表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
二章:嘘と本当と知らないこと
12/59

不審人物、現る

 渡されたエプロンを身につけたところで、私に任されたのはサラダの準備。

 保存庫から取り出した葉野菜をちぎって器に入れて、調味料をしっかり計量したものと混ぜあわせてお皿に盛り付ける。刃物は使わない、力も要らない比較的簡単な作業。

 サラダなら毎食出されていたので、どれくらいの大きさでちぎればいいのかわかる。

 一口に入るくらいの、小さすぎず大きすぎない感じ。

 葉野菜以外は、予めセレスタイトさまが切りそろえてくれた。おかげで私は刃物を手にすることもなく済んだのだけれど、あまり調理したという気分がしないのはなぜだろう。


「セレスタイトさま、できました」

「ありがとう。盛り付けは後でいいから、食器とか運んでくれる?」


 そう言ったセレスタイトさまは、ずっと鍋の中身をかき混ぜている。野菜をじっくりと煮込んでいるスープは、簡単そうに見えて火加減などが難しいらしい。

 傍らではメインになる魚を焼いているところで、ちらちらと視線を向けては焼き加減を気にしているようだった。流石に私の出番は、ここにはないということがわかる。

 言われた通り、私は必要な食器を棚から引っ張りだした。

 スープを淹れる深めのお皿と、サラダを盛り付ける大きい皿。

 それと魚を乗せる、中くらいのお皿。

 セレスタイトさまはあまりマナーには興味が無いのか、ナイフやフォークの類は同じ大きさのものしかなかった。そのことに私は、少しだけほっとする。

 これまで一人で食べることが多かったので、私もマナーに関してはあまり自信がない。

 一応、教わってはいるのだけれど……実践したことがないので、もう忘れてしまっている可能性もある。お姉さまは完璧にこなしていたけど、私にそれを強いることはなかったし。

 そう思うと、甘やかされてきた、ということを感じる。

 ……もっとも、私はすでに貴族という身分ではなくなったのだし、必要以上の、堅苦しいマナーなんて求められることなどないのだろうけれど。

 ただ、ある程度、とはいえ教えてもらっていてよかったと思う。

 知らなければこういう時、どう並べたらいいかわからなかったかもしれないし。


「みんな、大丈夫かしら……」


 お皿を並べていると、同じようなことをしていたリリアのことを思い出す。震えながら私を守ろうとしていたあの子は、あの後、泣いていたりしないだろうか。

 王子は、みんなには何もしないということを言ってくれた。

 今はそれを信じるしかないのだけれど、無条件に信じられるほど私は王子フレンディールを知らない。だから、本当に大丈夫なのだろうか、という疑念が浮かんできてしまう。

 確かめるすべもないのに、気にしてもどうしようもないのに。

 お姉さまのことだって、本当に『追放』されたのかわからない。

 もしかしたら、なんて可能性だってありうる。あの王子の憎しみのような、怒りのようなものを感じてしまえば、誰だってその可能性を考えると思う。

 なのに、彼の言葉を信じたのは、お姉さまが彼のことを信頼していたからだ。

 ここにいないお姉さまが、かつて伝えてくれたことが、彼への信頼の下地になっている。

 奇妙な気分、だった。

 お姉さまに何かしたかもしれない人を、お姉さまの言葉をもって信頼するなんて。


 でもお姉さまは、私に信じさせるほど大事そうに語っていた相手に、

 そもそも、私は未だにお姉さまが具体的に何をしてしまったのかを知らない。

 詳しく尋ねられる雰囲気ではなかったし、セレスタイトさまも、自分とお姉さまの関係については教えてくれたけれど、詳しいところは何も口にしてくれないし。

 尋ねたら教えてくれるのだろうか。

 ……だけど、知りたくないという気持ちもあった。

 私の中にはお姉さまへの憧れも愛情も、今も変わらず存在している。全部、何かの間違いに決まっている、なんてことも少しだけ考えているくらいに。

 でも私が信じてきたものが、全部間違いだったら。

 私の見てきたお姉さまは、本当は存在しないものだったら。

 その存在を頼りにしてきた私の足場は、きっと消えてしまうから。


「よっと……」


 物思いにふけっていると、そんな声とことんという軽い物音がした。

 明らかにセレスタイトさまの声ではないし、彼がいる方角からのものでもない。だけどおかしい。結界で封じられた場所に誰が訪ねてくるのだろう。それも玄関ではないところから。

 もし正式に訪ねてきたのなら、玄関に向かうのが自然だと思う。

 それ以外から出入りする存在は、だいたい『泥棒』というのだと私の知識が叫んだ。仮にそうでなかったとしても、入り口から入らない時点で普通でないのは明らかだろう。

 私は一瞬迷って、スープ用の深皿を手にした。

 いざという時は投げるなりすれば、セレスタイトさまは気づくと思ったから。

 おそるおそる、私はリビングの方へと向かう。彼を呼びに行くという選択肢は頭の中にあったのだけれど、これ以上お世話になりっぱなしになるのが嫌で、そっと蓋をしておく。

 少し、様子を見るだけだから。

 危ないことなんて、彼の家なのだし、ありえない。

 足音を消すようにゆっくり、ゆっくりと扉に近づき、開く。


 この扉の正面には窓があって、そこには空が広がっているはず――だった。

 だけど、そこに『空』と呼べるものは、ない。


 あったのは黒だ。

 窓から身を乗り出す、黒。金色の模様が、蜘蛛の巣のように広がった、黒い塊。それがずるりと溢れるように、窓から室内へ、リビングへと入り込んでくる光景があった。

 手から、お皿の冷たく硬い感触が消える。

 白いそれが足元で、小さい欠片に変化する高い音。

 その直後、私の喉から出たとは思えない悲鳴が、間違いなくこの口から飛び出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