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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
一章:余命は100日
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街外れの廃教会

 私、ずっと夢を見ていたの。

 初めて王都に行くのは、お姉さまの花嫁姿を間近で見る時だと。

 その時、きっと『王子さま』にも会えること。

 そのことをずっと、心待ちにしていた。

 そんな相手にこんな形で会う日なんて想像もしないし、これが夢なら悪夢以外の何物でもなかった。いっそ悪夢でもいい、この状況が何もかも夢であればよかったのに。

 私は身体が弱い貴族令嬢、お姉さまはもうじき王子さまと結婚する幸せな花嫁。私たち姉妹はその結婚式で久しぶりの対面を果たして、私はお姉さまの婚礼衣装を見てうっとりするの。

 だってお姉さまは、とてもお美しいのですもの。

 そんなお姉さまが幸せの象徴である白のドレスを身につけたら、それはもう、ため息しか出ないほどに美しいものに違いないの。私はそのために、少しでも頑張ろうって日々を。

 ほかならぬお姉さまのために、もう守られるばかりではない、と。

 それを、伝えるために、この足で歩いて。走って。

 お姉さまを、力いっぱい抱きしめて、祝福しにいかなきゃ、いけなかったのに。


 だけどここは現実だった。

 私は罪人そのもののように馬車に揺られ、運ばれていく。

 次第に揺れは小さくなり、耳に心地よい音が小さく響くくらいになる。そういえば、大きな街だと、馬車がはしるような道には石を敷いて整えてある、と本に書いてあった。

 大きい街、には当然王都も入るだろう。

 じゃあ、もう王都についたのかもしれない。

 だけど馬車の窓は固く閉ざされ、布がぶら下がっている。そこをめくれば外が、と思うけれどこの状況でやる勇気はない。私はひざの上に乗せた手をぎゅっと握り、俯いていた。


 音が変わってしばらく。

 がくん、と馬車が全体的に揺れた。

 あの音も聞こえなくなり、外が少し慌ただしくなる。人がいる、というより、あのガシャガシャと響く金属音に囲まれている感じだ。馬車が止まって、騎士の人たちが出てきたのだ。

 しばらくして扉が開き、外へ出るように促される。

 よろめきつつ、ゆっくりと馬車を降りた。

 私は乗っていた馬車の前後に一台ずつ、大きさは違うが同じような馬車が止まっているのが見える。ほかの人はそこに乗っていたのだろう。

 あまり周囲が見えないけれど、家の屋根がどこまでも続いている光景がちらりと見えた。

 すごい、やっぱりここは王都なのね。

 もう少し眺めたいが、この状況では許されない。


 だけど少し、変な気がする。

 彼らは『王城への出頭命令が出ている』と言っていたし、私も王城へ連れて行かれるのだと思っていた。けれどここは『街の外れ』としか言えない、ひと気のない寂れた場所だった。

 近くに民家は見当たらず、すぐそばにあるのは明らかにもう使われていない教会だ。

 どうして私は、こんなところに連れてこられたのだろう。

 もしかして、お姉さまがここにいるのかしら。

 大罪人、と彼らは言っていた。ならお姉さまがお城にいなくても、そこから出されていてもおかしくはない。あぁ、お姉さま。早く、その無事を確認したい。

 私にはもう、お姉さましか寄る辺がないのです。


「あの、あの……ここはいったい」

「黙ってあの建物に入れ」


 命令されるままに、私は移動を開始する。

 周囲を騎士に取り囲まれて、逃げ場を殺されたままゆっくりと。

 向かった先には、例の廃教会があった。近づいてみるとやっぱり使われていない、朽ちるばかりといった感じに見える。例えば窓にはめ込んだガラスにはヒビが入り、穴もあった。

 整えられていたのだろうことを思わせる植木鉢には、もう雑草すら生えていない。

 ここはどこなのか、お姉さまはどこにいらっしゃるのか。

 そういった問いかけることすら許されず、私は扉の前に立たされる。

 大きく、開くのに力を必要とするだろう扉だった。ここが使われていた頃は、昼間などは開けっ放しにしていたと思う。この扉を毎回開閉するのは、男性でも大変そうだもの。

 当然、ほんの少し歩くだけで息を乱す私などでは、開くことなどできない。屋敷でのやり取りでそれがわかったのだろうか、一人の騎士が扉をゆっくりと押し開く。

 ぎぎぃ、と軋む音を立てて、扉は向こう側へと開かれた。

 奥には祭壇とステンドグラス。道を開けるようにして長椅子が左右に並ぶ。

 あぁ、ここは教会だ。

 改めて、そんなことを思った。


「やっときたのか」


 ぼんやりとしていると、前方から声がする。

 視線を真っ直ぐにすると、祭壇の前、一人の青年が立っていた。

 察する――彼が王子フレンディールだと。

 背中を小突かれるように押され、私はゆっくりを歩みを進めた。

 近づいてみれば、王子は確かに王子という感じに思える。そして姉から届く手紙に記されている『彼』の様子に、とても似合う人だとも。姉はしっかりと、この人を見ていたのだろう。

 例えばお姉さまは彼の髪を、ミルクティのようだ、と書いていた。確かに、そんな風合いの優しい茶色の髪だった。瞳は空のようだとも、海のようだとも。その通りの紺碧だった。

 お姉さまは王子のことを、慈しむような言葉を添えて語っていた。

 恋愛感情があったのかはわからないけれど、少なくとも『好き』だったと思う。


 あぁ、だけどお姉さま。


 一つだけ、違うところがありました。

 決定的に違う、別物のところが。


 ひだまりのように優しい視線、という感じの、柔らかい表現をもって語られていた王子の視線がないのです。お姉さま、その優しい視線を向けていた王子の瞳を、こんなにも寒々しいものにしてしまうほどの、あなたはどんな罪を犯してしまったのでしょうか。

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