ESPエンジンの子供達(3)
「待ってよぉ、シャル、……もぉ、シャルったらぁ、シャーロットぉ」
──シャーロット!
聞き間違いではないのか。だが、コーンには『シャーロット』と聞こえたように思えた。それは、あの忌まわしい宇宙海賊と同じ名前だ。
(そんなバカな。あの海賊──シャーロットが生きていたと言うのか。……でも、アイツはモノスゴク強力な超能力者。もしもの事があったら……)
不審な感応波を感じて、ここ、移民街区までテレポートでやって来たコーンは、自らの耳を疑った。しかし、相手が相手だけに、念を入れて調べた方がいい。
コーンは、それとなく身体の向きを変えて、声のした方角を覗き見た。
その方向に見えたのは、十数人程の子供達の集団だった。歳は、五〜六歳くらいだろうか。中には女の子も居た。どの子も、少し灰色がかったみすぼらしい布を纏っている。明らかに移民の子供達だ。
しかし……、
(あんな子供達、移民の中に居たっけ?)
元移民だったコーンにも、子供達には見覚えが無かった。それに、今まで一緒に暮らしていた移民達とは、どこか印象が違う。
「もう、リョウ、遅いよ。ゲッツもシオンも。置いてくからね」
(ゲッツ、それにシオン。マリカを酷い目に遭わせようとした海賊とおんなじ名前。偶然? でも、まさか……)
何かの聞き間違いである事を祈るように、コーンはジッと息を潜めて、子供達の様子を観ていた。
「ヒドイよ、シャル」
「そうだよ。ボクは、シャルみたいに早く走れないんだ」
「そうだよ、シャル。少し休もうよぉ」
先頭を走っている『シャル』と呼ばれている女の子がリーダーのようだ。
(シャルって言ってた。シャーロットじゃない。ボク、聞き間違えた)
心のどこかに引っかかりを感じたものの、コーンは自分の聞き間違いだろうと納得した。
(たとえ移民でも、子供達、元気。いい事。無事に、終点まで送り届けるヨ)
コーンは、子供達の元気な様子を見て、心が温まった。
そのうち、彼が見ていたのに感づいたのだろう。例のシャルと呼ばれた女の子が、こちらに向かって手を振った。
「おーーーい。お兄ぃーーさぁーん」
明るくて元気な声だった。
気が付くと、コーンは帽子を取って、少女に向かって振っていた。
「お兄ぃーさぁーん。今ぁー、そっちにー、行くからねぇー」
少女は両手を口元でメガホンの形に作ると、そう叫んだ。
「えっ、ちょっと」
ここまでは約二百メートルはある。それに高台への坂道だ。しかも彼女は、先程まで人気の無い移民街区じゅうを走り回っていたのだ。
そんな事を物ともせずに、シャルと呼ばれた少女は、あっという間にコーンへ向かって走り出した。
「あ、……は、はや」
その勢いにコーンが呆気にとられている間に、少女は、もう目の前まで迫っていた。
「っしゃぁ。とぉーっ」
最後の五メートルを最高速で駆け抜けたシャルは、その勢いでコーンに飛びかかった。
「わ、わわ、わぁー」
その突飛な行動の所為で、コーンは動く事を忘れていた。そんなところに飛んで来た少女を、彼はやっとの事で受け止めたものの、勢い余って背中から床に倒れ込んで仕舞った。
「っててて。ダイジョブ? 怪我してない?」
埃に塗れながらも、コーンは抱き止めた少女を気遣っていた。
「アハハハハハ。お兄さん、だっらしなーい。ボクを受け止めきれないなんて」
彼女は、何の悪びれもなく、横たわるコーンの胸の上で笑っていた。
「ヒドイなー。あんな勢いで飛びつかれたら、止めきれないよ。一体、どんな体力してるんだよ」
子供は無限の体力を持っている。その代り、突然電池が切れたように眠ってしまうのだ。
残念ながら、この子がおとなしくなるには、まだまだ時間がかかりそうだ。
「フヒヒ、いっしょっと」
シャルは、コーンの胸に押し付けていた上半身を持ち上げると、彼の体の上をニジニジと這い上がって来た。
その顔がコーンの目の前に迫ると、大きな目を見開いて彼の顔を眺めていた。
「お兄さん、この辺じゃ見ない顔だね。その服、船の職員の制服だね。ボク、知ってるよ」
彼女はそう言って、「ニヒヒ」と笑った。
少し褐色がかった黒い髪。ストレートのそれは、肩の先まで伸びていた。肌は黄色人種に近いが、浅黒くは無い。目を見開いているためか、大きな黒瞳にはコーンの姿が映っていた。
人種的にはモンゴロイド。支那大陸から極東あたりの出身だろうと、コーンは見当をつけた。でも、確か、この便の移民は、全員、南米のラテンアメリカ系の人種の筈だ。
かくいうコーンも、南米の出身であった。
