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私の旦那さまは余命100日  作者: 若桜モドキ
二章:嘘と本当と知らないこと
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一息つこう

 家に入った瞬間、私の足が限界を迎えた。

 ほとんど緊張感だけで立っていた状態だったのかもしれない。むしろ、座り込むだけで済んだのは、ここ最近続けていた体力作りのおかげだったのではないかとすら思う。

 いきなりへたりこんだ私を見て、セレスタイトさまも流石に慌てた。


「え? ちょっと、大丈夫?」

「た、たぶん……少し、疲れてしまって、緊張、とか」


 肉体が、そして精神的にも。

 そもそも私は基本的に召使と主治医の先生ぐらいにしか会わない、屋敷に引きこもった生活をずっと続けてきた。出かけていくだけの体力もなかったし、出かける先もなかったから。

 出かけたくなかったかというと、それは嘘になる。窓から見える草原を歩いてみたらどれだけ気持ちいいのだろう、と思ったことは少なくないし、街に行ったら、と夢想もした。

 だけど身体はそれを許さない。

 無理に出かければ行けなくもないけれど、出先で倒れたりしたらいろんな人に迷惑をかけてしまう。お姉さまにも、いらぬ心配をかけてしまう。だから、静かに我慢した。

 そんな私が、屋敷から引きずり出され、大勢の知らない人に囲まれて、それで何の影響もないなんてことあるはずがない。以前の私なら、王子と相まみえた瞬間に失神してそう。

 そうでなかったのは、お姉さまのことがあったから。


「さすが、ミオリアが溺愛してただけのことはあるか……少しじっとしてね」


 病気の類を心配していたらしいセレスタイトさまが、安心した笑みを浮かべる。

 それから私の膝裏に腕を差し入れると、よっと、という軽い声と同時に、そのままひょいと抱き上げた。もう片方の腕はしっかりと私の背中を支え、彼はそのまま歩き出す。

 これは、あれ。

 絵本だとか、恋愛小説でよく見る横抱き、つまりは『お姫様抱っこ』。

 それしかない、とはわかっていても、そもそも他意などないと知っていても、

 今、あの主人公たちがどうして抱き上げられただけで赤くなったり、わたわたと慌てていたのかが理解できた。こんなの人目がなくても恥ずかしすぎる、無理、恥ずかしい。

 何も言えず動くこともできなくなった私を他所に、セレスタイトさまは入ってすぐのところにあった扉の前へ移動する。軽く首をかしげるようにすると、ドアノブが自然と回った。

 更に扉は自然と開かれ、その向こうにあるリビングが見える。


「今、今のも、魔術……ですか?」

「両手が塞がってる時用の、ね。僕はものぐさだから」


 言いながら、セレスタイトさまは私をソファーへ座らせた。

 ふんわりとしたソファーは、すわり心地がとてもいい。沈み込むけれど、沈み過ぎない感じもいい、と思う。物の価値はわからないけれど、かなりよいものという気がする。

 これまでは『座れればそれでいい』ぐらいに思っていた。

 姉妹共々王家の庇護を受けていた身、常に謙虚かつ質素でいようと考えていたから。お姉さまたちは、もう少し身なりを着飾ってもいいのよ、なんて言ってくれたけれど。

 でも着飾って出かける場所もないのに、と断っていた。

 ……それが、少しだけ、今は改めたい気がする。


 私をソファーに下ろしたセレスタイトさまは、そのまま別の部屋へと姿を消した。微かに食器を動かすような音がするので、もしかするとお茶の準備をしているのでは。

 世話になりっぱなしなのが、情けないというか、いたたまれない。

 一応、お茶の入れ方は一通り教わっている。それくらいしかできないから、周囲に頼み込んで教えてもらった形だ。お姉さまが会いに来てくれた時、淹れることがほとんどだったけど。

 最低限の作法しかわからないとはいえ、私にできることは限られている。だから、何から何まで任せっきりになるのが不甲斐なくて情けなくて。

 もう少し、この身体が丈夫だったら。

 人並みとか贅沢は言わない、日常生活をこなせる程度に強ければ。

 自分の不甲斐なさを反省していると、靴音が近づいてきた。

 先ほど、セレスタイトさまが姿を消した方を向くと、それほど大きくない木製のトレイに茶器などを乗せて運んでくる彼が見える。お湯はすでに注いであるのか、ポットの注ぎ口から細く湯気があふれていた。同時に、お茶とは違う感じの、不思議だけどいい香りが漂ってくる。

 あまり飲んだことはないけれど、知っている。

 ハーブの、どこか落ち着かせてくれるいい香りだった。


「ハーブティにしてみたんだけど、飲める?」

「はい、いただきます」


 差し出されたカップの中には、うっすらと色のついた液体。

 飲むのにちょうどいい温度のそれを、ゆっくりと口の中へ流し、飲み込む。身体の中に柔らかい暖かさが広がり、ほぅ、と息を吐き出せばなんだか気分まで少しすっきりした。

 カップの熱が指先を温めてくれるのも、気分が落ち着く要因かもしれない。


「ごめんなさい、これくらいは私がやらなきゃいけないこと、なのに」

「無理しなくていいよ。こっちには強引に連れてこられたんだろう? そんなの、僕でもかなり疲れてしまう。身体が弱くて、あまり動いていない君ならなおさらさ」

「でも」

「君が心苦しく思うのはわかる。僕が同じような状況なら、君のように申し訳無さでいっぱいになるだろう。だけど、それで無理をされたら相手を悲しませる。それはわかるね?」

「……はい」

「家のことは後々相談していこうね。まだ日数はあるんだから、今すぐすべてを決めてやらなきゃいけないってわけでもない。のんびりやればいいんだよ、君のペースでね」


 セレスタイトさまも、自分のカップを手に取る。

 熱いのがあまり得意ではないのか、何度か息を吹きかけてから啜り。


「まぁ、期間限定の同居生活、終わるまでのんびり仲良くやろうね」


 終わる時には死んでいる予定の『旦那さま』は、他人事のように笑っていた。

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