持つべきものは親しき人
「大変申し訳ありませんでした……えぇと」
「いや、いきなり窓から現れた俺も悪かったよ。俺はクゥリ・ライルベリト。不本意ながらそこの元宮廷魔術師とは同期で、一応今も宮廷魔術師をしている、しがない二十二歳だ」
「え、っと、ヴィオレッタと申します」
再びお茶の香りが満ちるリビング。
私はソファーに腰掛けたまま、深々と頭を下げていた。
前に座っているのは一人の男性。いきなりバケモノか何かを見たような悲鳴をあげられてしまった人だ。そして、駆け込んできたセレスタイトさまの魔術を見舞われた人でもある。
その正体は、セレスタイトさまのご友人、クゥリさまだった。
あの黒い不思議な装いは、結界をすり抜けるための特別な外套らしい。見つかれば処罰されることは間違いない状況だというのに、彼はそんなものを使ってまでここに来てくれた。
あんなに怪しげに見えた黒い塊の中身は、セレスタイトさまより体格のいい普通の男性。赤毛を短く切りそろえた、おそらく世間一般で美丈夫と呼ばれるのはこういう人だと思う。
セレスタイトさまも美男子だけど、クゥリさまもまた美男子だ。
しかしその顔には、セレスタイトさまの魔術による痣がうっすらと浮かんでいる。握りこぶしほどの氷の塊は、まっすぐにその頬あたりに命中し、キラキラしながら砕け散った。
これくらいはすぐに治る、と二人とも言っている。
けれどそれで済む世の中ではない。今度同じようなことがあったら――この状況でそんなことが二度三度もあったら困る話だけれど、次は必ずセレスタイトさまを呼ぶことにしよう。
世話になりっぱなしは嫌だけど、遠慮は余計な迷惑をかけることを学んだ。
「それで、何を考えて不法侵入しようとしたんだ、お前は」
「入り口に荷物置いたら入れなくなってな、それでじゃあ窓からでいっかー、と」
「バカか」
「荷物の大半は俺じゃなくて別のヤツが準備したんだよ。運搬用の魔石に全部ぶっこんどいたから後はヨロー、とか言われただけで、その中身があんな大量だとは思わなかった」
信じられん、とクゥリさまは肩をすくめる。
クゥリさまはセレスタイトさまの状況的に、まさか出入りできなくなるほどの量だとは思いもしなかったらしい。魔石に荷物を入れっぱなしにするのは疲れるそうで、ひとまず外に出しておこうとしたら……と考えた結果が、窓からの侵入という決断に至ったという。
その口ぶりからして真面目な人なのだろうが、そんな相手に窓からの侵入をさせてしまうほどの荷物とは、どんな量なのだろう。そもそも玄関の扉はそこそこ大きかった、と思う。
あれの前を埋め尽くす荷物。少し怖い。
「っていうか何なんだお前、あの荷物の山は」
「夜に寝かさない勢いで説明していいなら、荷物の中身を教えてあげるよ」
「やめろ、流石に長居すると『監視役』にバレるだろ」
「だろうね、冗談だよ……でもそれくらい時間がかかるシロモノだ。あぁ、良からぬことになるかもしれないが、命が危険なことではないからそこは安心していいよ、クゥリ」
「良からぬ『何』をお前はするんでしょうねぇ?」
「さぁ、なんだろうねぇ?」
ふふふふふ、ははははは、となぜか笑い合う二人。
笑っているのだけれど、顔が怖いのは気のせいだろうか。それとも、これが世の中によくある『親しい同性間のやり取り』なのだろうか。リリアとは年も近く性別も同じだけど、私たちの関係は友人ではなく主従だったので、こんな感じの雰囲気になったことはない。
親しいが、一線は引いていた。そんな感じだった。
あれはあれで間違ってはいないのだと思うが、少しだけ彼らが羨ましく思う。私ももう少し身体が丈夫だったなら、こういう遣り取りをするような仲の良い相手もいただろうか。
「あの、お二人はとても仲が良いのですね」
「同期だし、年も同じだから自然とつるむことが多くてね」
「こっちが声をかけるまで『孤高のひとりぼっち』してたヤツが何言うか」
「そのひとりぼっちにつきまとって絡みまくって、殴られたのに作戦続行した挙句、見習いは入っちゃいけないところに入ったりして、最終的にそれぞれの師匠からの本気説教に、ついでの始末書までお付き合いしてくれた奇特なヤツは、はてさてどこのどなたさまだったっけ」
「誰だったかなぁ。師匠にガチ説教くらって半泣きだったヤツなら知ってるけどなぁ」
「うるさい」
……なんだろう、私の中でイメージがくるくる変わる。
おとなしそうに見えたセレスタイトさまは、意外とやるタイプらしい。付きまとわれたのは大変だろうなとは思うけど、そこで物理的に反撃に出ていたのは意外だった。
魔術師には師弟関係がつきものだとは聞いていたけど、彼のお師匠さまはよほど良い人だったのか――怒らせたらとても怖い人だったのか。後者のような気がする。
二人の雰囲気についていけず眺めているだけの私を他所に、久しぶりにあったのか、セレスタイトさまとクゥリさまの会話は、いよいよテンポを上げて続いていく。
たぶん、二人の中から私の存在はほとんど消えているだろう。
かといって、この会話に混ざる勇気も、会話のセンスも私にはない。聞いていて面白い内容なので、今は静かにお茶を飲みつつ聞く側に回っておこうと思う。
それにしても……。
「お前みたいな偏屈者に付き合ってくれる俺たちに感謝しろ」
「そうだな、僕にはもったいない友人たちだ」
なんて、冗談を言い合う相手というのは、私には想像もしない存在だった。
やっぱり少し、羨ましい。