「でも、おかしいなぁ。お兄さん、他の職員さん達と、髪の毛や目の色が違うね」
子供とは言え、この子は目ざとい。移民街では、船の乗組員は滅多に見かける事は無い。そんなクルー達と、コーンが違う人種である事を指摘したのだ。
「キミは賢いな。船のクルーの事も、よく知ってるネ」
コーンは、思ったままを少女に伝えた。
「へへへ~。ボクはこの辺の大将だからね。知らない事なんて無いさ」
まだまだチビ助のくせに、やけに大人びた事を言う少女だった。
気になる事は色々あったが、まずは友達になるところからだ。そう考えたコーンは、寝っ転がったまま、口を開いた。
「そうなんだ。女の子なのにすごいな。ボクはコーン。よろしくね。君は?」
彼の問い掛けに、少女は「ニヒィー」と笑顔を作ると、こう応えた。
「ボク? ボクは『シャル』。皆、そう呼ぶんだ」
彼女はそう言うと、横たわったままのコーンの身体の上に馬乗りになっていた。
「そうなんだ。よろしくネ、シャル」
彼女の名前を知って安心したコーンは、そう応えて笑顔を作ると、手に持っていた帽子を、少女の頭に被せた。
「ぷぅわ。大っきい。キャハハハ、前が全然見えないよぉ。それに重ぉい」
帽子で鼻の下まで隠れた少女は、キャラキャラとはしゃいでいた。
「そりゃぁ、重いさ。中に簡易的な気密マスクが収納されてるからね」
彼は少女を胸の上で遊ばせながら、そう応えた。
「気密マスク? 何で、そんな物が要るの?」
シャルは頭から帽子を外すと、ひっくり返して中を覗き込んでいた。その奥には二列のファスナーがあるのが見えていた。
「だって、ここは宇宙船の中なんだよ。隔壁の外は真空の宇宙、……えっと、つまり空気が無いんだ。この制服も気密服になってて、酸素の供給や体温維持のための機械がくっついているんだ。何かの事故で空気が失くなったり、宇宙へ投げ出されそうになった時には、その帽子の中からマスクを引っ張り出して頭に被るんだよ。……えと、ちょっと難しいかな」
コーンは、保安部で最初に叩き込まれた事を、シャルに説明した。
「ふぅーん、そーなんだ。気密服がないと、宇宙にも出られないなんて、船の職員は不便だね」
シャルは、コーンの帽子を頭の上にかざしたりしながら、そんな事を喋っていた。
(え? この子、今、なんて言った)
船の外は真空の宇宙。そんな当然の事は、クルーだろうが移民だろうが、老若男女問わず、乗船の時に徹底的に叩き込まれる。たった一人の、ほんの少しのミスが、宇宙船全体の喪失につながるかも知れないからだ。
船を守るためであるなら、非情と思われようとも、気密隔壁を下ろす勇気と決断力が必要とされる乗り物が、このギャラクシー77だ。
だから、船の操船や作業に関わる要員の制服は、コーンの言ったように、短時間なら宇宙に投げ出されても生き残れるように設計されている。
基本仕様は宇宙軍で正式採用されている軍服と同じであるが、民生用にダウンスペックしてコストダウンを果たしている。
一見普通の作業服に見える上下の制服と手袋・ブーツは、アンダースーツと上着との二重構造で気密と断熱を確保する。ベルトには薄型のコンデンサーと発振器が組み込まれている。コーンも言っていたように、帽子の中には簡易的な気密マスクが収納されており、緊急時には引っ張り出して頭に被るのだ。呼吸を維持するために、酸素吸蔵合金と炭酸ガス吸収剤がコンパクトに内蔵されている。この装備で、宇宙空間でありながら、三十分の生命維持を保証する。
尤も、保安部の治安維持出動や作業員の船外活動用には、もっとちゃんとした宇宙服が用意されているのだが。
とにかく、それ程にまでしなければ、人間は船の外に出る事はおろか、最外殻区域での作業ですら、安心して行う事が出来ないのだ。
そんな当たり前の事を、この女の子は『不便』と言ったのだ。
──まるで自分は生身で宇宙空間に出ても平気だと言わんばかりに
ほんの少し、コーンの心を不安に似た何かが握りしめた。
「おーい、シャル」
「はぁ、はぁ、やっと追い付いた」
「もう、ヒドイよ、シャル。置いてけ堀なんて」
そんな時、シャルの仲間の子供達がようやく追い付いて来た。
「君達、この子の友達かい」
コーンは、遅れてやって来た子供達に、気さくに話しかけた。
(もっと情報が欲しい。この子達は、どこか気になる。……どこがどうとかは、分からないけど)
訓練を受けて、コーンもいっぱしの保安部員になろうとしていた。船の危険の回避──いや、それよりも、茉莉香の危機を回避したいという思いが強かったのだろう。
