至るべき星へ向かって(5)
午後も遅い時間。昼食を摂りに訪れた客達の足も遠ざかり、店内は閑散としていた。
ここは、『ESPエンジン』のパイロットである茉莉香の母──橘由梨香が努める洋食店である。
転職するにあたって、彼女も色々と思うところがあったにはあったのだが、結局は前の職場と同様の飲食店を選んでしまっていた。
船の幹部やブリッジ要員が住まうこの居住区には、他の街区と同様に実生活を支えるマーケットや洋装店、日用雑貨店、医療施設や薬局、保養施設などが設けられている。
一般居住区との違いは、船内の秩序を管理するための部局──いわゆる行政を司る的な部門の本局や、マスコミなどの情報関連企業の支店などが集中しているところだ。教育機関もあるが、総じて偏差値は高い。親の勤め先がそうなのだから、その子弟のレベルも高くなる傾向があるのだ。
そんな所では、事務一般職などでは、由梨香の持つ資格や職能レベルでは新入社員にも太刀打ち出来ようもない。そのため、自然と経験のある飲食店を選ぶことになったのだ。
「橘さーん、お客もまばらになってきたし、一旦あがってまかないでも食べて下さーい」
厨房の奥から、店長の声が聞こえた。
「はぁーい。お疲れ様です」
汚れた食器を片付け、テーブルを拭いていた由梨香は、そう返事をすると、思わず「ふぅ」と息を吐いた。
「橘さん、お疲れ様です」
同じようにテーブルを片付けていた女性店員が、声をかけてきた。
「お疲れ様です」
二十代だと思しき彼女の名前は……、確か、マツオカ? ナツコ……夏子? だったろうか。
その名前の通り、夏の陽光のような元気で明るい女性だ。彼女は、老若の男性に人気のある『看板娘』だった。
とは言うものの、歳頃の娘を持っているとは言え、由梨香も未だまだ円熟期の女性である。隣家の女性から薦められたように、再婚を考えない訳ではない。だが……、
「そうね、今はそんな事を考えている時じゃないわね」
そう呟いて左手の薬指を見つめた彼女の脳裏に浮かんだのは、娘の顔だけではなかった。もっと大きく、はっきりと、鮮明に思い出されるその顔は……。
「橘さーん? 冷めちゃうよー」
もう一度、店長の声が聞こえた。
「すいませーん、今行きまーす」
どのくらいの時間、そうやってボンヤリしていたのであろう? 由梨香は気を取り直すと、店の奥へと向かった。
「ああ、来たきた。どうかした? 今日は出前の注文も多かったから、疲れたのかな? 片親で子育ても、大変だよねぇ」
中年から老年の端境期と見える男性は、背の高いコック帽を被っている。今はコンロにかけている寸胴を、しゃもじでかき回しているところだった。ふと彼の隣に目を向けると、洗い場には未だ汚れた食器が残っている。
「あの、店長。今のうちに、洗い物をしておきましょうか?」
由梨香は気を遣ったつもりだったが、
「おいおい、ちゃんとキッチリ休憩時間を取ってくれよ。でないと、アタシが労務課に怒られちまう。……なんてな。お昼が遅くなってしまったね。冷めないうちに食べとくれ。それと、……後で感想を聞かせておくれよ。それ、新メニューの候補だから」
と、店長は、未だ湯気の昇る皿を由梨香に勧めてくれた。
娘の茉莉香の都合で引っ越しをし、知人の居ないこの街区で母娘二人きりで暮らすことになった彼女を気遣っての事だろう。
「では、休憩に入らせてもらいます」
そう言って由梨香は、制服のスカートの裾を掴むと、皺にならないように気をつけながら椅子に腰掛けた。少し両足を出して、両手で椅子を掴んで静かに前に引き寄せる。最後に、身に着けたものを整えると、テーブルの中央に出されたまかないの皿が乗っているトレイを、そっと目の前に引き寄せた。
動かした時の運動で、やや深い皿に満たされた具沢山のスープの液面が波打ち、白い湯気が立ち昇る。その匂いは、彼女の鼻腔を心地よくくすぐった。
