二日目
改稿いたしました。(2017年8/26)
神王の座る玉座の前に、一人の神が跪いていた。
艶のある、青白く美しい髪と、セルゼルノより一回り小さく、曲線的な輪郭の体。
トーガを思わせる純白の衣服は大きく肌蹴、白木蓮のようにしなやかな美しい肌が覗える。
「……神王様」
形のいい唇からは、透き通るような高い声が漏れる。
「なんじゃ」
この姿を見て、
「なぜ私を――――」
この声を聞いて、
「このような姿にしたのですかぁーー!!」
誰が男と、思うものか。
「――――全く。またその話か。御主らは一言目にはいつもそれじゃな」
「……すみません。つい、取り乱してしまいました」
言って、終わりの神イブは、花の香り漂う長髪を左手で掻き上げる。
「ですが! この外見のせいで人間たちにアダムが男でイブが女と思われる始末!
これでも私は人間で言うところの〝男〟なのですよ!!」
「それは……すまない」
とはいえ、その人間を創ったのはアダムとイブであり、神王に非は無い。
「まぁ、それはいいとして……で? 何の用じゃ」
「良くはありません!!」
イブは怒りに任せて声を張り上げる。
一応言っておくが、神王はその他神を含む全ての創造神であり、最上位の存在である。
「……ならば、それは一先ず置いて置くとして……一体何の用じゃ?」
穏やかに話題を切り替えようとする神王。さすがのイブもこれ以上引きずるつもりはないようで、察して素直に応じた。
「あぁ……そうでした。あやうく忘れるところでした。一つ、お聞きしたいことがありまして」
「なんじゃ?」
「セルゼルノなどにあのような大仕事を任せて良いのですか? 正直、不安でなりません」
「あぁ、そのことか。命の大切さを身を持って学ばせる、いい機会だと思ってな」
「しかし、我々の存続がかかっているのですよね?」
「あぁ、あの話なら、嘘じゃ」
事も無げに言い放たれたその言葉に、イブは、開いた口が塞がらなかった。
――――一方セルゼルノは、未だ混乱のただなかに居た。
「あぁーやっべぇなぁ。もぉうどうしよう。……しゃあない。一旦戻るか」
それは、軽く半日ほど悩んだ末のものとは到底思えないような短絡的結論だった。
立ち上がり、両開きの扉の、中央部を軽く押す。
案の定、一昨日まで固く閉ざされていたそれは、仰々(ぎょうぎょう)しい音を立ててゆっくりと開いた。
扉の向こうには見慣れた赤いカーペットが見える。セルゼルノが、その赤いカーペットに足を踏み入れると同時に背後で扉が閉まり、気付けば彼はその細長いカーペットの半ば辺りで立ち尽くしていた。
どうも、この扉は両の空間の敷居を跨げるほど便利なものではなく、飛び移ることしかできないようだ。その上一方通行で、通過する度に扉が閉まり、すぐには開けない。
仕方なく、セルゼルノは深呼吸で腹をくくり、神王の座る玉座の方へと歩き出した。
例えるなら、地球で言うところの職員室へ、怒られに行く生徒の心情に似ている。というか、ほぼそのままと言って差し支えないだろう。
しかし今日は、どうやら先客がいるようだった。腰まで覆うあの特徴的な薄氷色の髪からして、恐らくイブだろう。一気に気が楽になり、セルゼルノは落としていた速度を少し上げた。
遅れて二人が気配に気付き、視線を寄こしてくる。
「……なんじゃセルゼルノ。まさか、もう根を上げたのではあるまいな」
神王が訝しむような顔で尋ねる。セルゼルノは溢れ出る手汗を袖で拭き取り、緊張した面持ちで答えた。
「――――いえ、そうではないのですが、その、実は……」
いい淀み、セルゼルノは再び手汗を拭う。どうしてか、彼は昔から緊張すると手汗が止まらなくなるのだ。神王曰く、人間らしさを追求したらしいが、まぁ多分失敗したんだろうと本人は思っている。
「なんじゃ?」
「大変申し上げにくいのですが、その、――――地球が、滅亡しました」
「――いや造り直せよ」
「あぁあ、その手があったか」
イブのもっともな突っ込みに、セルゼルノは腑に落ちたとばかりに手を叩く。
「……用は済んだか」
「はい」
微妙な空気が流れ沈黙が降りたが、セルゼルノは気付かぬままそそくさと立ち去った。