ミオリア・ヴェルテリス
私が知るお姉さま――ミオリア・ヴェルテリスは、心の優しい人。
優しく、そして強くしなやかな人だ。
だから本当に、ずっとずっと、混乱して困惑して、わけがわからない気分だった。
あのお姉さまが罰せられるようなことをするわけない、私はお姉さまを信じている。だけど私以外のみんなは、お姉さまのことをさながら物語の悪役のように扱っている。
どちらが正しいのかわからない。
私は外のお姉さまを見たことがないから。
そこで『お姉さまが正しいに決まっている』とも、『お姉さまは本当は悪い人だった』とも思いきれないところで、私はお姉さまについて何も知らないのだと思い知った。
きっと、私はお姉さまのことを知らなければいけない。
何があったのか、何をしたのか、知らなければ。
「俺に訊くってことは、あいつは何も言っていないわけか」
こくり、と無言で頷くと、クゥリさまは深くため息を付いた。
正しくは私の方からも、尋ねるタイミングや余裕がなかったのだけれど。ただお姉さまの罪状だけを知らされ、処罰を聞かされ、選択肢とも言えないものを与えられてここまできた。
激流に流されるだけだった、けれどやっと足のつく場所についた気がする。
ではなぜセレスタイトさまに聞かないのか、というと……そう深い意味はなく、ただ彼が背負わされた『罰』が引っかかっているだけだった。その罰の原因を聞くのに躊躇いがあった。
命の期限をつきつけられたように見えないけれど、その内側が外と同じような感じであるわけがないと思う。顔に出さない、態度にしないだけできっと、いろいろ考えているはず。
そこに、どうしてあなたは遠回しに死刑宣告されたんですか、なんて聞けない。
「まぁ、あいつの状況的にも、言いづらいわな」
「はい……」
「あいつがあえて口にしないのは、たぶん『知らなくていい』って感じのくだらない理由なんだろうが、唯一の身内のことを知らないままは嫌だもんな。俺で良ければ話そう」
「あ、ありがとうございます……!」
「でも本当に俺は詳しいところはわからない。間違っている情報もあると思う。それでもいいなら、俺が知っていることを教える。ただ俺は下っ端で、ミオリアさまとの接点はないんだ」
遠目に見かけることも稀だったしな、とクゥリさまは言う。
とくにクゥリさまがお城で働き始めたここ数年のお姉さまは、王妃になるための教育の他に覚えることが更に増えたようで、めったにその姿を人前に出さなくなっていたらしい。
ほとんどが部屋と書庫の往復で、その合間にダンスのレッスンやマナー講習。
国内外から訪ねてくる貴族などとの歓談、王族の方との食事会。噂に聞くだけでもかなりの過密スケジュールで、夜ぐらいしか休むヒマもないくらいだったとのことだ。
あぁ、だから手紙も少し遅れ気味になっていたのか、と今更理解する。
「俺が知るかぎり、ミオリアさまは例の聖女――ヤヨイさまを『聖女』として扱うことそのものに反対していたらしい。貴族の中には、自分の立場を守るためだったとか言ってるのも少なくないみたいだが、現状のヤヨイさまのやつれっぷりを聞く限りは、彼女のためかもな」
「ヤヨイさまの、ため?」
「ここ数年のミオリアさまが受けていた教育は、よほどのお嬢さまでも心が折れて、泣いて逃げるような過密っぷりだ。それをいきなり浴びせられるんだぞ? しかも『前任者』は文句ひとつ言わず、顔色すら変えなかった。……となれば、俺ならプレッシャーで死ねる」
そんな後釜には座りたくねぇ、とクゥリさまはつぶやく。
言われて思い出すのは、教会で見かけた彼女の姿だ。およそお城で丁重に扱われ、充分に満たされた生活を送っているにしては、彼女の顔色はよくなかったように記憶している。
あれならまだ、陽の光にあまり当たらない私のほうが健康そうに見えたのでは、とすら思えるほどだ。とりあえず、私の目元にはあんな隈は浮かんでいないし……。
聖女とは、ただ力があればいいだけではない。
考えなくても当たり前に思うことだけど、実際そういうことなのだろう。
ましてやお姉さまは幼い頃から、王妃という立ち位置にふさわしくなるよう、日々教育を受けてきた。ヤヨイさまがいつ異世界からこの世界に現れたのかは知らないけれど、お姉さまが過ごしてきた二十年近い時間を埋めるだけの時は、まだ経っていないと思う。
それを埋めろ、聖女ならば、なんて迫られたら相当な負担に違いない。
私が知るお姉さまなら、彼女のために異を唱えることは充分考えられることだった。
「そもそも、ヤヨイさまの登場で、城の中は二つに割れた。ミオリア派とヤヨイ派だな。聖女に勝るとも劣らないミオリアさまと、本物の聖女であるヤヨイさま、それぞれの派閥。こういう時は王族は中立か、元からいたミオリアさまの側につくべきなんだろうが、王子がなぁ」
「ヤヨイさまのことを、好きになってしまった……と」
「そうらしい。下っ端の知らないところで婚約破棄とかが行われ、いつの間にかミオリアさまは城から姿を消した。そして新しくヤヨイさまと王子の婚約が結ばれた。って感じだな」
それが一週間ほど前だ、とクゥリさまは言う。
一週間前というと私はまだ、何も知らなかったころだ。
らしい、という言葉がつくのは、根回しなどが終わってから話が広まったので、詳しいところがわからないから。お姉さまが追放された日も、実はよくわかっていないらしい。
比較的はっきりしているのは、セレスタイトさまへの罰が決まった日。
それが――それも、一週間前らしい。
その日、ノア家から彼が追放されたのでおそらく、と。
「一週間であらかた話をつけて、残るやつを処分する方法も決まって、ってことだったんだろうな。セレスタイトがノア家から追い出された後、王子と聖女の婚約は発表された。表向きは庶民から生まれた聖女ってことになっていて、それで市民を味方につけようって魂胆だな」
「……お二人は、もう婚約関係にあるのですね」
「セレスタイトほど表立って主張したわけじゃないが、ミオリア派の貴族もいる。そっちからあれこれ言われる前に、ってことだったんだろう。王子に甘いところのある国王陛下も、流石に苦言を呈したらしいが……まぁ、下っ端にはそれくらいしかわからんな。すまない」
「いいえ、私は何も、何一つ知らないまま、だったので……助かります」
改めて私は頭を下げる。
やっぱり、私は知らなければいけない。きっとセレスタイトさまは、何も知らせないまま100日後を迎えたいのだろうと、なんとなくわかったけれど、それでも私は。
お姉さまのことを、私の『外』で何が起きたのかを。
知らなければいけないと、改めて思った。




