ESPエンジンの子供達(6)
ダラダラダラダラダラダラダラダラ……。
これは、茉莉香の全身から脂汗が吹き出る擬音だ。
「マリカ、ホントのこと、教えて。どうして、ボクが話してないのに、マリカが子供達の事、知ってる? シャルの事、何にも言っていないのに、なんで女の子だって知ってるの?」
そう言うコーンの目は、驚愕に見開かれていた。
「ボク、マリカなら、あの子達の事、救ってくれると信じてた。それなのに……、それなのに、マリカ、子供達に超能力を持たせて、ナニさせようとしてる!」
お膳の上に両手を突いて半分立ち上がったコーンは、次々に茉莉香に疑問をぶつけていた。
──これ以上は隠せない
なし崩しではあったが、彼女は覚悟を決める事にした。
(これ以上、コーンに隠しておく事は出来ないわ。こうなったら、コーンを抹殺する……訳にもいかないから、話しちゃうかぁ。ゴメンね、AI達。自分で蒔いた種は、自分で刈り取るよ)
茉莉香はコーンに向き直ると、真面目な顔をした。
「コーン、黙っててゴメン。コーンに隠してた事があるんだ」
覚悟を決めて話す。そう思った筈だったが、いざ、口を開くと、その内容の重さで躊躇してしまう。茉莉香は、我知らず奥歯を噛み締めていた。
しかし、それがコーンには真剣な顔に見えたのだろう。
彼は、黙ったまま首を縦に振った。
「コーン。これから話す事は、誰にも言っちゃいけない事なの。船──『ESPエンジン』にとっても、あの子供達にとっても大事な事。……そして、もしかしたら、あたし達、超能力者にとっても。だから、約束して。絶対に誰にも話さないって。お願い」
茉莉香は、いつもの彼女からは考えられないくらい、真剣な顔をしていた。話す声は震えていたと思う。
「…………」
それに何を感じたのだろうか。コーンも神妙な顔で、座布団の上に座り直した。
「あ、あのね、あの子達の事は、船長さんも、機関長さん達も、知らない事なの。勿論、軍隊の偉い人達にも秘密。と言うより、絶対に知られちゃ駄目な事。だから、絶対に秘密を守ってね。じゃないと……、あの子達に危険が及んじゃうから」
その言葉に、コーンも真剣な顔で頷いた。
「じゃぁ、聞いてね。どこから話そうか……」
そうして、茉莉香が話し始めたのは、『ESPエンジン』と超能力者の関係の事からだった。
この超巨大移民宇宙船ギャラクシー77を動かしている『ESPエンジン』──それは、船の中核にして、遥かな距離を『ジャンプ』によって光の速度を超えて移動する為の特殊な推進機だ。
しかし、それ程重要な機関でありながら、その発明から百二十年余りを経た現在でも、『ESPエンジン』は僅かに八機しか製造されていない。
その理由は、『ESPエンジン』の中枢部に、強力な瞬間移動能力を持つ超能力者の脳神経が組み込まれているからだ。超光速航法『ジャンプ』とは、実のところ超能力による瞬間移動に他ならないのだ。
超巨大で大質量の構造体であるギャラクシー77を、船ごと何百光年もの距離を瞬間移動させられるほどの超能力をもつ者は、当然ながら滅多に生まれてくる筈が無い。新しい『ESPエンジン』を製造しようにも、肝心の中枢部品が見つからないのだ。
しかし、よく考えてみよう。
どうして、彼等──八人の超能力者は、自らの脳髄を摘出させ、『ESPエンジン』になる事を了承したのだろうか?
──滅びを迎えようとした人類を救済するため?
──多くの人々を救うという使命感から?
