。

 アンディさんが部屋をでて、少し。


「妹さま、何か御用ですか?」


 ぱたぱたと小走りのルナさんが、私の前に現れた。庭のどこかにいたのか、あるいは外へ出かけていたのか、彼女は初対面の時に身に着けていたあの分厚い外套を羽織っていた。

 もし外出していたなら、少し悪いことをしたかもしれない。

 息を切らしているところからして、かなり慌ててやってきたのだろうし……。

 でもこうなったらもう覚悟を決めて、話を聞き出すしかない。


「実は、セレスタイトさまの負担を軽くするためにも、もう少しいろんな料理を作れるようになりたいんです。だけどいろいろあって迷ってしまったので、ルナさんの意見を聞きたくて」

「あたしの意見ですか?」

「はい。ルナさんはこの中なら、どういうものが好きですか?」


 私はスープとか煮込み料理が好きです、と言いながら、目次から鍋料理を指差す。

 特にごろごろと大きめに切った野菜がたくさん入ったものが好きで、それを話したからなのかセレスタイトさまもそんな感じの料理をよく作ってくれる。

 うん、好みを把握されて、好みにあったものを提供されるのは『嬉しい』。

 提供する側も、きっと『嬉しい』と思っている。

 だってアンディさんはルナさんの『嬉しい』を見たくて、不器用でもあれこれ頑張ってきたのだし、セレスタイトさまも私が食べているのを眺めて嬉しそうな顔をなさるから。


「あたし、は……えと、卵料理が好きです」

「卵料理?」

「茹でただけのとか、ふわふわに焼いたのとか」

「あ、それ私も好きですよ」

「ちょっと甘めに味付けするのが、好きで……えと、あとパイが好きです」


 ここにはないけど、と少し残念そうに言うルナさん。

 アンディさんの話通り、やっぱりパイが好きだから作り方を知っているらしい。


「りんごを使ったのが、好きです。先生もりんごが好きだから、よく作ってほしいとおねだりされます。本当はあたし一人で作れたらいいんですけど、アップルパイくらい……」

「でも私は、パイの作り方なんて知りません。ルナさんはすごいですね」

「え……っと、そうですね」


 私が手をとって褒めると、ルナさんは一瞬ぽかんとしてから。


「小さいころ……誰かに作ってもらった、はずなんです」


 どこか寂しそうに、そうつぶやいた。

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