『雨』
空に浮かぶ雲はしだいにその厚みを増していき、やがて自らの質量に耐えきれなくなると、ついには雨となって大地に降り注ぎ始めた。
そんな中、一人の少女が傘もささずに路地裏で頭を抱えてしゃがみ込んでいた。
誰あろう、人ト非である。人ト非は、中年の女を追い払った後、少女の体を手に入れていた。少女の身に纏っていた衣服はも短く薄着で、あまり寒さのしのげるものではなかったが、人ト非は寒さを感じているにも関わらず体が震えることは無い。それが人ト非を悩ませていた。
「何で? 何で何で何で何で何で何で何で何で何で、何で‼ 全部、手に入れたのに‼」
その掠れた甲高い声は、女性特有のものになっていた。
しかしその喉は息を必要とせず、凍るように冷たかった。
手足も動かすことこそできるものの、肌は病的なほどに白く冷たく、脈がない。
しかしそれらの示す意味を、人ト非は知らなかった。
「まだ、まだ何か、足りないのかな。でももう僕に、足りない部分なんてないはずなのに……」
思考に没頭していたせいか、或いは雨音にかき消されたせいか、気付くと人ト非の傍に見知らぬ誰かが立っていた。
「大丈夫?」
誰かは、全く異なる茶色い髪をしていたが、なぜか同じ衣服を身に纏っていた。
そして誰かは、寒さで震える手を、人ト非に差し伸べてきた。
その手に温度を感じ、人ト非は目を見開いた。
「……温かいんだね」
「え? そう?」
「うん。……きっと、僕に足りないのはそれだ」
人ト非はその手を借りて立ち上がり、誰かの顔を正面に見据えた。
「ありがとう」