『曇』
病的に白い肌に触れると、ひんやりと冷たい。息をしておらず、揺さぶってもまるで反応を示さない。そして窪みの上に横たわる少女の横顔は、半分程水に浸かっていた。
しかし〝死〟を知らないその者は、少女が無抵抗である理由に気がつくことはない。
「決メた。今日カラ、こいツに成ル」
立ち上がり、全身を改めてまじまじと見つめると、やがてその者は満足したように何度も頷き真っ黒な手を伸ばす。それが少女の湿った頬に触れようとしたその時、横から声が掛かった。
「誰よアンタ。その子に何してるの?」
声のした方に振り返ると、路地裏の先に、訝しんだ表情で立つ中年の女がいた。
女はその者が暗がりにいるために、あらぬ勘違いをしているようだった。
それを知ってか知らずかその者は明るみに出て、自らの姿を露わにする。空にはいつの間にか雲がかかり光が遮られていたが、女がその勘違いに気付くには十分だった。
「あぁ、アンタ……何、なの……」
先程の気迫は青空とともに失せ、女の顔は恐怖に染まっていた。あまりのことに腰を抜かしたのか、女は尻もちをついたまま後退る。その者が問いに答えるまでもなく、女は、ようやく気がついたらしかった。その者の、その正体に。
「我、人ト非なルモのナり」
人の形をしたそのどす黒い塊は、しかし、人の姿をしていなかった。
がくがくと震えながら、それでも何とか立ち上がると、女は恐れ戦き無我夢中で逃げだした。
人ト非はそれを静かに見届けると、暗がりへと身を潜めた。