見え始める影
二章最終話です。
*
「――――ちょっと太ったかも」
言って、悦子は照れ臭そうに腹に手を添える。
「……」
そして、しばしの沈黙が訪れる。
「いや、あの、……そういうんじゃなくて、もっと深刻な奴」
「私にとっては結構深刻なんだけど」
「知らねぇよ」
「あん? なんか言った?」
「いや別に」
「それで、なんだっけ」
「だーかーらぁ、なんか広範囲で深刻な問題は起きてませんかっつってんの」
にわかに面倒臭くなり、セルゼルノはだるそうに腰を曲げる。
「うーん。なんかあったかなぁ」
考え込むように小首を傾げると、耳にかけていた髪がさらさらと流れた。そんな些細な仕草にも、不思議と目を惹かれてしまう。
「そう言えばなんか不審者が出るらしいよ……」
悦子が意味ありげな視線を送るも、セルゼルノはその真意に気付かず見つめ返す。だが目が合うと、悦子はすぐに視線を逸らしてしまった。
「あ、もう帰らなきゃ」
左手首に巻いた小さな腕時計を見ると悦子は慌てだし、鞄を背負い直した。
「そうか。じゃあな」
セルゼルノが軽く手を振ったのを無視し、悦子は背を向けてそそくさと去って行く。
その後ろ姿が見えなくなったのを見計らい、セルゼルノは、右手を天高く突き上げ、強く念じながら呟いた。
「我もとに戻れ」
すると四方から夜の闇よりも濃い霧のようなものが迫ってきたかと思えば、セルゼルノの手の中へと吸い込まれていった。
「……やっぱりか」
わずかならがらだが、分身たちがセルゼルノのもとへと戻ってきたのだ。しかしそのうちの何体かは十分な近さだと言うのに重く、引き寄せることができなかった。しかし力の一部を与えただけの分身たちに体重など無いはずである。
ならばその〝重さ〟の正体は、後から手に入れた物に違いなかった。