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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
五章:赤い毛糸玉現象
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夫婦と敵と傍観者

 その日の夕食は、クゥリさまを交えてのものになった。

 クゥリさまが持ち込んできたお肉を焼いて、少し甘みのあるソースを掛けたもの。丸いパンをカリっと炙ったもの。あとは定番のサラダと、少し具の多い食べごたえのあるスープ。

 人数が多いこともあって、テーブルに料理を並べると華やかだ。

 ……華やかなのは、いいのだけれど。


「僕の友人を脅そうだなんて、泣き虫のくせにいい度胸しているね?」

「脅す? 丁寧に話を聞いただけだろう? あと『泣き虫』とは侮辱のつもりか」

「エルテの名前で呼び出したって聞いたけどね。それに本当のことを言っただけじゃないか」

「名前を名乗るのは当然の礼儀だと思っているが? まったく、貴様は何十年前の話をしているのか理解に苦しむ。その程度で僕を落ち込ませたりできると思うなら間違いだ」

「名乗るのと振りかざすは違うよ、本で調べてくればいいんじゃないかな。何十年も何も、十年くらい前の話じゃない? かっこつけたくて木に登って降りられなかったアンディ坊や」


 残念ながら場の空気は、あまり良くない状態になってしまっている。

 どうやら出入りするクゥリさまの存在に気づいたことが、アンディさんたちがここに来た理由だったらしく、そのせいなのかセレスタイトさまの雰囲気がいつになく冷たい感じだ。

 クゥリさま本人は、気付かなかった自分の落ち度だ、と言っているのだけれど。


「……」


 普段、こういう時にはサっと止めてくれるルナさんは、もう諦めたのか完全に放置して食事に集中していた。私はというと、セレスタイトさまに何を言えばいいかわからず、とりあえず食事だけはと手を動かしている状態。クゥリさまなんて、困惑して手も動かないくらい。

 妻――形ばかりとはいえ、一応は妻なのだから、ここはビシっと言うべき。

 それはわかっている。

 わかっているのと、実際に行動できるのとは大きく違った。


「あの二人、いつもあんな感じなのか?」

「日中は……食事の時は、ルナさんが止めてくれていたので」

「お坊ちゃんが先にケンカふっかけてる、というわけか。まぁ、セレスタイトは基本、無駄なちょっかいは出さないからな。そこまで人――それも自分に敵対的な相手に興味もないし」


 アレは遊んでるんだろう、とクゥリさま。

 アンディさまを挑発するような言動をして煽り、うまい具合に乗ってきたら手のひらでコロコロと転がしてその様子を楽しむ遊び。趣味が悪いと思いつつも、『これはわざと言っているのかしら』と私でも思うような言葉にも食いつくのだから、仕方がないのかもしれない。

 うぅん、でも無用な争いは避けてほしいし、後でちょっとお説教かしら。

 言えば数日は、いうことを聞いてくれる……はずだし。


 内心はどうあれ、あれはやっぱりセレスタイトさまのあまり趣味のよろしくない『遊び』なのだろうと思う要素に、確かに言葉の応酬をしつつこなされるその食事の速度もある。

 ふと見たセレスタイトさまのお皿は、もうすぐ空っぽになる。

 たぶん、あと数口で全部お腹の中だろう。

 あれだけしゃべっていて、いつ食べたのかいつも不思議に思う。


「あいつ、年齢の割に結構上のポジションにいたというか、仕事が多くてな。食事はほとんど流しこむみたいな感じというか、もはや食ってるだけマシな感じだったというか……とりあえずお嬢さんの方から、早食いは身体に悪いって言っといてやってくれないか」

「はい」


 やっぱりセレスタイトさまは、重要なお仕事をなさっていたのだなと改めて考える。

 そんな人が姉の味方につくことで、何を捨てたのだろうとも。


「まぁ、ほんとお嬢さんには苦労をかけるが気をつけてくれ」


 あまり様子を見に来るのも難しいからな、と。

 クゥリさまが小さく、囁くように言う。

 何でもバレてしまった以上、あまりここには近寄れないとのことだ。当然だと思う。クゥリさまは直接関係しているわけではなく、彼にだって家族がいて、師と慕う人もいるのだから。

 それらへの迷惑を思うと、これ以上は関わってはいけないとすら思う。

 確かにクゥリさまのおかげで日常生活は滞り無く、セレスタイトさまとの接点も日々増えていったけれど、そのために無関係な人を巻き添えにすることなど、あってはならない。

 もう会えない可能性を考えると寂しい、でもそれは口にしてはいけなかった。


「とにもかくにもエルテ家には気をつけてほしい」

「それは確か、アンディさまの家名ですよね?」

「あぁ。お嬢さんのとこと同じ侯爵のエルテ家は古くから、何があろうと『中立』を絶対遵守してきた貴族だ。自らに火の粉が被ってもそれを払いのけるくらいで、貴族同士の争いにおいてはどこかに与することをしなかった。だが今、その嫡男は『ヤヨイ派』に付いている」

「……そう、なのですか?」

「少なくとも俺とセレスタイトはそう見ている。これはかなり特異なことだ。勢力のでかい貴族があえて中立を宣言するからこそ、これまでの争いもそこまで派手なことに発展することだけは回避できていたのを考えると、エルテ家がその方針をなくす影響が予想できない」


 他所の国の、似た事例ぐらいしかすぐには情報を漁れない、とクゥリさま。


「それだけで充分『ろくなことにならない』のはわかったけどな。ともかく何がどう動くかわからない以上、お嬢さんはできるだけセレスタイトとだけ、一緒にいてくれ」

「それは……」


 つまりアンディさんはもちろん、妹弟子のルナさんも信用ならない、ということ?

 確かに二人は――少なくともアンディさんは敵なのかもしれない、けど。だけどそんな、怪しいから疑ってかかれだなんて、私にはできない。できない、と思う。

 だけどそうも言っていられないことぐらい、いくら私でもわかっているから。

 小さく、了承するように頷くことしかできなかった。

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