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行きはよいよい帰りは怖い

 間もなく駆けつけた班員達は、土埃まみれで呆然自失している僕を見て目を丸くした。


「大丈夫? 怪我はないかい?」 


 心配そうに声をかけてきたのは班長だ。


「ああ――うん」


 曖昧に返事をすると、彼は安堵のため息を漏らした。


「そうか、よかった」


 それから急に真剣な表情になると、


「まったく心配させないでくれよ。君がどこかに行っちゃうから、帰り道ずっと探していたんだぞ」

「……わざわざごめん。道を間違えたんだ」

「やっぱりね。せめて提灯を持っていてくれていれば、すぐに追いかけられたのに……どうして捨てたりしたんだ?」

「それは――」


 確かに提灯の明かりは心もとないけれど、持っていればそれだけで自分の居場所を周知させることができる。女神の社へと向かう僕たちに、道を間違えていると注意することも、後を追ってくることだってできただろう。

 奥社で会ってすぐ、彼女が処分してしまわなければ。


「それで迷った挙句にその有様か。何が気に入らなかったのか知らないけど、勝手なことをするからそんなことになるんだぞ!」

「……ごめん」


 班員の女の子も呆れたように言う。


「もうホント、信じらんないよね!」


 まるで針のムシロだ。

 けれど、これも自業自得か。奥社から一緒に帰るって約束になっていたのに、抜け駆けして女の子と帰ってしまったのだから。


「大体さっきの悲鳴は何よ? 例のアレでも出たっての?」


 明らかに小馬鹿にされているわけだけど、何となく気になって確認する。


「例のアレって……何?」

「だから、肝試しのキモってやつ。帰り道に一人だと、見知らぬ誰かがついて来るって言われたでしょ! そういう曰くがあるから、みんな一緒に帰ってやろうって待ってたのにさ。さっさと一人で帰っちゃうとか、ホントありえないから!」 


 いや、ちょっと待って欲しい。


「僕が一人で帰っただって?」


 怪訝な顔をする班員達に、僕は当時の状況を説明する。

 肝試しが始まる前に彼女に、奥社で待っているというメモを渡されたこと。奥社に着いたら着いたで、彼女に提灯を消されて強引に連れ出されたことなどを。


「君達も見ただろ? あの時、僕と彼女の二人で君らの前を走り抜けたんだから!」


 けれど、班長は静かに首を振り、


「君は確かに一人だったよ。他に誰もいなかった」


 それから強張った表情でこう続けたのだ。


「でも確かにあの時、彼女がどうとか言ってたね……」

「そんな……馬鹿な」


 ざわざわと背筋から、悪寒が湧き上がってくる。

 つまり、僕の他に誰も彼女を見ていないってことか? しかも、その正体は一人で帰るとついてくる何かだって?

 いや、そんなはずはない。だって彼女は――


「彼女は合宿の参加者だよ。みんなも知っているだろう?」

「なんて名前なの?」

「……知らない」


 ああ、なんてこった。そういえば名前を教えてもらっていなかった。

 でも、あれだけ印象に残る子だ。特徴を告げれば分かってもらえるだろう。髪が長くて、肌の色が白くて、少しきつめの和風美人で――ひたすら列挙したものの、反応は芳しくなかった。


「そんな子いたっけ?」「知らない」「見てない」


 こんな、こんなはずはない。

 これじゃ、まるで彼女が存在しなかったみたいじゃないか。


「そうだ、あのメモがある!」


 あれこそ彼女の実在を示す物証だ。

 慌ててポケットをまさぐるが、


「無い!?」


 そうか。

 あれは石と一緒にポケットに入れてあったんだ。なら、石を失くした時に一緒に……。

 そういえば、あの石だって人数分用意してあるはずなのに、彼女は自分の分は無かったと言っていたよな……。

 ああ……これはいよいよやばい。

 頭を大きく左右に振る。

 早く何か彼女が実在したという証拠を探さないと。そうだ――


「ほら! 僕の手首には彼女に握り締められた跡が残ってるぞ。これこそ、彼女がいたって証拠じゃないか」


 そう言って、手首に残った赤い跡を見せつけるけれど、みんな居心地が悪そうに顔を見合わせるばかりだった。

 落ち着いて考えてみれば、この反応は当然だ。

 だって、こんなのいくらでも自作自演ができてしまう。完全に虚言癖か妄想癖のある痛い奴としか思えないよな。


「でも、いたんだ! 確かに彼女はいたんだよ!」 


 やっきになって主張していると、班長がそっと僕の肩に手を置いた。


「落ち着いて」


 その表情はとても申し訳なさそうなものだった。


「ごめんよ……辛かったね。きっと僕らが悪かったんだ」


 それから彼は、僕の体験について合理的な説明をつけてくれた。

 人は極度のストレスに晒されると、やがて精神に変調をきたすようになるという。幻聴や幻覚といった、ありえないものを現実と信じて疑わなくなるのだ。

 何日もの間、合宿で孤立していた僕は、おそらくそんな危険な精神状態に片足を突っ込んでいたのだろう。だから孤独な自分に注目し、支えてくれる誰かを幻視してしまったというわけだ。

 それが時折現れた、あの彼女だ。なぜ美少女だったのかといえば、思春期の少年は強く異性を求めるものだし、外見などについては単に理想像なんだろう。

 さて、そんな精神状態で今夜の肝試しを迎えたことで、僕のストレスがピークに達したことは想像に難くない。極度に不安を煽る環境下、『男女の縁結び』『一人で帰ると誰かがついてくる』といった肝試しの設定が影響した結果、僕は今までになくリアルな幻視幻聴を見聞きすることになり――おかげで、自傷行為も含めた一人芝居まで始めてしまったというわけだ。


「そんな目に遭わせてしまって、本当にすまないと思う。どうして、もっと早く君を受け入れてやれなかったのか……」


 話が終わると、班員一同は意気消沈してしまっていた。


「ごめんなさい」


 女の子の班員が、しおらしく頭を下げた。

 続いて皆我先に、「ごめん」「悪かった」と謝罪の言葉を口にする。

 だから、僕も状況に相応しく振舞おうと思った。


「もういいよ。うまく打ち解けられなかったのは、僕も悪かったんだ」


 これで、万事が解決だ。

 班長がにっこり笑い、僕の背中を軽く叩く。


「じゃ、部屋に戻ろうか。残りの日々を、みんなで仲良く過ごそうじゃないか!」


 その晩は、今までとうって変わって楽しいものになった。

 みんな気さくに話しかけてくれるようになっていたし、寝る前にはカードゲームで遊び、罰ゲームをし、締めには派手な枕投げだってした。きっと、そうやって陽気に騒いでいれば、もうおかしなものを見ることも無いだろう、とみんな思っていたんだろう。だから、くたくたになるまではしゃいではしゃいではしゃぎまくったのだ。

 そんなわけで、眠りに就くのはあっという間のことだった。

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