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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
四章:幽閉の監視人
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挑発

 かくして、リビングに家主夫妻と乱入者二人という、よくわからない状況は作られた。

 容易されたお茶は見向きもされていない。ただ、改めてルナ・フィライと名乗ったあの黒髪の少女は、美味しそうにお茶を飲み、添えたお菓子をさくさくと頬張っている。

 あまり凝ったものは作れていないけれど、セレスタイトさまが作る焼き菓子はとても美味しいと思う。控えめな甘さ、香ばしい香り。油断すると、ついつい食べ過ぎるのが困るくらい。

 そのうち、ルナさんの食欲も止めた方がいいだろうか。

 確かに美味しいけれど、食べ過ぎるのは色んな意味でよくないし。……そう思いつつ、釣られて二つ三つと口に運んでしまう。あぁ、服が本当に着れなくなってしまったらどうしよう。

 という感じに、私とルナさんだけを見れば微笑ましい光景になると思う。

 しかし実際、室内の空気は微塵も微笑ましくなかった。


「自己紹介をしたらどうだい、無粋で無礼で、礼儀を知らないお坊ちゃま」

「貴様に名乗る名前などないが」

「へぇ、いいのかい? クソガキとか坊やとか勝手に読んでも」

「……アンディ、だ。アンディ・エルテ」


 飛び交っている言葉、雰囲気はこの上なく険悪だった。

 セレスタイトさまは普段の穏やかな様子が嘘のように挑発的で、まるで中身だけが別の人になったかのよう。口元には笑みが浮かんでいるけれど目は睨むような鋭さがあり、どう見ても普通に微笑んでいる顔だとは思えない。にこり、というよりも、にやり、という感じだった。


 対するアンディさんの方も、表情の上では負けていない。

 ぎり、と音が聞こえそうなほど険しい視線をセレスタイトさまに向けたまま、彼から投げかけられる言葉をするりと交わしていた。もっとも、名前に関しては折れてしまったみたい。

 吐き捨てるように名前を名乗り、苛立ったように組んだ足を入れ替える。


「エルテ家の名前は当然知っているだろう、貴様ならば」

「一応城暮らしが長いからね、実を言えば名前も姿も知っているよ」

「じゃあなぜ問う?」

「ニセモノの可能性が少々。あとはまともに名を名乗ることもできない礼儀知らずを、箱庭で大事に大事に守られてきた僕のかわいい奥さんに近寄らせていいものか、とね」


 ねぇ、とふいに話を振られ、一瞬戸惑う。

 頬が急に熱くなる、むずむずした妙な感じが全身を駆け巡った。

 奥さん、奥さん……。

 突然そんなこと、恥ずかしい。思わず横のセレスタイトさまを睨んでみるも、それにしまらない笑顔を向けられたら、本当にそう思ってる、と言われているようで余計恥ずかしかった。

 さっきまでアンディさんと睨み合っていたのに、仮面を付け替えるみたいに笑顔の質を変えるのは反則だと思う。


「流石に名前は忘れないよ。キミが初めて王子にゴマをすりすりしに来ているのを実は近くで見てたしね。というか、忘れるわけがないだろう、生まれて間もない赤ちゃんだったし」

「あ。あかちゃん……?」

「そう。ご両親に抱っこされてお見知り置きをってね。エルテ家の嫡男なら城仕えにならなかったとしても掃いて捨てるほど王族と知り合う機会はあるっていうのに、熱心なことで」

「父と母を侮辱するのか!」

「そういうわけじゃないよ、ただすごく印象に残ったっていう話さ」


 セレスタイトさまによると、子どもを連れてくる貴族というのは珍しくないという。それ相応の地位を望むなら、ある程度の年齢になれば必ず城へ連れて行くのだとか。

 王族に会う会わないは、親の地位によるらしい。

 エルテ家は重要な貴族なので、王族――正しくは王子に子どもを会わせることができた。

 ただ、三歳から五歳くらいが一般的な中、アンディさんは生後間もない頃に、父親に抱かれて城に来たのだという。それまでも、それからも見たことがない状況は、偶然見かけたセレスタイトさまの中に強く残された。ありえない、という冷ややかで否定的な感想と一緒に。


「あれじゃ、王族にあったことすら覚えてないだろうに、バカだなぁと思ったよ。そもそも僕らと君はそこまで年が離れてないんだから、お見知り置きもなにもあったもんじゃない」

「記憶に残るかは些細なことだ。王族にお目通りできる、ということが重要だろう」

「エルテ家の権力があれば、ある程度は好きなタイミングで王族と会えると思うけど」


 別に赤ちゃんじゃなくても、とため息をこぼすセレスタイトさま。

 その視線が、我関せずといった態度を貫いていた、ルナさんに向けられた。


「君も大変だろうね。確かベリノ師の孤児院から来たんだろう? よりによって究極のお坊ちゃんであるそれと一緒だなんて。世界観も価値観も違って、苦労しているんじゃないかい?」

「いえ、それほど深刻ではないです」

「多少はあるってことか。まぁ、そうだよね。僕もそうだった」

「貴族は……よくわかりません」


 うつむきがちにそうつぶやく彼女の様子に、一番うろたえたのはアンディさんだった。先程までの様子が幻のように消え去り、おろおろと横にいる彼女に話しかけ始める。


「る、ルナ……なにか、なにか僕にも不満があったのか?」

「そういう、わけじゃない」

「だけど」

「でもアンディ、時々めんどくさい。あたしにまで貴族式の礼儀作法、させるから。ダンスの練習相手も、めんどくさい。あたしはステップ知らないし、先生をつけられるのも困る」

「――」


 アンディさんは、そのまましばらく動かなくなってしまった。

 もっとも、セレスタイトさまが彼らの様子に笑いをこらえきれず小さく肩を揺らし始めたところで、はっとしたような顔をして、先程までの険しい顔つきに戻ったけれど。

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