「はぁ、良い匂い。美味しそうですね」
由梨香は、眼前の料理の第一印象を語った。
「だろう。自信作だからね。味の方も頼むよ。あーと、橘さんって、前は『やすらぎ』で働いてたんだってね。あそこのオーナーシェフには到底敵わないけど、ちぃっとでも足元に近づけてたら、アタシも嬉しいんだけどね」
店長は鍋の方を向いたまま、背中越しにそう言った。
「いえいえ、店長のお作りになるお料理も美味しいですよ。今日のお客さんも、『美味しい』って喜んでましたし」
由梨香はお世辞ではなく、本心から店長に伝えた。
「そうかなぁ……。まぁ、取り敢えず、食べとくれ。お腹減ってるだろう」
応える言葉の若干のぎこちなさから、少し照れている店長の様子が感じられた。
そんな可愛らしい一面も持つ彼の背中を見て、由梨香はクスリと微笑むと、両手を合わせた。
「それでは……、いただきます」
そう言って、彼女はトレイに置かれているスプーンを取り上げると、件の『自信作』を一匙すくい上げた。そのまま口元まで運ぶと、一口含んでみる。
口中に柔らかいスープの旨味と深い味わいが広がっていく。と同時に、溶け切っていない具の様々な食感が舌の上に転がる。単に、肉や野菜などの食材や調味料を、レシピ通りに切って配合し、加熱・混合しただけでは、料理は完成しない。AIでは再現できないような些細な加熱履歴や、複雑な濃縮過程を経る必要があるのだ。
──だから、全てを機械に置き換える事は出来ない
人間だからこそ成し遂げられる領域、というものが存在する。ギャラクシー77の機械知性体群は、そう認識しているからこそ、人間というハードとソフトの混成体を残している。役割分担が必要なことをそれらは知っているのだ。
そんな船の事情を由梨香が知る由も無かったが、店長の作ったまかないは、自信作と言うだけあって、高い完成度にあった。
「美味しい。……少し変わった食材が入っているようですが……。うん、上手く味の調和が取れていますね。この味に合うのは、……そうね、パンよりもライス」
彼女は一旦スプーンを置くと、小振りの茶碗と箸を取り上げた。上品な指の動きで器用に茶碗に盛られた白いご飯を少し塊にして掴むと、そっと口元に運ぶ。
未だ先程のスープの余韻が残る口の中で、ホロリとご飯粒がほぐれて、程よい食感と味わいを奏で始めた。それは、噛むほどに優しいメロディーを綴り、旨さを引き立てていった。
「やっぱりそうだわ。ご飯によく合う。だけど、このご飯……。そうね、何かの出汁? が少し入っているのかしら。普通に炊いただけじゃありませんね……」
少し小首を傾げて、由梨香はそう独り言ちた。
「でも、美味しい……」
一時は、職業柄、料理の細かい内容を論評していた由梨香だったが、それもいつの間にか、『美味しい』の一言だけになって食事を楽しんでいた。
うんちくを垂れている時よりも、人間、本当は何も考えずに食べる方が味を楽しめるものだ。
そうするうちに、いつしか目の前の皿は空になっていた。
「ああ、美味しかった……。ご馳走さまでした」
由梨香は、箸を置いて再び両手を合わせると、そう言った。さも満足げな笑みがこぼれてしまう。
そして、食後の余韻を楽しんでいると、
「どうだった? 橘さん。えーっと……、そいつの味、どうだったかな?」
彼女が、まかないを食べ終わるのを待っていたように、店主はそう尋ねた。出した時の威勢の良さが薄れて、少し不安げな様子が見て取れる。
「はい。とっても美味しかったですよ。ご馳走さまです」
彼女の満足げな言葉に、店主の顔から不安が一掃された。
「そうかいっ。そうかぁ。……いや、まぁ、自信はあったけれどね。で、……どんな感じだった?」
彼は、バーナーの火を消してこちらを向くと、由梨香の次の言葉を待っていた。
