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ESPエンジンの子供達(5)

 茉莉香(まりか)達が母娘そろって頂き物の素麺をすすっていた時、玄関の方で<ガタン>という物音がした。

 茉莉香が立ち上がって様子を見に行こうとした時、母の由梨香(ゆりか)は、

「待ちなさい。まず、カメラで見てからにしましょう」

 と言って、彼女を制した。そして、リモコンを操作して、テレビモニターの映像を玄関の監視カメラに切り替えた。

 そこには、保安部の制服を着たくせっ毛の少年が映っていた。


「コーンじゃない。何やってるのよ」


 彼は、どういう訳か、茉莉香達の部屋の玄関の前で座り込んでいた。

「お母さん、あたし、コーンの様子を見てくるね」

 茉莉香は立ち上がると、玄関へと向かった。

 彼女が三和土(たたき)でサンダルを履いている間に、ホームアシストシステムが外部カメラと連動し、危険人物や危険物の有無を確認する。そして、ノブを握った瞬間、システムは指紋を採取・照合し、一次ロックが解除された。続いて生体情報が分析され、ノブを捻るまでの僅かな時間で、扉の最終ロックまでが解除されていた。

 茉莉香がノブを捻った時には、何の問題も無くドアは外へ向かって開いた。


 そこで彼女が見たのは、モニターに映されていた通りに、コーンが玄関の前で座り込んでいるところだった。痛そうに、片手で腰のところをさすっている。尻餅でもついたのだろうか。


「どうしたのよ、コーン。こんなところで」


 茉莉香は、目の前に踞っている()移民の少年に声を掛けた。

「あ、マリカ。ダイジョブ。何でも無い。ダイジョブ」

 彼は照れ隠しにそう言った。それを聞いた茉莉香は、少しふくれっ面をした。

「むぅ、本当? ……んー、もしかして、瞬間移動(テレポート)して来たんじゃないの。ダメだよコーン、船内で無闇に超能力(ちから)を使っちゃ。それに、隔壁や住宅のドアには、ESPシャッターが働いているから、無理に通り抜けようとして弾かれたでしょう」

 未だ十六の少女は、胸の前で腕を組むと、座り込んだままの少年にお説教をするように話した。

「ハハハ、そのとーりデス。ちょっと失敗。お尻、ブツケてしまいました」

 彼は、少し赤くなって、未だたどたどしい日本語で応えた。

「もう、言わんこっちゃない。……あ、それって、保安部の制服? カッコイイよ、コーン」

 彼女は、以前よりも逞しくなった少年の姿を改めて認めると、そう言った。

「そうデスカ。えへへ、ちょっと嬉しい」

 彼は少女に褒められた所為で、痛みを忘れた。「よっこらせっ」と、ややジジくさい掛け声と共に立ち上がると、手に持っていた帽子を被り直す。

 こうして立ってみると、コーンは頭一つ分くらい、茉莉香より背が高くなっていた。

「あれ? コーンて、前より背ぇ伸びた?」

 思いもよらぬ事実に驚いた少女は、少年に近付いて自分と比べてみた。

「ああ、やっぱりそうだ。コーンの身長、前より伸びてるよ。ズルいなぁ、あたしは全然伸びないのに」

 ムゥと頬を膨らませる茉莉香に、コーンは、

「いや、それ程でも」

 と言って、照れていた。

 そんな彼に、茉莉香は質問をした。

「で、コーンは、どうしてあたしん家に来たの?」

 当然の質問である。訊かれた方のコーンは、一時考え込んでいたが、ハッとして茉莉香に向かって次のように話した。


「そうだ! マリカ、大変な事、分かた。移民街区に、知らない子供達が居た。何で? マリカ、ボク、あの子達、助けたい。チカラ、貸して欲しい」


 それを聞いた少女は、何故か気不味そうな顔をしていた。

「ドシタ、マリカ」

 保安部の制服を着た少年は、彼女の反応が予想とは違っていた事に戸惑っていた。

 ここに来るまでは、『マリカなら、きっと手を貸してくれる』と信じて疑わなかったからだ。

「えっとぉ……、あのねコーン。その話なんだけど……、えと、取り敢えず中に入って。こんな道端じゃ、込み入った話は出来ないし。それに、誰かに聞かれたりしたら、困っちゃうような事じゃないかな」