いやいや、決してそんな事では無い。
彼等は、おびき寄せられ、罠にかけられ、囚われの身となり、卑怯で非合法な方法で無理やり脳神経を取り出された。そして、自らの意志とは関係なく『ESPエンジン』に組み込まれたのだ。しかも、薬物と電気刺激で自我を奪われ、パイロットの命ずるままに『ジャンプ』=『瞬間移動』を行うだけの『物言わぬ生体部品』にされて仕舞ったのだ。
確かに、人類は溢れる余剰人口を送り込むための新天地を必要としていた。そのためには、光速を超えて大遠距離を跳躍する『ESPエンジン』は、なんとしても完成させる必要があった。
しかし、だからと言って、超能力者だからと言って、人間の脳神経を取り出して自我を奪う無法が許されて良いのだろうか! いや、許される筈が無い。
だからこそ、開発者のエトウ博士は全てを極秘とし、『ESPエンジン』の技術を『財団』の完全管理下に於いてのみ開発する事にしたのだ。
だが、今になって『ESPエンジン』とされていった超能力者の怨念が襲いかかって来たのだ。
──宇宙海賊シャーロット
小惑星を改造した武装海賊船を駆る無頼の徒。そして、巨大な海賊船をも瞬間移動させる事が出来る稀代の超能力者。大勢の超能力者を率いて、『ESPエンジン』の真実を秘匿する『エトウ財団』と『軍』に真っ向から歯向かったのは、シャーロットが初めてだった。
しかも、宇宙海賊は、ギャラクシー77が搭載する『ESPエンジン』に組み込まれた生体脳の血を引く、生粋の瞬間移動能力者だった。
シャーロットがギャラクシー77を執拗に襲ったのは、ただ単に復讐をするためだけでは無かった。ギャラクシー77の『ESPエンジン』を──いや、自分の先祖の生体脳を取り戻し、その戒めを解くためであったのだ。
──先に酷い事をしたのは人類の方だったのだ
太陽系の外に飛び出して以来百二十年近い年月を経た。その間、人類は本格的な宇宙戦闘を経験した事が無かった。
星間イオンプラズマの飛び交う過酷な環境の中、様々な超能力で襲ってくるシャーロットの一味を相手に戦う為、ギャラクシー77と軍は、極秘裏に開発中であった『ESPエンジン対応兵器』──『対E戦特殊兵装』を投入した。
・ESP波を遮断し、透視や瞬間移動をも不能にする『ESPシャッター』
・甲板上の兵器に無尽蔵にパワーを供給し続ける『エネルギー伝導装甲システム』
・ダークマターから生成される疑似物質弾とそれを無制限に打ち出す速射砲
・念動場で弾頭をコーティングし、サイコバリアを突き抜ける『ESPフィールド貫通弾』
・膨大なESP波でシャーロット級のサイコバリアーさえ物ともせずに破壊をもたらす『サイコプラズマ砲』
これら、新開発の対E兵器を前に、宇宙海賊シャーロットの海賊船は大ダメージを受け、彼等は自らの超能力で決着をつけようと、生身でこのギャラクシー77に突入してきたのだ。
「ふぅ……」
茉莉香は、ギャラクシー77の立場を分かってもらう為に、このような事をかいつまんでコーンに説明した。
「中にはコーンも知ってる事もあったかも知れないけれど、これが今回の戦闘の背景なんだ。分かったかな」
「…………」
コーンは黙ったまま、コクリと頷いた。
「宇宙海賊達は、『ESPエンジン』の中に居る『彼』の子孫──子供達なんだ。本当は、あたしも、『彼』も、繋がっている電子知性体達も、シャーロットとは戦いたくなかったんだよ。でも、このまま船内で軍に迎え撃たれたら、彼等は全滅しちゃう。それだけじゃ……、それだけじゃ無くって……、シャーロットも脳神経を摘出されて『ESPエンジン』の部品にされちゃうの。そんなの、酷いよね。いくら大勢の人達の為だって言っても、そんな事しちゃいけないよ。こ、これ以上、超能力者を自分達の都合で『ESPエンジン』にするのは、悲しい事だよ。やっちゃ駄目な事だよ。だから……」
