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炎に消えゆく

 十年前――


 あのホテルは、防火環境が劣悪の極みにあったそうだ。

 まず、火災報知器は感知機が故障していて、火災発生初期に警報が鳴らず、火災を拡大させてしまった。更に建物には違法な増改築が繰り返されており、通路は複雑化し、不燃性が徹底されず、場所によっては耐火壁も取り払われていた。極めつけは、非常階段にまで物を置くなどしていたことで、防火扉が閉まり切らず、非常階段の多くが使いものにならなかったのだ。

 それら悪条件が積み重なり、合宿の参加者達は屋上への避難を余儀なくされたのだが――その結果は全滅。

 原因は、屋上への扉が固く開かなかったこと。

 奇しくも僕らの前に立ちはだかった障害と同じわけだ。


 そして今、そのホテルが赤々と燃えていた。

 窓という窓から炎と火の粉が吹き上がり、黒々とした煙は尽きることなく立ち昇る。


「まるで地獄絵図ね」


 ぐったりと地面に座り込んだまま、呟く彼女。僕は何も言わず、呆けたようにその光景を眺め続ける。

 やがて、空が白み周囲が明るくなってくると、それらの光景はぼんやりとしてきて、遂には空気に溶けるようにすっかり見えなくなってしまった。

 ――終わった。

 ホテルと共に消えた彼らを思うと、僕は哀しくてしかたがない。


 あの時、僕は班長の協力で非常階段のドアを開けることができた。

 当初こそ、時間の無駄だと嫌がっていた彼だったが、試しに二人で押してみたら案外あっさりと開き、そして、期待通りその階段には火も煙もきていなかったのだ。

 けれど、班長はこのルートの存在をみんなに伝えてくると、上階へ走って行ってしまった。それで、僕は彼女を背負って階段を下り、ホテルから脱出したのだった。

 結局、いくら待っても彼らが降りてくることはなかったが。

  

「なぜなら、それが地縛霊というものだから」


 当然のように彼女は言った。 


「彼らは既に確定してしまった存在で、未来さきというものがない。あの合宿で、彼らは火災によって非業の死を迎えると定められているの。その筋書きは、闖入者のちょっとした介入で変えられるようなものではないわ」


 まったくひどい話だ。

 堂々巡りの悲劇を、ひたすら繰り返すしかないなんて。 


「いい加減、建物を取り壊せばいいのだけれどね。田舎町の曰く付き建物跡なんて、再生する価値も無いって、ずっと放置されているのよ」 


 ちなみに、彼女の正体はいわゆる霊感少女というやつだ。

 こうした心霊スポットをいくつか管理しているらしく、特にこの廃墟は悲劇の起きた時期になると極めて危険になるとかで、憑りつかれる人が出ないように、毎年チェックしていたのだとか。


 事態の詳細は次の通り。

 廃墟のチェックに訪れた彼女が、僕という間抜けがかなり危険な状態にいるのを発見。どうにか助けようとしたのだが、亡霊達は常に集団行動をしているので、接触するタイミングが難しく、しばらく様子見を続けるしかなかった。

 そこで彼女が用いたのが隠形おんぎょうという術だ。

 これは亡霊にだけ認識されなくなるという便利なもので、ミイラ取りがミイラになるのを避ける為に使っていたらしい。とても便利だけれど、声を出すと術が解けてしまうという欠点もある。これが、彼女が僕にだけ見えていた理由というわけだ。

 さて、こうして彼女は僕を監視し続けていたわけだけれど、なかなか絶好機というのは無かったらしい。ところが、過去をなぞるという現象の性質上、僕を助けられるのは火災の訪れまでというタイムリミットがあったし、実はそれ以外にも危険なポイントは幾つかあった。

 まず単純に、飢えと渇きで倒れてしまったりとか、大怪我をしてしまうといったことだ。いずれも彼女が陰ながら支えてくれていたらしいが、残念ながら僕の意識にはほとんど残っていない。

 だが、それとは別格で危険なものもあった。

 それは、亡霊達に仲間入りを認められるということだ。特に、縁結びに基づく儀式というのがまずいそうで、あの時、石を積んでしまっていたら、火災の日を待たずして憑り殺されていたかもしれない。だからこそ、彼女はあの石を破棄してしまったのだが。

 そんなわけで、色々とややこしい事態にはなっていたけれど、彼女に言わせれば、亡霊達そのものは特に危険性はなくて、むしろ僕の存在に違和感を感じて、仲間に入れないようにしていたのではないか、ということだ。


「でも、これだけの面倒が起きた以上、いい加減どうにかするわ」


 そして二週間後。

 僕は彼女に呼び出され、再び廃ホテルに来ることになった。

 できれば、もう来たくはなかったのだけれど、亡霊達と深く繋がっていたということで、儀式にいて欲しいんだとか。助けられた恩もあるのでむげにもできず、仕方なくやってきたってわけだ。

 廃墟前の広場に着くと、まず目についたのは丸太の木組みだった。


「これって、まさかキャンプファイヤー?」

「そうよ」  


 答える彼女ときたら、麦わら帽子に白いワンピース姿で、まさに高原のお嬢様だ。いそうでいないというか、ものすごくレアなものを見た気がして、正直これだけで来る価値があったんじゃないかな。

 それから、彼女やその知り合いだという大人達とおしゃべりしつつ、日没を待つ。

 

 そして、点火が行われた。

 まだ穏やかな火を、みんな輪になって見守る。高揚感と、しめやかさを伴う、とても不思議な儀式だ。


「やはり、合宿の締めにはキャンプファイヤーが一番よ。それに、お盆の送り火にもなるし」


 元々、キャンプファイヤーの起源は非常に呪術的なものらしく、慰霊の儀式に用いるには最適なんだとか。ともあれ、火事で焼死するまでの日々を繰り返すしかない哀れな亡霊達が、ずっと見ることのできなかった未来さきを見ることになるのだ。

 どうか解放されてくれ、と心の底から願う。


 やがて――炎が勢いを増した。

 無数の火の粉が飛び出すと、天高く舞い上がり夜の闇へと消えていく。

 終わらなかった夏合宿が、いよいよフィナーレを迎えつつあるようだ。

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