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パフェイン0%  作者: 全州明
第一章 『我名ハ』
5/18

六日目

一章最終話と言うこともあり、今回は少し長めです。



 陽はとうに沈み、ビルの乱立した住宅街は薄闇に包まれていた。

「できたあぁーーーーーーーーーーーあとは分身を回収するだけだぁあ!」

 とある街の一角で、セルゼルノは硬いコンクリートの上に四肢を投げ出し、だらしなく寝そべっていた。分身を大量に造ったのが功を奏し、予定より一日早く、例の複製世界。

『世・改|(命名:セルゼルノ)』を完成させたのだった。

「さっほら、そこの分身、戻ってこい」

セルゼルノは、とりあえず一番近くにいた分身の一つに声をかける。

遅れて反応し、振り返った分身は、形こそセルゼルノと瓜二つだが、その全身は黒く、ゲームやなんかでありがちな、ダークなんとかや影のなんたらのようであり、霧のようにぼやけた曖昧(あいまい)な輪郭が、それをさらに際立てていた。

「あれ? おーい。戻ってこぉーい!」

分身がいつまで経ってもただ突っ立ったままなので、セルゼルノは大きく手を振り、声を張り上げる。が、分身は戻ってこない。

「戻ってこぉーーーーーーーーーい!!」

 今度は元からない威厳(いげん)を捨て、全力で呼びかける。

 やはり分身は戻らない。それどころか身を翻し、逃げ出そうとする。

 さすがにふざけてばかりもいられなくなり、(ひたい)に焦りの色が(にじ)み出す。

 ハッと思い立ち、懐から例の本を取り出して、『世界創生時最重要項目』を開く。


『その二、 〝意志の疎通〟


 分身の思想、言動、行動は全て、本体の意志、意欲、性格により反映される。

 距離が近いほどその効果は高まるため分身回収時は直接触れるのが最も望ましい。』


「そうかゼロ距離なら!!」

 セルゼルノは両手で縄を引くような仕草をし、分身を強引に手繰(たぐ)り寄せる。

「我もとに戻れ」

 ヨーヨーの如く引き戻された分身の背中に直に触れ、セルゼルノはそう強く念じた。すると分身は、先程の反抗がまるで嘘のように素直に手の中へと吸い込まれていった。

 しかし分身は、無論この一体だけではない。軽く千体はいる。

 今頃、残った分身の全てが同じように逃げだしていると考えた方がいいだろう。

「あぁ、マズイことになったな………」

 世・改の時が止まっているのは一日目から六日目の間のみ。残りの一日は惑星が正しく公転、自転しているかなどを確認するため通常に動く。世界の時を止められるのは創造神神王ただ一人であり、このことを報告しない限り、時が止まっているのは後二、三時間程度……

 面倒事は避けたい。が、このまま分身を放置し怒られることもまた、面倒事と言える。

 だが分身たちはセルゼルノの力の一部を使って作られているため、ある程度、有無の力を使う事が出来る。それが果たして世・改にどのような影響を及ぼすかは不明だが、残されたわずかな時間のうちに全ての分身を回収する必要があることは、火を見るより明らかだった。

「うん、無理だ。(あきら)めよう」

 セルゼルノは本を閉じ、近くのベンチにふんぞり返る。神王にバレなければそれで済む話だ。考えた末、そんな結論に至った。

 夜空を見上げると、自らの作った星々が雑に散りばめられていた。

 そう言えば人間たちは星と星を線で結んで星座を作るらしいが、この世・改の星はただ適当に散りばめただけなので、世界の星座とはかなり違うわけなのだが、果たして良かったのだろうか。そんな何気ないことを考えているうちに、ふと、一つの矛盾に気がついた。

「あれ? 時止まってないじゃん」

 いくら面倒臭がりなセルゼルノと言えど、こればかりは看過できない。あのとき神王は、確かに二日目から六日目まで時を止めておくと言っていたはずだ。しかし、辺りはいつの間にか暗くなり、夜空では当然のように星々が光り輝いている。