 そう言いながら、茉莉香の眼はコーンを直視していなかった。それに、どこか後ろめたそうな雰囲気をしている。

「マリカ?」

 少年には、少女の言っている事の全部は分からなかった。そして、その真の意味も。


 ただ、『誰かに聞かれたら困る』と云うのは理解出来た。


「分かた、マリカ。ボク、その『とりあえず』スル」

 コーンは茉莉香の言葉に従うと、彼女の後について(たちばな)家の玄関を抜けた。



「あらぁ、コーンくんじゃない。久し振りね。さあさ、入って。お茶でも淹れましょうか。あ、でも、アレもあるから……。コーンくん、お素麺は好き?」

 出迎えてくれたのは、母の由梨香だった。

 監視カメラで観ていた筈であろうのに、素知らぬ顔で優しいお母さんを演じていた。

「あ、お久し振りです」

「あらあら、コーンくん、本当に立派になって。保安部はもう慣れた?」

 茉莉香とコーンが玄関で履物を脱いでいる時にも、さり気なく話し掛けて場を和ませようとしている。

「もう、お母さんったら。そんなところに立ってたら、コーンが奥に入れないでしょう。さっさと、退いてよ」

 自宅に男の子を招いた少女は、少しばかり頬を染めながらも、母に文句を言っていた。

「はいはい。分かりましたよ。……ごねんなさいね、引っ越したばかりで、未だ散らかっていて。……座って待っていてね。今、お茶の用意をするから」

「むぅ、お母さんたら」

 甲斐甲斐しく干渉してくる母に、少しばかりのウザったさを感じる少女だったが、少しの間でもコーンと二人になれるのは、いい機会だった。

「座って、コーン。制服のまんまって事は、お仕事の帰りなのかな? 大変だよねぇ、保安部の仕事も」

 茉莉香は、すぐには核心には触れず、世間話から入った。

「うん、だいじょぶ。仕事はキツく無いけど、憶える事いっぱい。宇宙船の中でする仕事、たくさんでフクザツ。デモ、移民で食べる事と寝る事しかしてなかった頃より、ボク、元気いっぱい。毎日、楽しい」

 ()移民であるコーンは、それまでの『地球のお荷物』扱いの時よりも、今の『必要とされる自分』になれた事が嬉しいらしかった。


──もう移民なんて言わせない


 そんな事が、既にコーンの無意識に刷り込まれていた。つい先程、移民街区でシャル達に遭って、移民達の境遇に降り掛かる、あからさまな、しかも無意識の差別に心を痛めていたというのに……。


 人間とは──たとえ超能力を持っていたとしても──そんなエゴを内に秘めて生きていかなければならない生物として宿命づけられているのだろうか……。


 しかし、それは誰の憂いなのだろう。


 そんな事に思いを巡らせる者は、このギャラクシー77には乗船していないというのに。もしかすると、それは船の最深部で息づいている『ESPエンジン』の夢なのかも知れない……。


「コーン、こっち来て座って。だいぶ散らかっているけど、勘弁してね」

「もう、そうなのよ。茉莉香がメディアの前で勲章なんて貰ったから、あっちこっちからお祝いが届いちゃって。今すぐお茶を持って行きますからね。座って待っていてね」

 少年を居間に招いた母娘は、二人して彼を座らせると、引きつった笑いを浮かべながら、出来るだけの『おもてなし』をしようとしていた。


(もう、こんな時にコーンくんが来てしまうなんて。茉莉香の手前、コーンくんの前でも普通に母親をして見せていたのに。私ったら、こんなに散らかったところを見せて仕舞うなんて……。ああ、恥ずかしい事)


 キッチンでお湯を沸かしながら、由梨香は赤面していた。この失態は、何としてでも挽回しなければ。そう思いながら、せめて美味しい物をご馳走しようと、この母は思考を巡らせていた。

