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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
三章:お嬢さま、主婦を目指す
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箱入り令嬢だけどできるもん

 私にできること、少しだけのお裁縫。刺繍特化。それと簡単な繕い物。だけど服とかを作るほどの技術はなくて、せいぜい破れた部分をどうにか縫い合わせて塞ぐ程度だろう。

 逆に、私にできないこと、それ以外の多くの要素。例えば料理、例えば洗濯。したことがないことが圧倒的に多く、そもそも体力的にもできないことが数えきれない。

 いや、挑戦するだけはしようと試みた。

 だけど大体、セレスタイトさまが先回りしていたり、どこからともなく現れて取り上げて自分でやってしまっている。そのまま私はソファーに座るよう、あの笑顔で言われるのだ。


「……むぅ」


 これまでのことを考え、思わず唇を尖らせ唸ってしまう。

 どうしよう。

 ここで暮らし始めてすでに一週間ほど。

 私は、今も何もできない箱入り令嬢のままだった。

 というより――何をするまでもなく、すべてが滞り無く終わっていた、というか。

 まず掃除だ。掃除に関しては本当に出る幕がなかった。セレスタイトさまは魔術師で、ありとあらゆる魔術に精通している。その中には、ものを自在に動かす、というものもあった。

 そこまで説明すれば、きっと話を聞いた人みんなが理解すると思う。


 ある日、比較的動きやすい服装で一階へやってきた私は、まるで踊るように床を拭き清めていくモップを見た。思わず窓の向こうを見ると、舞うように木々を選定する大鋏がいた。

 そしてその下側で、切り落とされた枝葉をサッと回収する、茶色い袋も。

 ほうきも、はたきも、くるくる、するする。

 私がぽかんとしている前で、あっという間にすべてを綺麗にしていく。人間の、私の手ではちょっと届かないようなところにもひらりと舞い上がり、あらゆる汚れを拭い去っていく。

 掃除、掃除は無理。

 直感した。

 だけど料理ならまだ、少しくらいならたぶん。その思いを頼りに、私はばたばたと、行儀悪くキッチンへ飛び込んでいった。この時間ならまだ、朝食はできていないのではと思った。

 思ったが。


『あぁ、おはようヴィオレッタ』

『せ、セレスタイトさま、あのこれは――』


 言いかけた私の視界、ほこほこと湯気を立てる美味しそうな朝食を、今まさにテーブルに運んでいるセレスタイトさまがいた。水色の水玉の、シンプルなエプロンが爽やかだった。

 その日の朝食は、あっさりとしたスープ。

 卵をふわふわに焼き上げたものに、トマトを使ったソースをかけたもの。そしてほっこりと温かい丸いパン。食後にはりんごを使った小さめのタルトがデザートとして出された。

 これ、すべて朝早めに起きてサっと作ったとのことだった。

 セレスタイトさまは、料理が得意らしい。

 らしい、ではない、得意だと言い切った方が正しい。

 なんということだろう、私はあらゆるスキルが彼に遠く及ばない。たぶん、お裁縫だって実用的な部分では、セレスタイトさまの方がずっと上手にきまっている。

 ただただ綺麗なだけの刺繍は、嗜む程度ならいいけれど。

 日常生活では、あまり役に立たないものだった。


「必要に迫られてたってのもあるけど、試行錯誤するの楽しいんだよ」


 焼きたての丸いパンをちぎりつつ、セレスタイトさまは言う。

 これも、朝起きて作ったらしい。確か本には、パンを作るにはハッコウというものがとても大事だと書いてあった気がするのだけれど、セレスタイトさまの魔術なら簡単のようだ。

 そこまで凝ったものは作れないが、一般的な食事なら概ね作れるという。

 それは謙遜かもしれない。だけど私にとっては絶望だった。

 私は凝っていないものも何も作れないのだから。

 サラダは作れた? いや、あれはセレスタイトさまの言うとおりにしていただけ、小さい子どものお手伝いと何が違うだろう。作業らしい作業といえば、野菜をちぎっただけだ。

 だめだ、これはだめだ。

 改めて考え、危機感を覚える。

 落ち着いて私の生活を考えれば、本当に人の手を借りなければ何もできない状態だということは明らかだ。自分でできていることといえば着替えとか、そういうことくらいだ。

 ……着替えさえ、体調が悪い時はリリアに手伝ってもらっていた。

 ここに来てからは以前よりは体調が安定して、さすがにそういうこともない。

 いや、セレスタイトさまに着替えを手伝ってもらう日が来たら、私は恥ずかしさで死んでしまうと思う。いくら夫婦といえど、流石にそこはこう、何とか……こう、どうにかしたい。


 そこで私は考えた。

 少しずつでいい、私一人でできること、を増やそうと。

 その思いは最初から半分挫けそうになってしまったけれど、まだこれからだ。私はまだ何もしていないのだから、心が折れてしまうには少し早い。

 私だって、いきなりパンが作れるだなんて思っていない。

 書物からの受け売りだけれど、専門の職人さんがいるくらいなのだから、私が今から作ろうとしてうまくいくとか、そんな夢のような、奇跡のような無謀な期待はしていない。

 私にできるのは、ゆっくりできることを増やす、その努力のみ。

 例えば掃除、例えば料理。

 刺繍ではない縫い物だって、いつかはできるようになってみせる。


 まずはそう、料理。

 料理なら――ものにもよるけれど、そこまで体力は使わないと思う。最低でも準備の手伝いくらいはできるようになりたい。だからまずはそこから、そのあたりから頑張ろう。

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