セルゼルノは立ち上がり、世界へと(つな)がる、扉を開く。



「……神王様」

「御主にしては早かったな」

 セルゼルノは跪きもせずに、神王に問う。

「なぜ世・改の時が、既に動きだしているのですか?」

「何じゃ、そのことか。それなら簡単じゃ。あの世界は……」

「世・改です」

「あぁ、そう言えばそうじゃったな。あの世・改は、既に御主の物になっておるのじゃ。出ないと御主が戻ってくることができんからな。何せ世改の扉は❘」

「世・改です。神王様」

 神王が、呆れて溜め息をついたのに、セルゼルノは気付かない。

「……まぁ、それはさておき、世・改へと繋がる扉は、その世界の所有者にしか開閉できんのじゃ。故に御主を世・改の所有者にせざるを得なかった」

 その言い回しに、セルゼルノはわずかに眉を潜めた。

「――――とはいえまだ所有者の段階じゃ。時を止めることはできずとも、この世界ごと一年後の未来にすることぐらいならできる」

 神王は、セルゼルノが来た世・改の扉に、手をかざす。

「待って下さい! まだ……」

 何をするつもりなのか悟ったセルゼルノは、すぐにそれを止めた。

「なんじゃ?」

「いえ、まだ矛盾を直していないのですが……」

「あぁ、そのことなら案ずるな。御主が次にあの世界に降り立った時、自らがこの世界の神だと名乗れば、その瞬間あの世界は御主のものとなる。さすれば、あの世界を自在に改変できる。矛盾など、容易に修正できるじゃろう」

「しかし、なにも一年後にせずとも!」

 セルゼルノは食い下がり、必死に阻止しようとする。もし一年も経ってしまえば、分身たちの形は崩れ、霧のような姿になってしまうだろう。そうなれば、回収は困難を極める。

「なんじゃ、知らんのか。一年経てば、人間たちが自らの歴史を記した書物の最新版を発行する。世界の人間の書物と世・改の書物を見比べれば、違いがわかりやすいであろう」

「まぁ、それはそうですが……」

 セルゼルノは納得せざるをえなかった。これ以上は怪しまれる危険があるからだ。

「では、今から世界及び世・改を一年後にする。良いな? セルゼルノ」

「はい……」

 それを聞き、(じん)(おう)は頷いてから、改めて扉の方へ手を伸ばし、地球で言うところの、ガチャガチャを回すような仕草をした。

「……これでいいじゃろう。セルゼルノ、今後御主は、自らのことを〝我〟と呼べ。その方が、創造神としての風格が出る」

「わかりました」

「よろしい。ではゆけっ! 新世界の創造神セルゼルノよっ!!」

「はぁ……」

 神王にしては珍しい、大げさな身振り手振りに、セルゼルノはうんざりしたように覇気のない溜め息をつく。

 それはしかし、少しも響き渡らずに、だらしなく溶けていった。


           *


「あぁーあ。なーんか面白いこと起こんないかなー」

 人気のない古びた(やしろ)に、覇気のない声が響き渡る。

 その声の主は、丈の短いスカートに紺の長袖の制服を着て、カバンを足元に投げ出し、賽銭箱の上に陣取っていた。肩の下まである癖毛の茶髪を揺らし、暇そうに足をばたつかせている。

 この罰当たりな少女、悦子(えつこ)は、下校途中にたまたま通りかかったのでなんとなく訪れただけであり、当然お参りのために使う金など一銭たりとも持ち合わせていない。

「神様も大変だよねー。たかが五円ぽっちで合格祈願とかされちゃって。割に合わないっての」

 少女は半身で振り返り、苔まみれの格子戸にぼやく。そうしてそれがまるで自分のことのように困ったように眉を潜め、乾いた唇に薄い笑みを浮かべる。

「それにしてもこの神社、ホント誰もいないなー。そのうち潰れるんじゃない?」

 向き直るついでにぐるりと見回すと、両端に置かれた狛犬(こまいぬ)が目に止まる。

 ちょっとした体重移動でも悲鳴を上げる、腐りかけた賽銭箱から飛び降り、少女はその狛犬のうちの一つに歩み寄る。

「まっ、お前もせるぜる……じゃなかった。せいぜいが―――――」

 そして、狛犬の頭を撫でようとした、その時。


 ――――突如目前で砂埃が舞い上がり、波紋の(ごと)く広がった。


「うわっ!! なっ、何!?」

 砂煙が晴れると、石のタイルに(ひざまず)き、薄汚れた白いローブを身に(まと)う、青みがかった白髪の青年がそこにはいた。突如現れたその青年に、悦子は戸惑いの色を隠せない。彼は強く息を吐きながらゆっくりと立ち上がり、悦子の瞳をまじまじと見つめてきた。

「御主か。我名(わがな)を呼ぶ者は―――――」

「は? 何言ってんのよ。ていうかあんた誰?」

 悦子は(ほお)を赤らめながらも警戒し、身構える。

 すると青年は何を思ったのか、天高く声を張り上げた。




「―――――我名はセルゼルノ‼ この世・改の神なりっ!」

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