そこまで言って、茉莉香は言葉に詰まった。
「……だから?」
コーンは、俯く茉莉香に声を掛けた。
少女は、片手で目元を拭うと、再び口を開いた。
「だから……、あたし達は、シャーロット達が死んだ事にして、逃がそうと思ったの」
そう言う茉莉香の眼は、未だ涙で濡れていた。
「ニガス? え? どうやって? こんな宇宙の真ん中に、逃がすところなんて……あっ」
その時、コーンは何かに気が付いたようだった。彼は、眼をまんまるにして、目の前の幼いパイロットを凝視していた。
「そうだよ、コーン。あたしと『彼』は、ギャラクシー77の移民街区に、シャーロット達を匿う事にしたんだ。でも、今の姿のままじゃ、どうやったって軍隊や保安部の人達に見つかっちゃう。だから、あたし達は軍や乗組員の皆を相手に、お芝居をして見せることにしたの」
そう言ってから茉莉香の話した事は、こういう事だった。
まず、シャーロット達をわざと船内に引き入れる。
そして、ESPシャッターを利用して、海賊達を操船室に誘導する。勿論、軍の対E特殊部隊とは出会わないように、ブリッジのモニターにもフェイク情報を流した。
軍も船長達も、まさか味方の筈の茉莉香と『ESPエンジン』が、AI群と示し合わせて偽情報を与えているとは夢にも思わなかっただろう。フェイクだと気が付いても、それを仕掛けたのは侵入してきた宇宙海賊だ。そう思うに違いない。
上手く準備が整ったら、操船室のカメラを復帰させる。シャーロット達が、操船室で茉莉香と対峙しているところを見せる為だ。
シャーロットの説得にはテレパシーを使うが、念の為に、音声はカットする。機器が不調なのは、海賊がハッキングした為だと思っているから、不審には思われないだろう。
その上で、シャーロット達には『ESPエンジン』の想いを伝え、その超能力で代謝制御を行い、シャーロット達を幼い子供の姿に生まれ変わらせたのだ。『ESPエンジン』の中の『彼』は、シャーロット達が恨みと憎しみを抱いたまま、これからも『軍』や『エトウ財団』に牙を剥き続ける事など望んでいなかったのだ。
『辛い過去は忘れ、恨みも憎しみも持たずに、平穏に人生を全うして欲しい』
それこそが、『彼』が子供達に願った唯一の事だった。
危機の中で『ESPエンジン』と深い絆を結び、『彼』の想いを知った茉莉香は、どうしてもその願いを叶えてあげたかった。だから、危険かも知れなかったが、自ら矢面に立ったのだ。
茉莉香達の作戦通りに、『宇宙海賊は操船室で銃弾に倒れ、超能力の暴走によって跡形もなく灰燼と化した』、と云う映像を見せる事に成功する。
その上で、『子供達』は、憎しみと共に記憶を消し、超能力を封じる処置をして、船の最外殻──移民街区へと転送したのだ。
電子知性体群が味方になってくれた事も幸いだった。意図した映像を見せる事が出来たのも、都合の悪いデータを隠蔽出来たのにも、ひとえに彼等のお陰である。
「と、こんな感じで、あたしと『彼』は、シャーロット達を移民街区に匿う事にしたの。あの子達も手伝ってくれたから、上手く隠し切れたと思ったんだけどなぁ。まさか、コーンに見破られちゃうとは……。思いもよらなかったよ」
最後にそんな事を言って、茉莉香は、お膳の上の湯呑みを口に運んだ。もうぬるくなっていたが、お話の後の喉には心地良かった。
「そう……だったんだ。これで、どうして、シャル達が突然に船の中に現れたか分かた。船のアーカイブスが改竄されてたのも、マリカの仕業だったんだね」
コーンは、「やっと納得がいった」と云う顔をしていた。そして、茉莉香を疑った事を後悔した。
「ゴメン。ゴメンなさい、マリカ。ボク、マリカが、そんなに頑張ってた事、知らないで。知らないくせに、ヒドイ事、言ってしまた。ホントにゴメン、マリカ」
コーンは、そう言って深々と頭を下げた。額が畳に擦りつけられる程に。
