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パフェイン0%  作者: 全州明
 第三章  『人デナシ』
13/18

襲来


           *


「あ、降ってきた。ついてないなぁー」

 帰り道、恵美たちは降り出した雨に愚痴をこぼし、少し憂鬱そうに空を見上げる。

 しかし悦子だけはぼんやりと明後日の方を向いていた。

「ん? どうしたの悦子?」

 足を止めたまま動こうとしない悦子に、麻奈は首をかしげる。

「……向こうに、誰かいる」

 悦子は、震える手で曲がり角の辺りを指差した。

「え? 気のせいじゃない?」

 恵美は体を傾けて角の向こうを覗き込む。

「雨降ってきたし早く帰ろうよ」

「うん、……そうだね」

 しかし曲がり角の向こうには、確かに誰かが立っていた。正確には、曲がり角を曲がった道の先に。

 それは背が低く小柄で、見たところ、十代半ばくらいの少年だった。長袖のジャージに黒い帽子を深く被り、両手には手袋をしている。

 彼はそこから動こうとせず、悦子たちをじっと見ているような気がした。

「何アイツ。誰か待ってるのかな?」 

 恵美がそう呟いた時だった。

 立ち尽くしていた少年が突如駆けだし、恵美のすぐ横をあっという間に駆け抜けて、曲がり角の向こうへと消えていった。そのあまりの速さに驚き悦子が振り返ると、余程驚いたのか、恵美が濡れた地面にへたりこんで目を見開いたまま固まっていた。

「恵美、大丈夫?」

 悦子が駆け寄ると、落としたカバンを気にもせず、恵美は焦点の定まらない目で、(すが)るように悦子たちを見る。

「違う、違うの……」

 震える声で、うわ言のように呟く。

「どうしたの恵美、カバン濡れちゃうよ?」

 麻奈は悦子の間の抜けた発言を無視し、心配そうに恵美を見つめる。

「……アイツが、私の横を、通り過ぎた時、アイツの手が、あたしの腕に当たって……そしたら、急に右肩が軽くなって、それで……」

「肩? 肩がどうかしたの?」

 悦子が正面に回り込み、恵美のブレザーの右袖をつかむと、頼りなく折れ曲がった。それは、そこにあるべきはずのものがなくなっていることを意味していた。

「嘘……こんなの嘘よ。ありえない……」

 悦子は、恵美が怯えている理由に気がつき、頭の中が真っ白になった。

 そうしている間にも血がとめどなく噴き出し、恵美の制服が見る見る赤く染まっていく。

「悦子までどうしたの? 真っ青だよ?」

 どうやら麻奈は位置的に見えておらず、まだ気がついていないらしい。

 だがそれも時間の問題だろう。自分まで混乱している暇はなさそうだ。

 悦子は頭を振って、必死に気を落ち着かせる。

「ちょっと救急車呼んでて」

 それだけ言うと、悦子は返事も聞かず駆け出した。

 少年の消えた曲がり角を曲がると、すぐに追いつくことができた。

 少年は、そこで待ち伏せをしていたのだ。

 その背後にはランニング用のタンクトップを着た見知らぬ男が横たわっていた。

「遅かったね」

 〝それ〟は、確かに人の姿をしていた。しかしその声は、様々な声が入り混じり、この世のものとは思えない不気味な声色をしていた。

「アンタ、何者なの? 本当に人間?」

「見ればわかるだろ? 僕は人間じゃない。でもそれも、今日限りだ」

「何、言ってるの?」

 悦子は困惑した。確かにこの少年は、とても人間とは思えない。

 しかしそうだというのなら、一体なんだというのだろうか。

「あと一つ、あと、一つだけなんだ。それさえ手に入れば僕は、人間になれる」

 少年は、両の手袋を脱ぎ捨て、その手をさらけ出した。

「ほら、見てよ」

 少年は、右腕を見せつけるようにして突き出す。

 色白で細く丸みを帯びたその右腕はまるで、女性のもののようだった。

「まさか、その右腕は……」

「そうだよ。これは僕のじゃない。今更気付いたの? でも僕にはまだ、左腕が足りないんだ。

それをあの人に貰えば僕は、人間になれる」

 少年は、後ろに倒れこむ男を指差す。

「貰うって、そんなこと、できるわけ……」

「できるよ。今までだってそうしてきた。足りないものは、みんな手に入れてきたんだ。この腕で。

 君だって見ただろう? 僕が、あの子の右腕を奪うところを」

 少年は倒れこむ男に歩み寄ると、しゃがみ込んで男の左手を、その真っ黒な左手で握った。

 その瞬間、男の手が消えたかと思えば、いつの間にか、少年の左肩からやけに大きい日焼けをした手がぶら下がっていた。

 その腕が、男のもとへ戻ることは、もうないだろう。

 もう、取り返しはつかない。

 少年はおもむろに立ち上がると、悦子の方に向き直り、歩み寄ってくる。

「あ、あ……」

 悦子は必死に声を上げようとするが、乾いた空気が出るのみで、舌は喋り方を忘れたように空回りする。膝はがくがくと振るえだし、まるで言うことを聞かない。

 絶望感とともに涙が込み上げて来たその時、少年が突然足を止め、生えたばかりの左腕で自身の胸倉を掴み、(うめ)きだした。呼吸が乱れ、目も虚ろになっている。

「なんだよ、これ……」

 少年は前屈(かが)みになって頭を抱え、(なお)(うめ)く。

 悦子は途端に足の力が抜けて、濡れたコンクリートの上にへたり込む。

「……痛ぃ。痛い…よ。体中が、痛い。こんな、こんなこと、今まで、なかったのに……

 なんで? どぅして? 僕は、人間になれた、はず……なのに」

「どうしてそこまでして人間になろうとするの?」

「だって………だって人間になれば、誰かと一緒に、遊ぶことだって、誰……と、一緒に、笑ぅことだって、誰かと一緒に、恋をすることだって、できる、じゃ、ない、か――――」

 最後の力を振り絞って出たその声は、空の涙にかき消され、少年は、力なく倒れ込んだ。


           *


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