「えーっとですね、……メインの具沢山のスープですけれど、様々な食材が程よく煮詰まって濃厚な味を含んでいました。お野菜とかも、よく火が通っているのに食感が残っていて、食べごたえがあります。そして、何よりも、このライスが絶品です。……普通に炊いただけじゃありませんよね」
彼女には、ご飯に感じられる隠し味が、どうしても分からなかったのだ。
「あ? ライスの方かい。特に、何もしちゃいないが……。さてなぁ? 違いといやぁ、先々代から受け継いできた土鍋で炊いたくらいかな。少し手間がかかるが、炊飯器よりも美味いんでね」
不思議なことに、店主にもライスの味の秘密は分からない様子だった。
「はぁ……。その土鍋って、ライス専用なんですか?」
彼女には、何か確信が有ったのだろうか? そう言って、土鍋についてを店主に尋ねた。
「ん? いつもは、すき焼きとかに使っているくらいで……。それがどうかしたかい?」
その言葉を聴いて、由梨香の目が輝いた。
「すき焼き……。それですね。先々代ということは、何十年もそれで『すき焼き』を作っていたんですよね」
どうも、その土鍋がキーワードのようである。
「ああ。ちょうど、一人分ずつ作るのに手頃な大きさでね……。もう、百年近く使ってるかなぁ。考えてみれば、よく長持ちしてるねぇ」
店主の答えは、彼女の想像通りだったのだろう。
「多分……、いえ、きっと、その土鍋のお陰だと思います。百年もすき焼きを作り続けたので、その土鍋に美味しいすき焼きの旨味が凝縮されて染み付いているんだわ。その旨味が、お米を炊いた時に、ちょうど良い加減で、ご飯に風味をつけるんですよ」
由梨香の出した答えに、
「なる程なぁ。そりゃぁ、アタシも気が付かなかったよ」
と、店主は両腕を胸の前で組んで感心していた。
「このライスの味は、この店の土鍋でしか出せない味です。これには、どの店も敵いません。……でも、主菜のスープは良いのですけれど、付け合せは、もう少し選ぶ余地があるようです。……んー、箸休めに、お新香か何か……。あっ、でも洋食風だから、ピクルスとか……でしょうか? 少し、香りと酸味が強い物が良いと思うのですが。……ごめんなさい、これは、ちょっと試してみないと」
あと一歩、何かが足りない。由梨香は、そんな顔で思案していた。
「ふぅー。さすがは、『やすらぎ』でフロアを任されていただけはあるねぇ。アタシは運が良い。橘さんみたいな、優秀なスタッフを雇えたんだからね」
店主は、掘り出し物を見つけた時のような、半分は喜びの、半分は驚きの、綯い交ぜになったような表情をしていた。
「いやぁ、ホント、助かるわぁ。これからも、よろしくお願いするよ、橘さん」
店長はそう言うと、振り向いてさっきまでやっていた仕込みの続きをしようとした。その時、彼は、ふと何かを思い出したようにテーブルに戻った。そして、そこに置いてあった小さな黒い端末を取り上げると、由梨香から見て右手方向の壁に向けた。
そこには食器や棚は無く、壁面にはスケジュールを書いた表や、キッチンでの注意事項などが箇条書きで書かれたりしていた。
壁に端末が向けられると、それらの文字はブルブルと揺らいで消えた。その代わりに壁面が明滅し、今度は動画が映し出された。その壁は、マルチディスプレイだったのだ。普段は店長の端末と連動して、休日や、店員、バイトのシフト等のスケジュールを表示しているが、一般の家庭に備え付けられている多機能ディスプレイのように、コンテンツや情報を表示するスクリーンにも使えるのだ。
今は、お昼過ぎの報道特集が流れている。
「何も無いと、詰まんないだろ。ニュースでも見ようや」
これくらいの時間帯は、店長はいつもニュース番組に切り替える。じっくりと視る訳では無く、仕事と並行しての、ながら作業だ。
