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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
三章:お嬢さま、主婦を目指す
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月は見逃さない

 ヴィオレッタに渡すための、魔術関係の入門書。

 街の本屋を回って何冊か集めたので、一つくらいは彼女に合うものがあるだろう。魔術関係は本当に教え方の合う合わないが極端で、複数の師を渡り歩くケースも珍しくはない。

 セレスタイトが独学に切り替えた理由も、そのあたりにあるのだろう。

 もっともヴィオレッタは魔術を本格的に学ぶつもりはなく、家事をこなせる程度に魔力を使えるようになりたいという感じだ。なのでそこまで難しくはない、とクゥリは考えている。

 問題があるとすれば、セレスタイトだ。

 付き合いは十年くらいになるが、こんなにも彼の考えが読めなかった時はない。

 ああ見えて彼はわりと直情的というか、わかりやすいタイプの男だった。

 髪の色や口ぶりのせいでクールかつ冷静沈着といった扱いをされるけれど、涼しい顔をしながら青筋を立てることはよくあるし、後々合法的に報復を与えてすっきりした顔もしている。

 まぁ、それは名門一族に属する上で、引くことが許されないからだろう。

 庶民出身のクゥリにはわからない世界であるが。

 魔術師としての優秀さのみを判断基準にした縁談――クゥリの感覚では交配と言った方が近い話もあるというが、そこまでの才能には恵まれていないため、これも関係ない話だ。

 確かに知り合いに貴族や名家出身者も多いが、あくまでもそれだけの話。

 そんな風に、こうなるまでは思っていた。


「お前、とまれ」


 ちょうど別棟をつなぐ渡り廊下の中央付近。

 背後から、あまり聞いた覚えのない少女の声が聞こえた。

 だが、初めて聞いた声ではない。何度か会話をしたことのある――つまり、クゥリに取っては同僚という位置にいる。更に声は幼く、例えばヴィオレッタよりも高く子どもの声だ。

 となると、クゥリには一人しか該当者を思い出せない。

 ゆっくりとターンするように振り返ると、思った通りの人物がいた。


「ルナ・フィライ……ベリノ師の秘蔵っ子が、俺に何か?」


 ベリノ師、というのは王立の学校で教鞭をとる女性宮廷魔術師だ。私費で孤児院を運営していて、そこに集められた孤児への教育を惜しまない風変わりな貴族と有名である。弟子の中には運営している孤児院の出身者も少なくなく、クゥリを呼び止めた少女もそのうちの一人だ。

 彼女はルナ・フィライ。

 黒髪黒目の、未だ魔術師としての資質が未開花の少女である。

 十四歳という年齢にしては、随分と開花が遅い。ただ、クゥリの赤毛といいやたらと見目が派手な宮廷魔術師の中に、その黒はまた違った意味で特別な色のように見えた。


「お前に出頭命令です」

「……は?」

「セレスタイト・ノアへの惜しみない協力について申し開きを聞いてやろう、と」

「おいおい、ベリノ師が例の一件について中立なのは知ってるぞ。というかあの人がエルテ家の分家筋ってことも知っている。周囲からあれだけ派手にせっつかれてもエルテの本家が中立を通したのに、その分家の人間がどちらかに肩入れするわけにはいかないだろう?」

「違う、これはアンディ・エルテからの呼び出し。先生は関係ない」

「アン……エルテ? は?」

「本日の夕刻以降、部屋を尋ねるように」


 言いたいことは終わった、と言わんばかりにルナは背を向ける。本当に出頭命令を告げにきただけだったようで、待てよ、とクゥリが声を荒げても何の反応も示さない。

 残されたクゥリはしばし呆然としてから、あああ、と唸りながら頭を抱えうずくまる。

 元からややこしいと思っていた状況が、よりややこしくなってしまったからだ。


「くっそ、よりによって『エルテ家』が一枚噛んでたのかよ」


 アンディ・エルテ。

 魔術師一族の最大勢力としても過言ではない『エルテ派』の頂点にして原点。

 侯爵の位をもつ貴族の正当な後継者。今はベリノの元で修行中だが、数年もすれば独り立ちして多数の弟子や部下を抱える魔術師となる存在だ。

 だがエルテ家は、あくまでも今回のことに関しては『中立』のはずだった。

 問題の外から静観するのではなく、自分たちは中立であると常々宣言している。だからこそ対立の構図が日々混迷を極めつつあっても、表向き城は何事もなく回っていたのだ。

 だがその嫡男が、どうやらセレスタイトの監視役をしているらしい。

 そうでなければセレスタイトの屋敷への侵入を、アンディ・エルテが気づくわけがない。結界を構築した本人だからこそ、侵入者を探すことができるという仕組みを考えれば。


 彼に『それ』を命じたのは誰か。

 そんなもの、王子以外に誰がいるというのか。

 王子は中立であると宣言している一族の嫡男に、わざわざ重要な役割を命じた。他にいくらでもヤヨイ派の魔術師がいて、彼女を介して王子の命令を聞いてくれるという環境で、だ。

 つまり一族は中立と言いつつも、実際はそうでない可能性が出ている。なにせ嫡男自らが王子の側、つまりヤヨイ派についたと宣言したに等しい。

 もし第三者の耳があれば、城は相当荒れるだろう。中立と言い張っていたのに実はそうではないとわかれば、エルテ派の切り崩しや取り込みが始まるのは明らか。

 他の中立派も動かざるをえない。

 そうなれば中立派の一人で、未だ影響力を残すクゥリの師もまた、何らかの動きを示さなければならないだろう。それはつまり、クゥリもまた動かざるをえないということだ。

 師が動けば、弟子も動く。

 それは、師と同じ方向にという意味合いでもあるため、最悪、クゥリは友人を裏切ることになってしまうかもしれない可能性、あるいはそれに至る選択肢を目の前に並べられた形だ。

 一番腹が立つのはそれすらも許容し、薄く笑いそうな件の青い魔術師であるが。


「勘弁してくれよホント……」


 貴族同士の政争には興味ないんだよ。

 しかし恨み言を言っても、それを聞いてくれる人はいなかった。

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