「あっ、ちょっと、コーン。そんなに謝らなくってもいいよ。隠してたのは……、黙ってたのは、あたしの方なんだから」
実直なコーンの土下座に恐縮して仕舞った茉莉香は、そう言って彼の頭を上げさせようとした。
「でも、マリカがシャル達の事、黙ってたのは、『秘密』を守るため。シャル達を護るため。それなのに、ボク、マリカを信じてあげられなかた。マリカがヒドイことするはずなんて無いのに」
彼は、土下座をしたまま、そう続けた。
「ん、もう。照れくさいよ。あたしは、『彼』のお手伝いをしただけ。本当に頑張ったのは、『彼』と『AI達』だよ。……あっ、お茶が冷めちゃったよね。あたし、淹れなおしてくるね」
茉莉香は、そんなコーンを元気付けようと、お茶を淹れなおすために立ち上がった。
彼女は、急須を持ってキッチンの方へ行くと、コンロのスウィッチを入れた。お湯が沸く間に、急須の中からお茶パックを取り出して棄てると、軽く濯ぐ。
再びお湯が沸くまでの間、茉莉香はキッチンで鼻歌を歌いながら、新しいお茶のパックを用意していた。そこに、リビングからコーンが声を掛けて来た。
「ねぇ、マリカ、一つ訊いてもいかな?」
その声に気が付いた少女は、お茶を淹れる用意をしながら応えた。
「え? なぁに、コーン」
彼女の返事に、リビングの方から少年の声が聞こえた。
「どうして、シャル……シャーロットは、女の子にしちゃったの?」
少年の問に、少女は含み笑いを浮かべると、こう応えた。
「それはね、……シャーロットは、本当は女性だったんだよ」
「えっ、……ええっ!」
茉莉香の答えに、コーンはひどく驚いていた。
「念の為に本人にも確認したから、間違いないよ。海賊達を率いる船長なんて荒仕事をするには、女性の身体のままじゃ荷が重かったんだって。超能力を使って、筋肉ムキムキの男の人の身体にしたんだそうだよ」
キッチンの茉莉香は、少し自慢げに種明かしをした。『自分はとっくの昔に気が付いてましたよ』、とでも言うかのように。
「……そ、そうだったんだ」
リビングの方から、コーンの驚いたような声が返って来た。
「今度は、女の子として幸せな人生を送ってくれたら良いよね」
そう言う茉莉香の声は、弾んでいた。
「そうだね……」
少年の返事は、どこか穏やかであった。
そうするうちに、ヤカンから湯気が立ち上るようになった。
「おっと、お茶お茶」
茉莉香は、改めて急須に熱いお湯を注ぐと、それを手にリビングへ戻った。
「お待たせぇ、コーン。お茶、淹れなおしたから、一緒に飲もう」
彼女は、そう言いながらお膳の脇に屈むと、湯呑茶碗に熱いお茶を注いでいた。
「今の話、絶対にナイショの事だからね。誰にも喋っちゃダメだよ」
湯呑みから立ち上る湯気の向こうから、念を押すような声が聞こえた。
「分かてる。この事は秘密。シャル達の事は、ボクに任せて。ボク達、友達になったんだ」
少年は、移民街区での約束を思い出していた。
──お兄ぃさんをボク達の秘密隊員第一号にしてあげるよ
幼い少女に生まれ変わったシャーロットは、コーンにそう約束したのだ。
「ボク、時々、シャル達のところに行って、色々助けてあげようと思うよ」
そう言う少年の顔は、どこか頼もしく見えた。
「そっか。ありがとう、コーン。あの子達の事をよろしくね」
茉莉香は、そう言ってコーンに熱いお茶を淹れた湯呑みを差し出した。
「うん。任せて」
そう言いながら腰を浮かせた少年は、何故かそのまま前のめりになって、畳の上に突っ伏して仕舞った。
「ど、どしたの、コーン!」
転倒した少年に驚いた少女は、お膳の脇から立ち上がると、彼の側に急いだ。
そこには、足を抱えて引っくり返っているコーンがいた。
「ま、マリカ……。あ、足……シビレた」
(あ、ずっと正座してたもんね)
信じて秘密を打ち明けたものの、足の痺れで転がる少年の頼りがいは半減して見えた。




