ESPエンジンの子供達(4)
コーンは、今まで見かけなかった移民の子供達に囲まれていた。仰向けに倒れ、シャルと呼ばれる少女に馬乗りにされていた。
(う、動けない。何故。それに、この子達、あの『メタルバンド』を着けている)
シャルの見た目は五〜六歳くらいに見える。そんな小さな少女に乗られただけで、コーンは動きを封じられていた。
そして、彼女も、一緒に居る子供達も、手首や腕・首などに赤銅色に光る金属製のバンドを装着していた。それは、ESPを抑制して使えなくする機能を持っている。
(という事は、この子達は皆、エスパーってことか? 移民の中に超能力者がこんなにたくさん居るなんて、聞いたことない)
コーンは焦っていた。エスパーの子供達がこんなところにたくさん居る理由なんて、宇宙海賊と関係があるとしか考えられない。
まさかとは思うが、海賊達は、その超能力を使って子供の姿に変身し、身を隠しているのかも知れない。
だとしたら、茉莉香が危ない。
宇宙海賊は、『ESPエンジン』と、そのパイロットである茉莉香を狙って襲って来たのだから。
「何なんだ君達は。ギャラクシー77の移民じゃないな」
コーンは危機を感じて、子供達に問い正そうとした。
それを聞いた、少女達は、
「え? お兄ぃさん、何を変な事言ってるの。ボク達は、最初からこの船に乗っていたよ」
と、不思議そうな顔をして応えていた。
(くっ、本当に分からないのか? だが……)
「君達は、皆そのメタルバンドを着けているね。どこで着けてもらったんだい」
コーンは、どうにかしてきっかけを掴もうとしていた。
メタルバンドを手に入れるには、ギャラクシー77の乗組員に接触する必要がある。しかも、『超能力』と『ESPエンジン』の関係を知っている極めて限られたメンバーにだ。
つまり、この子達がメタルバンドを着けているという事は、上層部の乗組員の中に、『この子達が乗船するための手引をした者が居る』と言う事だ。
そして、ソイツは、この子達が超能力者だと云う事も含めて、存在をも隠そうとしている。でなければ、船のアーカイブスを改変しておく必要性が無い。
──そいつは何がしたい? 反乱か?
先の戦闘で証明されたように、超能力は強力な武器になる。
現在の『エトウ財団』と『軍』の二極支配体制を転覆させようとするなら、テレポート能力を持った超能力者が一人居れば事足りる。
超光速宇宙船を持っていない軍には、瞬間移動を使って恒星間を自由に行き来する宇宙船には手も足も出ない。
もう一方のエトウ財団は、戦闘艦の所有や超光速宇宙船への武器搭載が、日本の法律と、更には条約と国際法で以って禁じられている。また、複数の団体が、財団の船舶や研究所を監視しており、その動向には幾重もの手枷・足枷がはめられている。世界で唯一つ、恒星間を航行する技術を所有するエトウ財団が、圧倒的な権力を持つ事を世界の誰もが恐れたからだ。
そして、ご多分に漏れず、『軍』と『エトウ財団』の仲は悪い。どちらも、相手を出し抜いてその技術や戦力を手に入れ、自身の地位を盤石なものにしようと思っているからだ。むしろ、先の対海賊戦のように、『軍』と『財団』が共闘することが、異例中の異例なのだ。
従って、その力の行使に強い制限がかかっている『エトウ財団』も『軍』も、銀河を駆け回るシャーロットのような自由の旗の下で戦う無頼のものには、到底敵わない。
「ねぇ、答えてくれないかな。そのメタルバンドは、誰にもらったのかな」
コーンは、再び子供達に尋ねた。
訊かれた方はどうかと言うと、困ったような顔をして、お互いを見合っていた。
「だって、なぁ」
「うん……」
「そんな事、訊かれたって」
「わ、分かんないよう」
(えっ。そうなのか。本当に何も知らないの?)