 一方の茉莉香は、平気の平左衛門だった。何しろ、自分の部屋よりもよっぽど片付いているのだ。どこに恥ずかしいところがあるだろうか。

 むしろ、コーンという第三者が介在する事で、自分に向けられる『お説教』が無くなると思えば、大歓迎である。

 とはいうものの、コーンが移民街区で見て来た事は、茉莉香にとっても重大事だった。

 何とか彼を説得して、秘密のままにしておかなければならない。

 茉莉香は、コーンに知られないように端末を操作すると、『ESPエンジン』と機械知性体群(AIたち)命令(コマンド)を送ろうとしていた。


(アクセス……、コネクト、オンライン。まずは、コーンのやって来た事の履歴を辿って……。え! アーカイブスにアクセスしてるじゃない。えええ!? 船のブラックボックスにも。くっそぉ、誰が教えたのよ、こんなテク。ううー、まずいなぁ。兎に角、アクセスログを消去して、監視記録を改竄。AI達(みんな)、頼んだわよ)


 茉莉香は、コーンの行った事がバレないように、電子知性体群に記録データの改竄──もとい、修正を任せた。そして、自分はソーシャルで彼を説得にかかる。それが、今の彼女に出来る、最善の事と考えた。

 そして、その為には……。


「あら、昆布醤油のつゆ(・・)が無くなっているわ。そんなに使ったかしら……。んもう、仕方がないわね。茉莉香、茉莉香ぁー。お母さん、ちょっと買い物に行ってくるからぁー。コーンくんと二人で、お留守番しててもらえないかしら」

 キッチンでごそごそやっていた由梨香は、いつも使っている『つゆの素』が切れている事に気がついた。蕎麦つゆにも、煮物の下味にも使えて、大変重宝していたものだ。しかし、うっかりと使い切って仕舞ったらしい。

 貰い物のお素麺が大量に有るのに、つゆ(・・)が無ければお話にならない。他にも買っておきたい食材や調味料がある。

 由梨香は、この際なので買い物に出掛ける事に決めた。

「なるべく早く帰ってくるつもりだから、それまでお留守番、頼めるわね」

 母の頼みに茉莉香は、

「ええー、お母さん、買い物行くのぉ。じゃあ、お茶は? 誰が淹れてくれるのよ」

 と、ぞんざいな言葉を返した、わざと。

「それくらい、自分でしなさい。何でもお母さんがしてくれるなんて、思わないで。茉莉香も、もう十六なんだから。出来るわよね」

 母の言葉は、いつも通り容赦が無かった。

「そんなぁ、無理だよお。お茶くらい淹れてから行きなよぉ」

 対照的に、娘の方はお茶すら淹れる気が無い。

「だから、それくらい出来るようになりなさい。もう、お母さん出るわね。茉莉香、ちゃんとしておくのよ」

 由梨香は、三和土(たたき)でサンダルを履きながら、娘に念押しをした。

 そして、一抹の不安を覚えたものの、買い物に行くために玄関を出て行って仕舞った。

「あー、もう、お母さんたら横暴なんだから。むぅ」

 残された娘は、ぶうたれていた。いや、そのフリ(・・)をしていた。


(上手くいったわ。これで、しばらくはコーンと二人で居られる。この間に説得しなきゃ)


