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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
三章:お嬢さま、主婦を目指す
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初めての料理 ~炭~

 セレスタイトさまが取り出した赤いものは、お肉。塊のお肉は適度な厚みの板にして、両面を焼きつつも中の方はしっとりする感じにしなければいけないという。

 そう、つまりは焼きすぎてはいけない。薄切りだったりする場合は火を完全に通しても固くならないけれど、厚みのある肉の場合は火の通り具合をうまく加減しないといけない。

 つまり焼きすぎてはいけないということを、私はしっかり教わった。


「……」


 しかし、目の前にあるのは黒い物体。

 黒い、本当に黒い。変な匂いまでしている。試しに私でも使いやすいナイフでそっと半分に切ってみると、中はしっかり灰色だった。火が通っている、とても中まで火が通っている。

 これなら食べてもお腹を壊したりしないだろう。

 美味しいかは別として。

 昨日は確か生焼けにしたような気がするので、それよりはマシ……なのだろうか。

 だけど生焼けは生焼けなりにいろいろ手を加えて食べる方法もあったけれど、この焼き過ぎた黒い塊、もはや炭としか言えない物体は、何をどうやっても流石に食べられないと思う。

 食べ物の香りがしないというか、食欲が消えるというか。

 たぶん、食べたらいけないものだった。


「に、肉にはまだ予備があるから、ね?」


 励ますようなセレスタイトさまの声も、今は遠くに聞こえる。言いながら、彼は新しい肉を取り出して、テキパキと作業を始めていた。今日も彼が調理した肉が食卓に出るらしい。

 クゥリにまた仕入れてもらうし、という声も。

 だけどセレスタイトさま。

 ――お肉を炭にしたの、もう何回目かもわからないくらいなんです。

 あと、いくら世間知らずの私でも、お肉が安いものではないことくらい、書物経由とはいえ知っています。残念なことに自分が炭にした金額を、ざっとでも把握できています。

 私が無駄にした金額を、考えるのが恐ろしい。


「今回は少し強火にしすぎたね、やっぱり自分がやらないとなると加減が難しいな」

「……はい」

「これは……魔力の扱い方を覚えてもらうほうが早い、かな」


 そういい、考えこむように腕を組むセレスタイトさま。

 実は一見すると普通の家に見えるここは、セレスタイトさまの『城』。ここは隅から隅まで彼が使いやすいように、いろいろと改良、改造が施されていた。

 数日おきに見かける自動で動く道具類は、離れた場所にいても魔術一つで自動的に動き出すしろものだし、このキッチンの中身も特殊なのは例の保存庫に限らない。

 その筆頭はコンロ。

 薪を入れて火をおこすかまどと異なり、魔力を流して炎をおこす調理器具は、使うのに少々のコツが必要らしい。火加減に直結する魔力の流し具合が、慣れるまで難しいのだという。

 私は魔術こそ扱えないものの、魔力なら人並み以上にある……らしい。

 血筋のこともあるし、お姉さまも魔力がとても豊富だったという話だから、それ相応の量があるだろう、と。実際にどれくらいなのか、専門家に調べてもらったことはないけれど。

 なのでこのコンロを使う上で最低条件である魔力は、充分備わっている。

 いや、魔術が使える使えないはともかく誰もが魔力を保有して生まれ、年老いて量が多少減少することはあれど失うことのないことを考えれば、使えない人はいないだろうけれど。


 ならば何が問題かというと、私は魔術が使えない。

 というより、魔力というものを『使ってみた』ことが一度もない。

 とても小さい頃、両親がまだ存命だった頃に少しは使ったらしいけれど、もう十年も前のことだからあまり参考にならないし、それから一度も使っていないから感覚なんて忘れた。

 なので、私は自分に魔力というものがあることを認識こそしていたが、それを実際に扱ったことがないという状態だった。ちなみに魔力の扱いについては、庶民ほど日常生活で――例えばかまどや暖炉に火をつけたりするなどで使うため、むしろ貴族より長けている場合が多い。

 貴族で魔術を使う、魔力を操る技術を持つのは、魔術師一族が大半らしい。

 魔術師一族で有名な貴族というと、エルテ家とフォリン家だろうか。もちろんこれ以外にも無数に存在するし、ノア家は貴族ではないけれど、重要な地位につく名門中の名門だ。

 ……と、本に書いてあった。

 悲しいことに私の知識は大半が書物に書かれていたもので、エルテ家にしろフォリン家にしろ実際にあったことはない。普通に社交界デビューしていれば、顔を見ることはあったかもしれないけれど、体調の問題もあったし、お姉さまもそこは無理強いしてこなかった。

 今となったら壁の花でも、姿を見せておくべきだったのかもしれないと思う。

 そうすれば少しでも、お姉さまの助けになれたのではないか、と。お姉さまが国外追放処分を受け、いずれ私も同じ道をたどるとなると意味はやっぱりなかったような気もするけれど。


「あの……セレスタイトさま、ごめんなさい」

「気にしなくていいよ。お金ならたくさん余っているから」

「だけど」

「火を使わなくてもできることはあるし、魔力の使い方だってすぐに覚えられるよ」


 魔術ほど難しくはないはずだから、と言いながら、セレスタイトさまは肉に下味をつけるなどの作業をこなしていく。これが塩でこれが胡椒、こっちが油で、と入れ物とラベルを一つ一つ確認しながらやっていた私と違い、その動きはまるで流れるような速さだった。

 慣れていらっしゃるのだろう、と思う。

 調理という作業、料理という行為そのものに、この人は慣れている。

 必要に迫られてと言っていたけど、ノア家は貴族ではないけれどそれに匹敵する立ち位置をキープする名家だ。血筋しかないヴェルテリス家より、貴族らしいといえるかもしれない。

 そういう一族には本家と分家があり、セレスタイトさまがどこに位置するかはわからないけれど、王族のそばにいたのだから相応のお給料をもらえていたのではと考える。

 だったら、人を雇うこともできたはず。

 仕事で忙しい日々の中、料理をこなすのはきっと大変だ。

 なのにこんなに手際良くなるくらい自分で作ってきたのはなぜだろう。私のサラダなどは食べてくれるけど、実はかなり味にうるさい方、とか? 私の料理は我慢して食べていた?

 くるくると泣き出しそうなお腹を前に、そんな疑問は口にできなかったけれど。

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