「えと、ゴメン。本当に何も分からないの? この船に乗っている事も、メタルバンドの事も」
コーンは困惑しながらも、不安そうな顔をしている子供達を見て、事実を認識し始めた。
「お兄ぃさんが、ボク達のどこが気に入らないか分かんないんだけど……。ボク等、何も悪い事してないし。ずっと、この薄汚れた区画で、遊んでただけなんだよ」
シャルは、困ったような顔をして、コーンに応えた。
「お兄さんの言うように、よく考えてみれば、船に乗った事も、その前に地球と呼ばれている星に居た頃の記憶も、ボォッとしてて良く分からないんです」
リョウと呼ばれる男の子がそう言った。
「別に良いじゃねえか。このバーコードがあれば、水も三度の飯にも困らないんだし。後は、ずーっと遊んでいられるんだぜ。もう、こんなヤツ放っといて、別の遊びをしようよ」
ゲッツと呼ばれている男の子が、やや乱暴な口調でそう言った。
「そんな訳にはいかないよ。この人は、保安部の人なんだよ。もし、ぼく等の事を報告されたりしたら、大人達がぼく等を捕まえに来るかも知れないよ」
利発そうな目をした子が、後先を考えているようには思えないゲッツに意見した。
「捕まると、何か良くないのかぁ?」
奥の方に立っている、一際大きな体格をした少年が、そう訊いた。
「まずいに決まってるじゃないか。別のところへ連れて行かれて、監禁されるかも知れないよ。それで、勉強とかお稽古ごととかをやらされるんだ」
この言葉で、子供達は全員真蒼になった。
「べ、勉強だってぇ。そんなの絶対やだ」
「お稽古ごとって、何? 怖いの」
「テーブルマナーとか、挨拶の仕方とかを、覚えさせられるんだ」
「やだっ。絶対、や」
「ぴ、ピアノとか、ひかされるのかなぁ……」
「ピアノだけじゃないよ。バイオリンとか横笛とか……。それで、ちゃんと出来るようになるまで、おやつ抜きで、遊びにも行けないんだ」
「そんなのヤダよう」
「えーん 、やだやだ。捕まりたく無いよぉ。シャルと一緒に遊んでたいよぉ」
「えーん、捕まりたく無いよー。えーん」
子供達は、勝手に被害妄想に陥って、泣き出して仕舞った。
「あ、えと……、困ったな。皆、保安部には言いつけたりしないから、安心して」
コーンは、子供達に泣かれて弱り果てて仕舞った。
「お兄ぃさぁーん。ホントにボク達の事、秘密にしてくれる?」
あの男勝りで挑戦的だったシャルでさえ、半分泣きながら、コーンに訴えたのである。
これでは、コーンは、『子供をいじめる怖い人』でしか無い。
「わ、分かた。分かたから、もう泣かないで。皆に泣かれると、ボク、困って仕舞う。ボクも、泣きたくなて仕舞う」
どんなに機械文明が発達したとしても、泣く子と地頭には勝てない。
コーンは、なるべく優しい声で、子供達に言って聞かせた。
「ホント?」
「お兄さん、告げ口しない?」
「オレ等の事、黙っててくれるか」
口々にそう言われて、
「うん。ボク、キミ達の事、ナイショにする。これ、ヤクソク」
と、そう応えざるを得なかった。
「ホント?」
「ホントにホント?」
「ヤクソク……、だよね」
納得していないのか、子供達は泣き止んだものの、まだ不安がっていた。
「ホントのホント。これ、ボクとキミ達との大事なヤクソク」
コーンは顎を引いて頭を持ち上げると、子供達にそう言った。
「……ん。分かった、ヤクソク」
「うん、ヤクソクだよ」
シャル達はそう言うと、こぼれていた涙を拭いていた。そして、つぶらな瞳でコーンを見つめていた。
「よし、いい子達、泣き止んだかな? ボク絶対にヤクソク守る。何にも持ってない移民だからこそ、ヤクソクは大事。絶対に守らないとダメ。だから……」
コーンはそこまで言って、口ごもった。何だか困ったような、情けないような顔になって仕舞ったのだ。
「何? お兄ぃさん」
胸の上のシャルが、不安そうに訊いた。
「だからね、シャル……、そこからどいてくれないかなぁ」
そう言われて、コーンの上に跨っていた少女は、顔を真赤にすると、急いで立ち上がった。だいぶ慌てていたためか、コーンの足に躓いて転びそうになっていた。
「大丈夫かよ、シャル」
近くに居た男の子が、素早く少女を支えた。
「ジョー、ありがとう」
「へへ、速さでぼくに敵うヤツはいないさ。シャル、怪我してない?」
「うん、大丈夫」
少女が無事なのが分かると、不安がっていた子供達にも笑顔が戻って来た。
「よっこらしょっと。ふぅ」
ようやく起き上がる事が出来たコーンは、そう言ってその場に胡座をかくと、周りを見渡した。
(この子供達が宇宙海賊だったとしても、そうじゃ無かったとしても関係ない。悪いのは、超能力を持った子供達を造って、利用しようとしているヤツ。こんな小さい子を道具に使おうとしてるなんて、許さない。絶対に、ボクがなんとかする)
コーンは、シャル達を自分と重ねていたのかも知れない。
彼は意を決すると、その場に立ち上がった。
「結構デカイんだな、お前」
「お兄さん、強そう」
「ヤクソクだからな」
「そうだ、ヤクソクちゃんと守ってくれたら、お兄ぃさんを、ボクらの秘密隊員一号にしてあげるよ」
子供達は、口々にコーンに信頼を寄せる言葉を伝えていた。
「秘密隊員一号か。それはカッコイイな」
コーンは、そう言われて照れてしまった。照れ隠しに、左手でくせっ毛の頭を掻く。
