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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
四章:幽閉の監視人
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名家の牙

 安全のため、コンロの火を消してから玄関へ向かう。

 一応、これも魔術の一種なので私が離れると勝手に消えてしまうそうだけど、うっかり火がくすぶっていたら大変だから、覗き込んでちゃんと確認しなきゃいけない。

 仮に燃えたところで、ここにはセレスタイトさまに加え、クゥリさまもいらっしゃる。

 コンロから発生する程度なら、すぐに消してしまえるだろう。だからといって確認と火の始末を怠ることはできないし、きちんとすれば防げる『失敗』に自分から向かう利点もないし。

 クゥリさまはいつも何かしら荷物を持っているので、せめて一部か、あの黒い外套だけでも運びたい。荷物には少なからず私宛も含まれるから、なおさらだ。

 いくら貧弱といえど、本の数冊、あるいは外套くらい持ち運ぶことはできる。これでもかなり体力はついてきたほうなんですから。そう言っても、なかなかさせてもらえないけれど。

 そこで重要なのが、先手必勝。

 セレスタイトさまに出遅れてしまうと、それら一切を奪われるので速さが重要だ。油断すると私宛の荷物さえ、わざわざセレスタイトさまが受け取って渡してくる。

 流石にそれは心苦しい。

 そんな彼は今ちょうど二階いる。二階から降りてくるには、いくらセレスタイトさまといえどもそれなりの時間が必要で、それは私が出迎えに向かうよりもずっと長い。

 この勝負、私の勝ちだ。


「こんにちはクゥリさ、ま……?」


 そう思って扉を開けた先、そこには見慣れた長身の男性はいなかった。

 いたのは私より少し背の高い、華奢な少年。青年と呼ばれる年齢かもしれないけれど、身近にいるあの二人と比べたら、彼はだいぶ幼げな顔つきに見える。

 同い年なのか、年上か年下か……ちょっと判断がつかなかった。

 私は、でもこの人を知らない。

 見たこともない。

 服装の感じはセレスタイトさまやクゥリさまと似ていて、なんとなくこの人も魔術師なのかもしれないと感じられる。ここにいる以上、おそらくその予測は正しいと思う。

 じゃあ、この人もクゥリさまと同じでセレスタイトさまの同僚なのかしら。けれど彼が私に向けている視線はむしろ、あの王子と同じような痛み、あるいは冷たさを感じる。

 彼が二人の知り合いでないなら、もしかして王子の使いなのだろうか。

 だとしたらクゥリさまの名前を出したのは、致命的な間違いだったかもしれない。

 クゥリさまは表向き、ここには来ていない人。

 私が名前を知っているはずがない人、なのだから。

 焦る私を他所に、少年は平然としていた。視線はきついけれど、私のうろたえや、私が知っているはずがないだろうし、ここで呼ぶべきではない名前を聞いても、気にならない態度。

 無言でこちらを見ていた彼は、しばらくして屋敷の中へと入ってきた。

 入った、というより私を押しのけるような感じで。


「セレスタイト・ノアを出してもらおう」

「え、えっと、あなたは」

「貴様ごときに名乗る必要があるように思えないが、そうだな、教えてやろう。僕は魔術師の名門にして侯爵家でもあるエルテ家の嫡男、アンディ・エルテだ」

「エルテ……あの、私は」

「知っている、貴様がミオリア・ヴェルテリスの妹だろう」


 ことごとく私の発言を遮った彼、アンディさんは、ひときわ強く睨むように見て。


「……思った以上に普通だな、そう思わないかルナ」


 と、ここにいない誰かの名前を呼んだ。

 ルナとは誰だろう、と私が思うのと同時に、入り口に人影が現れる。

 いつの間にか現れていたのは、今度こそ年下と言い切れる小柄な女の子だった。彼女は膝丈のドレスのような服を着て、上に模様の刺繍された黒い外套を羽織っていた。服は私が幼い頃に着ていた感じのものから装飾を外した、シンプルだけど動きやすそうな感じだ。

 ただ、ところどころ宝石とは違った加工をした、ガラスのような石が縫い付けられていたりぶら下がっていたりと、貴族などが身につけるそれとはまた違った趣があるように思う。

 黒髪の小柄な少女はアンディさんの言葉に返答はしない。そのことは最初からわかっていたのだろうか、アンディさんはさほど気にした様子もなく、リビングの方に歩みを進める。

 よく見ればその手には、旅行用の大きいカバン。

 ルナというらしい少女も、小さめの袋を背負っている。


「あ、あの……お二人は、あの」

「邪魔だ、そこをどいてもらおう」

「えっ、あ、はい!」


 低い声で命ぜられたまま、壁際に背中を貼り付けるように移動する。自然と両手が胸の高さまで上がって、握るでも開くでもない、中途半端な状態のまま動けなくなった。

 そんな私などやはり気にならないと言わんばかりに、アンディさんはすたすたとリビングへと入っていってしまう。扉は開けっ放しで、閉めるという素振りはない。

 妙な体勢のまま動けない私に、近づいてきたのは少女だった。


「……大丈夫、ですか」

「は、い、なんとか」

「アンディには、あとでよく言っておきます。あたしはルナです。宮廷魔術師の見習いで、アンディは兄弟子です。これからここで暮らしますので、よろしくおねがいします」


 ぺこり、と頭を下げて、彼女も奥へ入っていってしまう。

 残されたのは何が何やらわからず、立ち尽くす以上のことができない私だけだった。

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