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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
二章:嘘と本当と知らないこと
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彼の要件

「ところでクゥリ、足元のそれなんだけど――」


 ひとしきり話が盛り上がり、終わりも見えたといったタイミングで、ふとセレスタイトさまがクゥリさまから視線を外した。その先を追いかけると、あるものが置かれていると気づく。

 クゥリさまの足元にあったそれは、旅行カバン。

 私はそれを使ったことはない、けれどお姉さまが使っていた。なのでそれがどういう用途で使われるものなのか、といったことは、最低限ではあるだろうけれど知っている。

 問題は、それがどうしてクゥリさまの足元にあるのか、というところ。


「それも僕あての荷物かな?」

「いや、お前からの頼まれものは外にある分だけ。こっちはエメレからお嬢さん宛てだ」

「エメレが? ヴィオレッタに? なんで?」

「そこで疑問符を叩き出すお前の頭が恐ろしい。とりあえず先に言っておくが、これを準備したのは俺じゃない。俺たちの同期の一人で、エメレっていう女魔術師だから」


 受け取りつつ、エメレって誰だろう、と思う。

 女性のようだが、聞いたことのない名前だから知らない人だ。

 二人の同期だというなら悪い人ではない、と思うけれど。


「今日も元気に従順な『わんこ』か、健気なことで」

「おい、人聞きの悪いコトをいうな。お嬢さんが勘違いしたら困るだろう」

「でも本当のことじゃないか。それとも下僕、奴隷、いっそ椅子と言った方がいいかい?」

「だんだんひどくなってるな?」

「語彙を尽くし、贔屓とお世辞で装飾しても、パシリであることは変わらないよね」

「……うん、まぁ、そうなんだけどな」


 そこを認めてしまうのだろうか、と思ったけれど、エメレ、というのが人名らしいことしかわからないので言葉に困る。なかなか気の強そうな人、らしい、とは伝わったけれど。

 更に三人で親しい関係にあるようで、セレスタイトさまの態度も柔らかく見える。

 別に、疎外感があるわけではない、けど、私を置いてけぼりにして話が進んでいくのは居心地がよくないというか。状況がわからないので、やっぱり口には出せないのだけれども。


「まぁいい、これがお嬢さん宛ての荷物だ」


 クゥリさまはおもむろに、足元に置いてあった旅行カバンを持ち上げる。セレスタイトさまがカップ類をどかしたテーブルに置いて、私に開けて中身を確かめるよう促した。

 確か、こういうカバンはここをこうしてこう開くはず、と手探り。ぱちり、と音を立てて金属製のパーツが動く。上へ力を込めて開くと、中にはたくさんの布が詰め込まれていた。

 服だ、と気づいたのはその布の一つを引っぱり出す途中。

 それがわかったところで、私は一旦カバンを閉じる。流石に男の人がいる中で、中身を更に確かめる勇気はなかった。これは私のための着替え類だ、とわかれば充分だとも思った。


「あの、これ」

「もう一度言うが俺じゃないからな。エメレが、ミオリアさまの妹ならたぶんこういう感じだろうっていう目測立てて、ここに来る前に買い揃えてくれたもんだ。足りないものがあるなら俺に見えないように手紙にでもまとめてくれ。中身を見ないようにしつつ彼女に届けておく」

「あ、ありがとうございます、クゥリさま」

「いや、俺ド田舎の農家生まれだし、そういうふうに呼ばれるほどの身分じゃない、ぞ」

「ですが私、もう貴族ではないようなので……」


 もとより、曽祖父は貴族だったかも定かではない生まれだと聞いている。それこそ聖女を妻にするなんてこと、夢にするのも愚かしいほどに、身分の差があったのだと。

 そこを乗り越えて結婚した二人は、当時は最高の純愛物語の当事者としてもてはやされていたのだという。当時の王は曽祖父に『聖女が嫁ぐに値する身分を』という理由で、ヴェルテリス家に侯爵の地位を与えた。それもあって、私の一族は究極の成り上がりとも呼ばれる。

 私たちが貴族でなくなったところで、損をする人はもういない。親類がいないわけではないのだが、私たちが貴族になった理由が特殊すぎて、私はあったことすらないし。

 血筋について惜しむ人はいるかもしれないが、曾孫となればもう薄い。他所の国には聖人や聖女を多く生み出す血筋、というものがあるそうだけれど、ヴェルテリス家は違った。

 これからは、王子と聖女の間に生まれる子どもの争奪戦になるのだろうと思う。


 神様に選ばれた人、というのは本当に稀なもので、基本的には大聖堂などで未婚のまま亡くなられるか、結婚しても年の近い王族やその縁者とする、というのが一般的だ。

 そういう身分の人にしか会わない、というのもあるらしいけれど、現実問題として身を守るためにはやはり相応の権力者の庇護を受けなければいけないというのがある。

 曽祖父と曾祖母の結婚は、本当に稀なケースだったはずだ。

 一説では、早くに父王を亡くしたため若くして即位が決まった王子から何度も、自分の王妃になってほしいという要望――命令があったにもかかわらず、それを袖にしたという。

 何度も申し込んだのは当時の王子が後ろ盾を欲したからとも、即位前のどさくさ紛れに意中の相手を、という最後の賭けだったとも言われているが、詳細は伝えられていない。

 結果として曾祖母は王子、後の王の求婚を断り、曽祖父に嫁いだのだから。


「じゃあ、僕は荷物を片付けてくるから、ちょっと待ってて」


 そう言い残して、セレスタイトさまはリビングを出て行った。荷物がどれほどの量なのかわからないが、一人で大丈夫なのだろうか。しかし私が行っても足手まといにしかならない。

 二人の会話から察するに、専門的な知識を要求するものが多いようだったし。ヘタに動かしてこれ以上迷惑をかけるわけにはいかなかった。そもそも、運べる自信もないけれど。

 こうしてリビングには、私とクゥリさまが残される。

 一瞬、気まずいほどではない沈黙が流れた。さっきあまり良好ではない出会い方をしたとなると、何をどう話せばいいか――と、考えたところで、はた、と私はあることを思いつく。

 思いつく、というより思い出したと言った方が近い感覚かもしれない。


「あの……クゥリさま、一つ訊いても良いでしょうか」

「何か困ったことでもあったのか?」

「いえ、その、そういうわけではなく、えっと……」


 一瞬躊躇いつつ、私は尋ねる。

 お姉さまが何をして、追放に至ったのか――ということを。

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