パフェノリアン
「……神王様。大変言いづらい事があるのですが……」
「なんじゃテンク。まだ願いを叶えてから一年も経っておらんじゃろう」
「その願いの事なのですが、あの時、どうも入る扉を間違えてしまったようでして……」
「間違えた? とな」
「はい。あと、テゥィンクです。神王様」
「で要するに、何がどうなったのじゃ」
「はい。もっとこう、舌を軽く口の天井に付けてから、弾くようにしてテゥィ……」
「いやそのことではなくて、願いのほうじゃ」
「あぁ、そちらのことですか」
テゥィンクは、言いづらそうに顔をしかめ、気まずそうに目を逸らす。
「それが……あの時、私が開いた扉の前にちょうど重なるようにして世・改へと繋がる扉が開いたようでして。それで、誤って世・改の方に❘」
「して、何が問題なのじゃ?」
長くなりそうだと感じた神王は、テゥィンクの言い訳を遮り、結論だけを問う。
「つまり、世・改に、世界と全く同じような人物がおりまして、誤ってそちらの願いを叶えてしまいました」
「まぁ同じように造ったのじゃから、同じような人間がいておかしくはないな。して、その者の願いはなんじゃ?」
「❘恋愛成就です」
「そうか。ならば、別によいではないか。そこまで大した影響もあるまい」
「いえ、問題は、その相手の方でして……」
「ん? 相手? 世界とは、相手が違うのか?」
「はい。それがその、世・改の方の一目惚れ相手が、セルゼルノでして……」
「セルゼルノ? というと、あのセルゼルノか?」
「はい。間違いございません」
「……セルゼルノにはまだ、気付かれておらぬな?」
「はい。しかしセルゼルノは既に、願った人物に、好意を抱いてしまっているようでして……」
扉の向こうに神殿はなく、真っ白な空間が、どこまでも広がっていた。
「❘遅かったな、セルゼルノ。どうじゃ、災害は収まったか?」
「いいえ、まだです。が、徐々に終息へと向かっております」
「そうか。……驚かんのだな」
「はい。この世界は、どう見てもあの世界とは別物ですので」
「そう。その通りじゃ。ここは三つ目の世界。あるのは無限に広がる空間と、この足場だけじゃがな。それ故一瞬で造ることができ、矛盾のない安定した世界が出来た」
「……初めからこのような世界を作っておけば良かったのでは?」
「それは不可能じゃ。扉の行き先が世界の神殿ではなく、ここに変わっておるのはいわばこの世界を固定するためなのじゃ」
「固定、ですか?」
「そうじゃ。なにせここには何もないからな。造る際には世界と世・改の両の二点で繋ぎ固定する必要がある。じゃがそれは、造る際のみの話。もうその必要はない。これでもう、我らが消える心配はなくなった」
「つまり、世・改はもう、必要ないと言う事ですか?」
「そうじゃ。もう災害を終わらせる必要はなくなった。御主ももう、飽きてきた頃じゃろう?」
「神王様。私はまだ、あの世界には飽きておりません。それに、あの世界の神は私です。どうか私の好きにさせて下さい」
「うむ。そうか。ならば、そうするが良い」
「ありがとうございます。では――――」
セルゼルノはおもむろに立ち上がり、身を翻す。
「❘じゃが、あの世界にはもう、御主の望む者はおらんぞ」
セルゼルノは進めていた歩をぴたりと止め、振り替える。
「存じ上げております。ですが神王様。それでも私は世・改の神として、あの者を――――悦子を守り続けていたいのですよ」
一歩一歩、踏みしめるように歩き出し、振り返らず扉の方へ向かう。
やがて目前にまで差し迫ると、セルゼルノは右手を前方にかざし、扉を開く。
その向こうには未だ、見慣れた景色が広がっていた。
こちらより心地良い風が吹いているのは、きっと、気のせいではないだろう。
セルゼルノは躊躇わず扉の敷居を跨ぎ、世・改へと足を踏み入れる。
たった一人の彼女のために――――
「――――待ってろよ、悦子」