「だろう。期待してるからね、お兄ぃさん」
コーンの傍らに立っていたシャルは、そう言って彼の帽子を差し出した。
コーンは大きく頷いてそれを受け取ると、頭に被った。
(こんな小さな子を利用しようとしてるなんて、絶対に許せない。いったい、誰だろう。まずは課長に報告……。いや、保安部の権限でも、アーカイブスやブラックボックスの記録をいじるなんて、出来そうにない。なら、船長さんに相談する? でも、軍が入り込んでいるし、あの参謀さんからの命令だったとしたら。それなら、船長さんも関わっているかも知れない。……どうしよう)
子供達には勇ましい事を言ったものの、コーンは誰に相談すべきかを考えあぐねていた。
だが、ここで手を拱いていても仕方がない。特にあてがあった訳では無いが、今は船内に戻ろう。
「それじゃあ、ボクは一旦戻るよ。今度は、いつ来られるか分からないけど、絶対に悪いようにはしないから」
コーンはそう言って、シャルの頭を撫でた。
「うん。分かってるさ。ボク、皆を護りながら、ここで待ってるから。また遊びに来てね。絶対だよ」
少女は、頭を撫でられてくすぐったそうにしながら、コーンにそう言った。
「ああ、ヤクソクだ。絶対、また来るから。そしたら、皆で遊ぼう」
コーンはそう言い残すと、精神を集中し始めた。移動先の船室のイメージが、頭の中にはっきりと浮かび上がってきた。
「じゃぁ、皆、元気で……」
コーンはそう言うと、その場から消え去った。船の深部へと瞬間移動したのだ。
だが、それが解らない子供達は、ひどく驚いていた。
「えっ、何で? 消えた」
「お兄さん、居なくなっちゃったよ」
「ななな、何が起こったんだ」
コーンが急に消えて仕舞ったため、子供達は混乱していた。
「もしかして……、今の人、……お化け?」
誰かが、不意にそんな事を口走った。
「…………」
子供達の顔から血の気が引いていく。
「わー、お化けぇ」
「お化け、こわいよぉ」
そう言って、彼等は我先にと、その場から走り去って行った。
「これっ、茉莉香。ピーマンを残すんじゃありません。ドレッシングに、脳神経に良いって言われたオイルを使ってるのよ。刻みハムと一緒に、口に入れなさい」
「う〜、お母さん、ヒドイ。この部屋の家賃、あたしが払ってるのに」
ここは、茉莉香と由梨香の母娘が暮らしている部屋。
今は、食事の時間であった。
宇宙海賊襲来事件と、その後の軍と財団からの重大発表の件で、橘家は大忙しであった。
親戚や知り合い──たとえ彼等が銀河の果に住んでいたとしても──からは、立体ホロ映像付きで、お祝いが送られてきた。
確かに、たとえ銀河広域超空間ネットワークを駆使したとしても、質量を持った物品を転送する事は不可能だ。だが、超巨大移民船であるギャラクシー77には、あらゆる業種の店舗が支店を持っている。メッセージを添えて、贈りたい物を端末のフォームから選択して申し込めば、どんなに離れていても、ギャラクシー77の支店が注文を受けて宅配便で送り届けてくれる。
便利なシステムなのだが、今の茉莉香達には余計なお世話だった。
今食べている食事も、お祝いと称して送られてきたお料理セットの油を使ったサラダと、素麺であった。
「もう、茉莉香。さっさと食べて仕舞いなさい。夕方までには、『これ』をなんとかしなくちゃいけないんですからね」
母が目を向けた方には、ダンボール箱の山が、うず高く積み上がっていた。
「ううー。あたし、別にこんな物いらないのに」
茉莉香は、素麺をススリながら文句を言っていた。
「仕方がないでしょう。メディアの前で、あんなに派手に勲章とかもらったんだから。そりゃあ、お祝いくらい、送ってきますよ」
由梨香も負けじと自分の分の素麺を飲み込むと、言い返した。
「それだけじゃ無いのよ、茉莉香。お祝いを貰ったからには、ちゃんとお祝い返しをしなくっちゃ。お食事が終わったら、バーコードを読み取るのを手伝うのよ」
幸いな事に、送り主の情報は、箱に張り付いた伝票にプリントされたバーコードを読み取れば、ネットショップのサイトと連動している連絡帳アプリで確認できる。お祝いのメッセージも、ホロ映像アプリが連動しているので、勝手にダウンロードしてくれる。
後は、茉莉香達も同じように、お祝い返しの品を選んでクリックするだけと、システムは至極簡便。
このようにして、ネットを駆使して店舗が儲かる仕組みが、出来上がって仕舞っているのだ。
(あたしがどんなに大変だったか、お母さん知らないくせに)
茉莉香は、心に浮かんだ思いを、素麺と一緒に飲み込んだ。
そんな時、玄関の方で<ガタン>という物音がした。
「何だろう? お母さん、あたし、見てくるね」
そう言って、茉莉香が立ち上がろうとした時、
「待ちなさい。まず、カメラで見てからにしましょう。カメラマンとか、三流ルポライターとかだったら、嫌でしょう」
と、由梨香はそう言って、彼女を座らせた。そして、お膳の脇に置いてあったリモコンを操作して、壁に作り付けのテレビモニターの映像を、玄関の監視カメラに切り替えた。
そこに映っていたのは……、
「コーンじゃない! いったい、こんなとこで何やってんのよ」
保安部の制服を着たくせっ毛の少年は、玄関の前に座り込んで尻をさすっていた。




