初めての料理 ~サラダ~
「ということで、よろしくお願いします」
「う、うん……別にそんな無理しなくてもいいと思うんだけど、ヴィオレッタがやるというなら僕も頑張るよ。人に教えたことないから下手かもしれないけど、よろしくね」
私に控えのエプロンを差し出しつつ、セレスタイトさまは笑う。
最初は『僕が全部やるからいいよ』という姿勢だった彼も、必死に食い下がったら何とか了承してくれた。お願いします、と何度も頭を下げたから、根負けしたという感じだろうか。
それにしても、自分の意思を表明するのは、意外と疲れるものらしい。
これまでの私は、基本的に周囲に流されるままなところがあった。私はどうしても誰かの助けを必要とする状態だから、わがままなんて言える身分ではないと思っていたから。
だけど、これからはそうも行かないということはわかっている。
お姉さまのところに行けたとして、そこで以前のような生活ができるだなんて、いくら私でも考えていない。今よりずっと、これまでよりもっと苦労するのはわかりきっている。
じゃあ、今の私にできることは?
決まっていた、少しでも『足手まとい』にならないよう、できることを増やす努力だ。
例えばサラダぐらいしか作れなかったとしても、何もできないよりはいい。セレスタイトさまが協力を渋った理由はわからないけど、きっと私がダメな娘に見えているからだろう。
そうではないと示すためにも、私はここで引くわけにはいかなかった。
でも、今少しだけドキドキしている。
こんな風に意思を主張して、それを通したのは初めてのことで、不思議な感じ。
「サラダだけど、僕は基本はありあわせの野菜で作ることが多いかな」
キッチンの隅にある例の保存庫から、テキパキと食材が取り出されていく。
何種類かの葉物野菜、つややかな赤が綺麗なトマト。
そして茶色い皮に包まれたままの玉ねぎ。
私の前に、日々食べているモノを形作る材料が並べられる。身の丈ほどある保存庫は、本当に食材を『保存』するもののようで、それらは見るからにみずみずしく、美味しそうだった。
「使う野菜類は葉物野菜とこの小さいトマトでいいかな。僕はここにカリカリに焼いたベーコンとかも入れるし、半熟に茹でた卵を入れるのが好きな人もいる。クゥリとかね」
「いろいろあるのですね」
「僕は試したことないけど、豆類を入れたりする人もいるそうだよ」
「豆……スープに入っている、あれですよね?」
「そうだよ。苦手?」
「いえ、どちらかというと好きな方、です」
昔、リリアが時々トマト仕立ての野菜スープを作ってくれたことを思い出す。
身体の調子が特に悪い時、少しでも栄養を取れるようにと。四角く切りそろえたたくさんの野菜はほろほろになるくらい柔らかく、食欲が乏しくてもそれなりに食べられるものだった。
そこに何種類かの豆類を入れるのがリリア流。
豆が入ることで、具がたっぷり入ったスープの完成だ。
おかげで満腹感もあって、体調がいい時でも作ってもらうことが多かった。トマト風味以外にもいろんなバリエーションを揃えてくれて、それがどれもおいしくて、大好きだった。
またあの味が食べたいと思うけれど、もう無理かもしれない。
彼女との再会を願っても、叶わない可能性が高いから。
そう思うと少し、心がぎゅうと締め付けられるように痛くなる。幸いにもセレスタイトさまはこちらを見ていないので、私の変化に気づかれることはなかっただろうけれど。
「問題はドレッシング……味付けかな」
「味付け、ですか」
「基本はオイルと塩と胡椒。人によったらハーブ類を入れたり、柑橘類の果汁を絞ったり、唐辛子みたいなスパイスを入れたり。その辺りは好みと、その日の気分って感じかな」
僕は酸味をきかせる方が好き、とセレスタイトさまはいくつかの調味料を棚から取り出して並べていく。このボトルには油が、こっちにはお酢が入っている、という感じに一つ一つを私に手渡しつつ説明してくれた。どれもラベルが違うし、油、酢、とあるのでわかりやすい。
これらを味を見ながら混ぜる、らしい。
もちろんこれ以外を使う人もいて、大雑把に分けても何種類もあるそうだ。
もっとも、今ある調味料類では、そこまで変わったものは作れないようだけれど。
「ドレッシングは今度から日替わりで教えてあげるね。その方が楽しいし、美味しい」
「え、っと……じゃあ、このお野菜はどうするのですか?」
「それなんだけど、ちょうど夕食も近いし、その付け合せにしようと思うよ」
付け合せ、というと、メイン料理に添える感じだろうか。
メイン、と言えるほどのものはあまり食べたことないので、これもやっぱり書物で知っているだけの知識だけれど、肉や魚を焼いたりしたものに添える野菜があるという。
これらの野菜をそれにする、ということは……。
「このまえクゥリが持ってきた荷物に、日持ちしない食材がいくつかあってね」
言いながら、セレスタイトさまが取り出したのは紙の包みだった。ところどころ、赤いものが滲んでいるそれは、紐で広がらないよう丁寧に縛られている。
その紐をしゅるりと解くと、紙が自然と上下左右へ広がって中身を晒した。
赤い、赤黒い、変な塊。
それは、でも私も知っているものだった。




