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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
二章:嘘と本当と知らないこと
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魔術師たちの企み

 セレスタイトの書斎に、家主とその友人はいた。

 時刻は夕暮れより少し前、そろそろクゥリはここを出て城に戻るつもりだった。

 友人の新妻――本人たちにそんな気はないのだろうが、公的にはそういう関係にある少女は自分にあてがわれた部屋にこもり、クゥリが持ち込んだ荷物を広げているころだろう。

 中身は知らないが、エメレが複数の服屋をハシゴしていたところから察するに、当面の着替えなどが中心になっているようだ。それも間に合わせなので、足らないものもあるだろうが。

 クゥリ的には微妙に居た堪れない気分というか、恥ずかしい気分だったので、気の利かない王子とその他の仲間たちに文句を言いたいところである。そもそも幼なじみで親友なら、セレスタイトに色っぽい意味での女性の影が何一つないことぐらい、把握しておいてほしかった。


「一つ、訊いていいか?」


 城に戻ることを伝えに来たクゥリは、部屋を出ていきかけたところで振り返る。

 荷物の整理をするセレスタイトは、視線だけでその先を促した。


「お前、この先なーんにも言わないでおくつもりか? あの子、自分にも関わりのあることだっていうのに『姉が悪いことをして追放された』以上のこと、何も知らなかったぞ。オレより状況把握ができていない、情報提供がされていないってどういうことだよ」

「……言う必要性がないと思ったんじゃない、フレンも」

「じゃあお前が教えてやればいいだろ、あの子は嫁さんなんだから」

「ほとんど強制的なものだよ。というか向こうの意趣返しか嫌がらせだ」

「お前とミオリアさまは、何をどうやってあの『思慮深くおとなしい殿下』をマジギレさせたんだ。まぁ、十中八九お前が火をつけたのは間違いない、ってエメレと俺は思ってるが」

「失礼な。最初に言い出したのはミオリアだよ。ただ追い打ちしたのは否定しない」

「やっぱりお前のせいじゃないか」

「だとしても、やっぱりミオリアは『言うべき』だった。彼女には言う権利があった。僕は迷っている彼女に、その権利の正当性を伝えて、立ち上がってもらっただけさ」


 まぁ、つまりは――と、セレスタイトはつぶやき。


「彼女から姉を奪い、こんな苦労をさせたのは僕のせいだよ」


 その口で何を言えばいいんだい、と笑う。

 どこか泣きそうな、いつになく情けない顔に、クゥリは何も言えなくなる。

 クゥリは貴族ではないし、宮廷魔術師になっても貴族との接点は上司くらいだ。しかも魔術師になる貴族は大概普通とズレているというか、あくまでも『魔術師』としての接点しかないので、やはり貴族というものとは縁遠く感じている。近寄りたいとも思わないのだが。

 なので、かのヴェルテリス姉妹の境遇は、伝え聞いたことしかわからない。

 幼いころに親を亡くし、姉は城で、妹は領地で暮らしてきた、と。

 そして姉は大罪を犯して追放、妹もいずれは姉のように追放されるのだろう。

 一つ違うのは、妹にある役目が負わされたことだ。それは元宮廷魔術師の大罪人、セレスタイト・ノア――いや、もうノア家から除名されているから、ただのセレスタイトなのか。

 ともかく彼の『監視』、あるいは『足枷』である。


 たった100日、されど100日。

 それだけの時間があれば、セレスタイトならばいかなる手段も行使できる。この程度の結界など数日で攻略するだろうし、更に数日費やせば他国に逃げることだって不可能ではない。

 呪いすらも、命を捨てる覚悟を決めれば、術者へ『返す』ことができるはずなのだ。

 それをしないのは、おそらくそばにヴィオレッタがいるからだとクゥリは考える。

 彼女を守ることがきっと、ミオリアの願いだった。残された彼は、彼女の、幼なじみの代わりに少女を守ろうとしているのだ。だからこそ、彼は無抵抗であろうとしている。

 そして、彼女を守るための策謀を、ここから紡いでいるのだ。

 文字通り、すべてを賭して。


「……で、具体的にどうケンカふっかけたんだ、お前とミオリアさまは」

「いろいろ。だけど確実にフレンを怒らせたのは、たぶんそうだな――『あなた、いつから自分にも自由な結婚が許されるだなんて、そんな万民に対して最大の裏切りとも言える妄想にとりつかれるほど、頭の軽いおバカさんに成り下がりましたの?』だったかな」


 と、セレスタイトは笑いながら、笑えない言葉を言う。


「僕としては、それに続けた『異世界の常識がこの世界でも通じると思い込むところ、頭のスカスカ加減もお二人はそっくりで、実にお似合いですわ』も、なかなか愉快だったよ」

「すごい言葉だな……そこまで言い切るか、一国の王子相手に」

「でも事実だろう? 世の中には『代償』が存在するのだから。僕やお前は、それをよくわかっているはずだ。魔術師が支払っている代償は魔力。その代わりに魔術を手に入れている」

「王族という特権階級を手に入れた代償が、自由、ってか」

「そうだよ。それが自動的に与えられたものであったとしても、その中で育ったなら代償から逃げることは許されない。それを、搾取される側がどうして許してくれるんだい?」


 その言葉は、誰も許さないさ、と言うような響きがあった。

 許す、という行為すら否定するような。


「ミオリアと結婚する『義務』がフレンには存在していた。それを一方的に、彼個人の身勝手な理由で放棄したんだ、彼女にはモノ申す権利がある。貴族の連中が表立ってミオリアの味方に立たなかったのは、彼女が血筋だけがいい貴族だからどうにでもなると思ったからさ」

「国内の貴族、しかも病弱な妹と二人姉妹っていう弱点がある以上、ミオリアさまが強く出るとは思わなかったんだろうな。だがお前が当然のようにそそのかした……と」

「そそのかしたとは人聞きの悪い、僕だって怒っていただけさ」


 だって僕は二人のそばにいたのだから。

 幼い頃から、ずっと二人を見て、その先の道を見ていたのだから。

 何かを言いかけて、しかしセレスタイトは口を閉ざす。一つ空気を吸い込んで、吐き出してから再び、その唇はほころんだ。クゥリにとってはいつも通りの、笑みの形を持って。


「それよりも、クゥリ――例のこと、任せたよ。フレンのことは信じている、だけどそれ以外を信じていないから、できるだけ備えを用意し憂いをなくしておかないといけないんだ」

「……あぁ。だけどお前は、何をしようとしているんだ?」

「ふふ、それは秘密」


 知らないほうがいいよ、とだけ笑って、以降、セレスタイトは何も言わなかった。

 ゆえに、クゥリもまた問いただすことも、聞き出すこともしない。問いただしたところで口を開く男ではないと知っているし、聞いたところでどうしようもないのはわかっている。

 どんな言葉を使い、努力を尽くしても。

 一度覚悟して決めたことを、彼が諦めないと知っているのだから。

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