「さて、邪魔者は居なくなったし……。ねぇ、コーン。コーンがあたしのところに来たのって、何か理由があるんだよね」

 母が外出した事を確認して、茉莉香はコーンに来訪の理由を聞き出し始めた。もちろん、室内を録画するカメラには、ダミーの画像と音声を与えて、これからの会話は隠蔽する。

「あ、そう。そなんだよ。ええっとね……、移民街区で、今まで見たこともない子供達を見つけたんだ」

 少女の問に、少年は気にかかっていた事を話し始めた。


「ふーん。でも、そんなの放っとけばいいじゃない。どうせ、移民なんだし」


 茉莉香は、そう何気ない答えを返した。

 しかし、それは()移民であるコーンには酷な答えだった。複雑な顔をしたコーンに対し、茉莉香にはその表情の意味が分からなかった。

「……うん。そうなんだけど。でも、どしても気になる事があるんだ。その子供達の中に、この前襲ってきた宇宙海賊と同じ名前の子が、何人か居たんだ」

 彼は、茉莉香の反応に少し落胆したものの、何故その子供達が気になるかの説明に入った。

「それだけじゃないよ。その子達、皆、『ESP制御バンド』をしていた。という事は、あの子達は、全員が超能力者(エスパー)って事になる。でもボク、移民の中に超能力者が居るなんて、聞いた事無い。それに、もう一つ。『ESP制御バンド』を持っているって事は、船の乗組員(クルー)の誰かが、あの子達に『ESP制御バンド』を着けさせたって事だよ。そして、移民街区に隠した。そうじゃないのかな」


──見知らぬ子供達

──海賊と同じ名前

──ESP制御バンド

     そして、それを装着させた人物の存在


 コーンは、見事に問題点を捉えていた。


(むぅ、コーンったら、思ったよりも分析能力があるわね。たったあれだけの事から、核心へ迫りつつある。……どうしよう)


 茉莉香は、子供達とコーンの間で、自分はどうするべきなのかと心が揺らいでいた。


(どうしよう……。コーンの脳神経にアクセスして、記憶を修正する? 嫌だ、そんな事はしたくないよ。じゃぁ、本当の事を話す? ……でも、コーンが協力してくれるかな。いや、きっとコーンなら協力してくれる。でも、秘密を守れるかな? それが問題よね……)


 秘密を共有するには、コーンはあまりにも正直者すぎる。何かの拍子で、あの子達(・・・・)の事が明るみに出て仕舞ったら、元も子もない。

 茉莉香は、どうしたものかと難しい顔をして、黙り込んで仕舞った。


「マリカ、どした? ボクの話、変かな?」


 少年の話した事への少女の返事が無いので、彼は心配になって来た。

 それに気が付いたのか、茉莉香は慌てて顔を上げると、嘘くさい笑顔を作っていた。

「えっとお……、そんな事なんか無いよ。でも、不思議な話だよね」

 そう言って、彼女は、何とかその場を誤魔化そうとしていた。しかし、それは結論を先延ばしにするだけだった。

「今日のマリカ、どこか変。どした? 何か嫌な事、あったか?」

 コーンは、彼女の態度がいつもとは違っている事に、既に気が付いていた。

「あ、いや。何でも無い、何でも無いよ。ちょっと、コーンの話の事を考えていただけ」

 少女はそう言って、彼の気を逸らそうとした。

「しっかし、海賊とおんなじ名前の子供達かぁ。偶然って恐ろしいよね。でもさ、コーン。そのシャーロットって言う子だって、偶然名前が同じなだけだったんでしょ。それに、あの海賊船長はガッチガチのおっさんだったでしょ。その子は女の子なんだよね。絶対に別人だよぉ」

 茉莉香は、わざとらしく大きな声で、コーンの疑念を晴らそうとそんな事を喋った。いや、喋って仕舞った。

「ま、マリカ……。マリカ、今、何て言った」

「え?」

 眼の前で驚愕している少年の顔に、少女は、一瞬、何が起こったのか分からなかった。

「マリカ、ボク、シャルの事、一言も話して無い」

 シャルとは、移民街区でコーンが出遭った移民の少女の事だ。彼は、シャルを宇宙海賊シャーロットの名前と重ねてはいたが、その件については全く茉莉香には話していなかったのだ。

「あ……」

 少女は、慌てて両手で口元を覆った。

「どうして? どうしてマリカが、シャルの事を知ってるの。どうして、シャルが女の子って事まで知ってる……」

 少年の顔からは、血の気が引いていった。それは、信じていた者に裏切られた時の顔だ。

「ま、まさか、マリカが、あの子達を連れて来たのか。マリカは、あの子達に何をさせようとしてる。……あんな小さな子達に、超能力を持たせて。マリカ、何とも思わないのか!」

 問い詰める少年に対して、少女は応える事が出来なくなって仕舞った。


「マリカ、ホントの事、教えて」


 コーンの悲痛な声に、茉莉香は返すべき言葉を失っていた。




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