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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
六章:一時休戦、初恋戦線
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何も知らないなんてそんな馬鹿な

 アンディさんの恋路の応援をする、ということになったのはいいけれど、具体的に何をするかを私も当事者もしらなかった。そもそも私も、恋、なんて……したことがないし。

 だからまず、恋愛小説を参考にしようと考えた。

 それは確かに絵空事だけれど、数を読めば参考程度にはできる。

 ……少なくとも、私とアンディさんで、あれこれ考えるよりよほどいいと思う。

 あいにく恋愛小説は私のリクエストで多少増えたものの数は少なく、どれも少女や女性が主人公であり、彼女たちの視点で進んでいく物語だったのでアンディさんとのズレがあった。

 更に彼女たちの身分は低く、更に上の身分の方と恋愛するという感じ。

 数冊の本を互いに読み合って、気になったところを書き留める。

 私はともかく、アンディさんは大変そうだった。私がルナさんを呼び出して、あれこれ一緒にしている間に速読しなければいけないようだったから。

 元々、魔術師としての生業に必要な書籍は、空いた時間に速読でまとめ読みするという彼を持ってしても、別世界と言って差し支えない恋愛小説は強敵だったらしい。


「いっそ、すべてこうだったら楽だった」


 とは、一通り読み終えたアンディさんの、心からの願望だった。

 確かに主人公は相手役の方に一途で、相手役の方も主人公に一途。もしアンディさんとルナさんの関係もこうであれば、それ以上に話が進みやすい状況もないと思う。

 しかし現実はそういうわけではないから、頑張らなければ。


 私とアンディさんが目をつけたのは、主人公が意中の相手の好みに合わせてあれこれ身支度などをする、というところだった。これなら男性であるアンディさんでも、たぶんできる。

 なにも身支度、服装に限ったことではないはずだ。

 例えば贈り物一つとっても、好みのものだととても嬉しく思う。

 その点、お姉さまは私の好みをとても良くわかってくださっていた。私が欲しいものを、時に直接、時に人の手を介して私に届けてくださっていたから。

 それは誰かしらに漏らした私の願望が、お姉さまにそのまま届けられた結果だったのだと思うけれど、本が欲しい、という漠然としたものにもお姉さまは最高の贈り物をくださった。

 贈り物はそれだけでも嬉しい。

 しかしそれが、自分の好みのものであれば、何かをもらったこと以上の喜びが生まれる。


 ――この人は私の好みをちゃんと理解してくれている。


 この感情は、相手の中に違う何かを生み出すだけのものだと、私は思った。

 どう伝えればいいかわからないので、私は少し怯えつつもお姉さまのことを話題に出し、自分の経験を語り聞かせる。アンディさんは予想に反し、真剣な顔で聞いてくれた。


「……確かに、僕も両親には好みを把握されていると思う」


 だが、そうか。

 と、アンディさんはつぶやいて、腕を組んで考えこむ。

 やるべきことが一つ見つかったのはいいけれど、次はそれをどうやって実行するのかという壁が私たちに立ちふさがった。というか、ルナさんが最大の壁のような気がしてならない。

 彼女はどうも、自分の意思を示すことが薄いように思える。

 私も人のことは言えないけれど、ルナさんの場合はなんていうか……そう、周囲に個人的な好みだとかを言う必要など無いと考え、あえて口を閉ざしているというか。

 彼女は私を神さまのように崇めたて祀るけれど、それさえ私との壁を作ろうとしているように感じる。ルナさんの対応は、私にはむず痒く落ち着かないものだった。

 そもそも私、ルナさんには何もしていないはずなのに。

 これがお姉さまなら、あるいはヤヨイさまなら、理解もできるのだけれど。


「ルナの好み……考えたこともなかった」

「そう、なのですか?」

「ドレスや、高価すぎない宝飾品を贈ったことは何度もある。だけど彼女はいつもの調子を崩さないし、安価なもの以外はだいたい突き返されていた」

「安価なもの、ですか」

「あぁ。魔術師に必要な魔石とか、そういうのなら何とか……身に付けるなどしてもらったことはないがな。捨てたようではないから、たぶん部屋に置いたままなんだろうと思う」

「置いたままで意味があるのでしょうか」

「ないな、少なくとも僕の贈り物では。部屋などに設置することで効果を発揮するものもあるにはあるが、ルナの部屋は小さいし、僕は彼女でも身に着けやすい髪飾りなどにしたから」


 短いから付けられなかったのか、と首を傾げるアンディさん。

 確かにルナさんは、少なくとも同年代の貴族令嬢と比べるとだいぶ髪が短いと思う。結い上げるには心もとない長さだから、髪飾りを贈られても少々困った可能性は高い。

 あれくらいなら首飾りとか、服につける飾りとかの方が身に着けやすい気がする。

 いや、今の問題はそこではなくて。


「だからルナさんの好みを知らないのですね、アンディさん」

「……あぁ」


 がっくりと項垂れる姿に、憐憫のようなものを感じる。

 意中の相手の好みを知らないのはおかしいことかもしれないけれど、アンディさんとルナさんの場合は仕方がないようだった。何を贈っても反応が変わらず、使っているところも見れないとなると何が好みなのかもわからないだろう。

 となると、身に付けるような類の贈り物はとりあえず封印だ。 


「食べ物とか、もっと一般的な日用雑貨とか、貴族ではない彼女でも受け入れやすいところからやってみるのはどうでしょう。もしかしたら、もったいなくて使えないという可能性も」

「菓子、ということか? 日用雑貨なら……ペンやインク、か」

「はい」


 まず食べ物だと、やはりもったいないという気持ちが出てくると思う。

 それくらいなら食べるくらいは、となるかもしれない。

 日用雑貨なら、やはり日常の中で使おうという気が出てくれる可能性が高いはず。ただ私でもかなり高価な物があるのは知っているので、そこは気をつけないと。

 アンディさんが普段使うようなものは、それが消耗品でも手を付けてもらえないかも。


「じゃあ、まずはルナさんの味の好みから調べましょうね」


 そこで取り出したるは、こちらの本。

 それはクゥリさまに以前差し入れしていただいた料理本。

 当然私向けなので、これは料理を初めて作るような人――概ね子ども向けの、混ぜるだけや煮込むだけといった簡単料理を中心に網羅し、前菜からデザートまで一通り完備したものだ。

 不器用な私でさえ、この中の幾つかは作れるようになっている。

 じゃあ、アンディさんもきっと大丈夫だ。

 後はこれを使って――ルナさんの好みを聞き出すだけ。

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