特に最近は、宇宙海賊の襲来や予定外の航路変更などが続いている。基本、自給自足で何年も船内環境を維持できるが、特別な食材は、地球や第七十七太陽系で仕入れなければならない。今回の航海のように、到着予定が大幅に先送りになった場合には、材料の鮮度や保存,消費期限を気にしなくてはならない。毎日のように、鮮度の良い様々な魚介類や野菜が手に入る、惑星上の環境とは違うのだ。
船のメインスタッフでなくとも、航海に関する事は、全て重要な情報なのである。
大画面いっぱいに映し出されているキャスターとコメンテーターのバストアップと共に、下方には速報のテロップが、上端にはSNSのコメントが、時々刻々と流れていた。
由梨香は、それらを眺めながら、目の前のトレイに乗っているガラスコップを手に取った。氷はもう融けてしまっているが、中身は未だ冷たい水だ。彼女は、それをちびちびと飲みながら、画面を見つめていた。
彼等がしばらくそうしていた時、突然にチャイムの音が鳴った。同時に画面内をテロップが走る。
画面左側に座っているキャスターの女性も、何かしらの指示を受けたようだ。遠くを見つめるように目を細めると、一瞬、驚いたような顔を見せた。しかし、そこはプロ。すぐに表情を戻すと、臨時ニュースを読み上げ始めた。
<たった今、臨時ニュースが入ってきました。本船──ギャラクシー77は明日グリニッジ標準時午前十時に発進し、現宙域を離脱するとのことです。もう一度繰り返します。本船は明日グリニッジ標準時午前十時に発進し、現宙域を離脱します>
概要を読み上げるキャスターの顔は、少しばかり緊張しているようにもとれた。
<解説の足立さん。先の宇宙海賊の襲来から、それ程時間も経っていないのに、もう発進とは。これは、どういう事なんでしょうか。軍部との共同記者会見の席では、『この宙域からの離脱の目処は未だたっていない』とのことでしたが……。船の補修や『ESPエンジン』の整備がこの短期間で終わった、ということなのでしょうか>
少し緊張した面持ちで、女性キャスターは隣席の解説者に問いかけた。
すると、画面が切り替わり、男性の解説員のバストアップになった。
<ふぅーむ。……そうですね。先の戦闘では、我々──一般乗組員をシェルターに避難させなければならない程の対策を採っていましたよね。しかも、連邦基準で『絶対の安全』を保証されたシェルター内にまで、大きな振動が伝わってきました。……つまり、それ程、宇宙海賊との戦闘は激しかったということです>
画面下には、『広域宇宙産業研究所 主席研究員 足立満』とのテロップが表示されている。さっきまでは、恒星間貿易と産業統計についての『ひょっとしたらの深堀解説』を放送していたのだ。航海については彼の専門ではないかも知れなかったが、さすがにシンクタンクを代表してマスメディアで解説をしているだけはある。即座に、話題に対応していた。
<はい、仰る通りです。私も、シェルターの中で、揺れを感じました>
相槌を返すキャスターは緊張しているようだが、こちらもよく話を合わせている。
<ギャラクシー77の巨大さを考えに入れますと、真空の宇宙から船を護っている最外装の甲板は、相当のダメージを受けたはずです。そもそも、先回の事は『事故』ではなく『事件』なのです。いわば『テロ行為』そのものなんですよね>
解説の足立氏は、そう言うとテーブルの上に両手の肘を突いて握り合わせ、拳の上に顎を乗せた。
<そうですね。共同記者会見でも、その後の発表でも、船体のダメージは『軽微なもの』としか知らされていませんよね>
応えるキャスターの声に重なるように、『◆当局からの発表事項』と題され、主な項目を箇条書きされたスライドがインポーズされる。
<そうです。具体的な航路日程はおろか、宙域離脱の日時すら知らされませんでしたね……>
