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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
一章:余命は100日
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強制連行

 私の一日は、食事と体力づくりと、少しの趣味で構成されている。

 まず朝食をしっかりと食べて、少し休んだら庭を散歩。ずっとベッドの上にいては、体力が衰えすぎてしまうから、できるだけ動くように心がけていた。

 食事も身体に良い物を、肉も野菜も魚もまんべんなく。

 食べ過ぎないようにしているけれど、時々食べなさすぎると怒られた。

 趣味は手芸。

 凝ったものは作れないけど、刺繍ならかなり上手になった。

 ベッドの上でできることは限られているから、仕方がないかもしれない。だけど最近は庭で軽く土いじりなどもさせてもらっている。育てた花が咲くと、やっぱり嬉しい。

 あとは、あとは……自分や召使を使っての、髪を結うのも好き。

 なんだかんだ長く伸ばした髪を三つ編みにしたり、お団子にしてみたり。これもベッドの上でできることで、基本的におしゃれをしない私が唯一できる『着飾ること』だった。

 その合間に、お姉さまの手紙が届けられたりして。

 読んで、返事を書いて。

 そんな日常が、その日壊れてしまった。


 午前の散歩が終わって、自室で静かに刺繍をしていた私を、彼らは訪ねてきた。

 扉を壊さんばかりの勢いで開き、部屋に侵入する。

 がしゃがしゃ、と聞き慣れない金属音。それが書物でしか知らない『鎧』の音で、彼らが王城から派遣されてきた『騎士団』の方だということに、私はすぐには気づかなかった。

 だって、ここにそんな身分の人が来るなんて、考えたこともない。

 騎士団が出てくる、ということは何かあったということ。でも敷地から出ることのない私がそれに巻き込まれることは、ほぼない、と思っていた。

 それにこの屋敷はお姉さまのご意向もあって、とてもしっかり守られていると聞く。

 そう思えば、やっぱり騎士団がくる理由なんてなかった。


「お待ち下さい! お嬢さまはこの通り、お身体が弱くずっと静養なさっております! 社交界にすら顔を出せていないお方が、どうやって悪事に関わることができましょう!」


 召使の一人が、騎士団を追いかけて部屋に入ってくる。初老の男性で、じいや、と呼び慕っている人だ。この屋敷のことは全部、私の代わりに彼がまとめてくれている。

 だから客人の応対も彼が、じいやがやってくれたみたい。

 しかし騎士団の方々は、その言葉など聞こえていないようにこちらに向かってきた。


「こ、ここをヴェルテリス家の屋敷だと知ってのこと、ですか?」


 お姉さまを真似るように、口を開く。

 これまで、召使などの身近にいる者以外で、こんなに近くに寄られたことはない。口を利いたことだってないくらい。ましてや武装した人なんて、そんなの絵本の中にしかいない。

 私は今、ベッドの上に座るようにしている。

 ベッドは窓際にあって、彼らはぐるりと取り囲むように広がった。


「貴様がミオリア・ヴェルテリスの妹か」

「えぇ、そう……です。私、わたくしがヴィオレッタ・ヴェルテリスです」

「ならばよい。貴様には王城への出頭命令が出ている。速やかに我らとともに王城に来ていただこう。逃亡や抵抗は無益な犠牲を生むものと知れ。さぁ、立て」


 腕を捕まれ、無理やりベッドから引きずり出される。抵抗する間もなかった。事前に運動を指定たことも災いして、私は立ち上がれずにそのまま床にぺたりと座り込んでしまう。

 ぐいぐい、と腕を引かれるが、震える足はまだいうことをきいてこれなかった。


「お待ち下さい! お嬢さまはお身体が弱く、いきなり動くことはできないのです!」


 そんな私に駆け寄ったのは、そばで一緒に刺繍をしていたリリア。

 親の代からヴェルテリス家に仕えていて、私にとっては幼なじみに等しい。

 彼女の言うとおり、私の身体はとっさの動きというものが苦手だ。主治医の先生の言葉を借りると『身体能力が人よりも弱く、また呼吸器系も強くない』とのこと。

 前者は最近の運動で改善されてきたが、後者は生まれつきなので難しいという。

 人の髪や瞳の色がそれぞれ違うように、同じ男、同じ女でも体格に違いがあるように、私は生まれつきそういう体質なのだ、と先生に教えられた。

 なので過剰に動けば息切れするし、胸も苦しくて動けなくなる。

 ここより悪化すると、今度は息すらできなくなって……一度、失神したことも。

 けれど騎士たちは私の様子も、リリアの嘆願も気にしない。私の腕を掴んでいた人は力まかせにリリアを払いのけると、強引に私を立ち上がらせようと腕を引いた。


「大罪人の身内の体調など知ったことか! 連行する際、もしも邪魔をする者がいるならば切り捨てて良いと、王子フレンディールさまから許しも出ているのだぞ!」

「お、王子……?」


 その言葉にリリアと、私が唖然とする。

 フレンディール、とはこの国の第一王子の名前。

 そう、それはミオリアお姉さまの夫になる人だと、みんな知っていた。その人がこの蛮行とも言えるひどい行為を黙認し、それどころか命令しているような口ぶりを彼らは示している。

 いいえ、それより大罪人とはなんのこと?

 お姉さまはこのことを知っているの?


「貴様の姉ミオリアは、王子の婚約者である聖女を害した。もはや王族、王家の庇護は貴様ら姉妹には存在しない。おとなしくいうことを聞かねば、次こそその細い首を切り裂くぞ」


 腰にぶら下がる、剣。

 それを抜くような素振りを見せられ、私の身体は震え上がった。彼らがどれほど鍛えているのかはわからない。けれどそこまでいうのだから、きっと簡単にできるのだろう。

 きっと逆らえば私は、もしかすると召使いたちも。

 震える足を必死に動かし、私は立ち上がる。


「わかりました……ま、参ります。どこへでも、行きます」


 だから召使たちに乱暴は、ひどいことはしないでください、と。

 小さく答えるだけで、精一杯だった。

 そこからはもう、めちゃくちゃ。着替えなどの旅支度すら許されず、私は寝間着も同然の服装のまま、馬車に押し込まれる。道中は常に見張りらしき騎士が向かい合わせで、しかし雑談などできる雰囲気は最後までなかった。口を開くこと、それすら許されない雰囲気だった。

 仮に雑談できるような空気でも、私は何も言えなかっただろう。

 頭の中は、お姉さまのことしか浮かんでこない。


 ミオリアお姉さま。

 私の自慢、私の誇りだったお姉さま。


 彼らはあなたが『王子の婚約者を害した』と言っています。けれどそれは、私が記憶することと違っているのです。私の記憶が、どこかで狂って間違ってしまったのでしょうか。

 お姉さま、あなたが王子フレンディールさまの婚約者ではなかったのですか?

 私が知らないあなたは、何をしてしまったの……?

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