解説者は、そこで一呼吸おいた。
<つまり、それだけ深刻な損傷が有った、ということが想像できます>
核心を突いた自信があるのだろう。解説者の声は重々しい。
<しかし、足立さん。我々の日常には、何の変化も感じられませんでしたが……>
実際のスタジオでは、どんなやり取りがなされているのだろうか。乗組員を不安に陥れたり、それによる突発的な暴動が起きないギリギリのラインを探っているのだろう。キャスターは、さも『自分には何も分かりません』という立場で、解説者に質問を投げかけていた。
<それは当然です。船に居住している我々一般乗組員の安全を守る義務が、軍にも船のメインスタッフにもあるのですから。……しかし、この短期間で、再びこの宇宙空間を航行できるまでに船の状態を整えたとは。さすがはエトウ財団の技術スタッフ、ということでしょうか。それと……、伝え聞いたところによると、代替わりしたばかりのパイロットのお嬢さんが大活躍して、『ESPエンジン』を調整していたとのことですが……>
(あ、茉莉香のことだわ)
娘のことが話題に登ったせいで、ボンヤリとしていた由梨香も、臨時ニュースを知らせる画面に見入っていた。
「へぇ、そのパイロットって、橘さんとこの娘さんだろ。まだ若いってのに、凄いねぇ」
店長も、一時、作業の手を止めてニュースの画面を凝視していた。
「え? はぁ……。娘の仕事については、よく知らされていないんですよ。『機密だから』とか『守秘義務があるから』とか。未だまだ未熟なところがあるのに、もう一人前になったつもりで……。困ったものですわ」
由梨香は、半分本当、半分は謙遜でそう応えた。
「いやいや。娘さんは頑張ってると思うぜ。きっと、お母さんを心配させたくなくて、気遣ってるんだよ」
店長の言葉は優しかった。
「そうでしょうか」
そう答える由梨香は、母親の顔に戻っていた。それに応じて、店長は仕込みの手を止めて、こちらを向いた。
「子供ってのは、うかうかしてると、すぐに親の前から飛び立っちまう。親の気も知らないでね……」
そう言う店長の顔は、少し憂いを伴っているかのように見えた。
独り者だとは聞いていたのだが……。もしかすると、過去に何かしらがあったのかも知れない。
しかし、知り合って間もない上司のプライベートを気軽に聞けるほど、由梨香も不躾ではない。
今は……。
「橘さんの娘さんのお陰で、アタシ等ぁ、今、こんなところで呑気に飯を作って、商売してられるんだ。家に戻ってきてる時くらいは、大目に見て甘えさせてやんな」
と言う店長の言葉に、
「そうですね……。ありがとうございます」
と、礼を言うのがせいぜいの事だった。
「しっかし、船の発進が明日の朝かぁ。それで、今日は出前が多かったんだな。こりゃ、ちぃっとばかし残業を頼まにゃいかんかな」
店長はそう言うと、由梨香の顔を見て、ニッと笑った。
「きっと運行スタッフは、準備で走り回ってるぞ。情報を欲しがってるマスコミも、上を下への大騒ぎだ。こういう時こそ稼ぎ時なんだよ。夕飯、弁当、夜食、それから明日のモーニング。これから忙しくなっからな。……橘さん、ちぃっと悪いが、早目に休憩を切り上げてもらっていいかい? さっそく仕込みに取り掛からないとねぇ」
商魂のたくましい店長は、この機会を逃す気はなかった。
「はい。では、洗い物を片付けますね」
由梨香は、まかないのトレイを持ってテーブルから立ち上がると、シンクへ向かった。
「済まないねぇ。……おーい、夏っちゃん。アタシはこれから買い出しに出るから、橘さんと店番頼むわぁ」
店長が大声でフロアへ声をかけると、
「はぁーい。分かりましたー」
と、若々しい声で返事があった。
これから忙しくなる。
由梨香にも、やりがいのある日常が訪れようとしていた。