「お前、見かけない顔だな。船の乗務員か」
やって来た子供達の中で一番生意気な面構えの男の子が、偉そうにコーンに話しかけた。
(おかしい。ボク、ギャラクシー77に乗り込んでから、ずっとこの移民街区で暮らしてた。それなのに、『見かけない顔』だって!? やっぱり、この子供達には何か違和感がある)
「ははは、ヒドイなー。ボクはコーン。先月まで、移民街で暮らしていたんだよ。出身は南米なんだ。と言っても、山の中の超田舎だけれど」
コーンは、心中で彼等に疑念を持っている事を悟られぬように、明るく自己紹介的な事を言った。
「ふーん、移民から乗組員へなんて、大出世だな、兄ちゃん。で、オレ達のシャルに、なに手ぇ出してんだよ、ロリコンブラジル人」
どこでそんな言葉を覚えたのだろう。歳には似合わない物言いをする。
「ダメだよ、ゲッツ。この人は保安部の職員だよ。ほら、制服にマークが付いている。……すみません、友達が失礼な事を言って。ぼくは、リョウマ・サナダ。皆は、リョウって呼んでくれます」
皆の後ろの方に居た真面目そうな男の子が、丁寧に対応した。
だが、コーンは、先の男の子の名前が気になっていた。
「えっと、キミ……、ゲッツっていうんだ。変わってるね」
そう、ゲッツとは、以前にギャラクシー77を襲った宇宙海賊の一人と同じ名前だ。だから、そういうふうに話し掛ける事で、コーンは彼にカマをかけてみたのだ。
「何だよ、ロリコンの分際で。オレの名前にケチつけんなよ」
案の定、ゲッツは噛み付いてきた。
「もう、ゲッツ。ごめんなさい、お兄さん。この子は、本当は『ゲイボルグ』って言うんですが、言いにくいからっていう理由で、皆には『ゲッツ』って呼ばせているんです」
「リョウ、余計な事を言うなよ。いつだって、オレはゲッツだったんだ。ゲイボルグよりカッコイイからな」
フンッと鼻を鳴らして、ゲッツが応えた。
「ふーん。そうなんだ。昔からゲッツって呼ばれてたんだ。ご両親も、そう呼んでたの?」
コーンは、それとなく核心に触れるような質問をした。
「何だよ、兄ちゃん。親父なんて、とっくの昔に死んじまってるよ。あんまし昔過ぎて、もう忘れちまったぜ」
「あ、あのう……。ボク達、皆、親は居ないんです」
「そうさ。親なんて要らねぇや。仲間が居るからな」
「オレ達は、ずっと昔からの仲間なんだ。な、シャル」
「そうだよ、シオン、リョウ。ボク達は血より濃い繋がりを持った仲間なんだ。んんー、……そうだ。お兄さんも、ボク達の仲間にしてあげようか?」
まだコーンの上にまたがっているシャルが、彼を見下ろすようにしながらそう言った。
明るい声だったが、コーンは、何故か、この小さな女の子に威圧感を感じていた。
(何だ、これは。姿も全然違う。この子は未だ子供だし、何より女の子だ。アイツである訳がない。……でも、何だろう、この威圧感は。どうして、この子がアイツと重なって見えるんだ……)
「なんで? ボクは、もう移民じゃないし、正式に保安部の仕事もしてるんだよ」
コーンはシャルを見上げながら、問い返した。
「フフ……」
コーンの胸の上で、少女は意味深な笑みを浮かべた。
「だって……、お兄さんには資格があるじゃない」
(資格? 資格って何だ。移民だったってこと? それとも、ボクとこの子達に、他に何か共通する事が有るって言うのか?)
彼女の言葉に不安をつのらせたものの、コーンは冷静になろうと努力していた。
しかし、彼は宇宙船の床に横たわったまま、うまく身動きが取れないでいた。まるで、胸の上から大きな力で押さえつけられているように。
少女を見上げるコーンの頬を、塩分を含んだ水滴が伝っていた。
(なんで? 動けない。この女の子程度の質量なんて、大した事無い筈なのに)
──押え込み
柔能く剛を制す柔術の技の一つだ。
どんな大男でも重心を捉えて押さえ込まれると、身動きが取れなくなる。自分よりも大きな敵を、最小限の力で捕縛するための技である。
今、シャルと呼ばれる少女は、コーンの重心を巧みに押え込んでいた。しかも、それだけではない。コーンを見る目付き、話し掛ける言葉や口調。そして身振りや表情で、彼女はコーンの無意識に働きかけ、暗示をかけていたのだ。
──オマエはもう動けないと
「シャル。キミの言っている意味が、よく分からないんだけれど……」
気取られぬようにしながら言ったつもりだったが、彼の笑顔は引きつっていた。そんなコーンの様子を見て、クスクスと笑った少女は、左手の袖をまくりながらこう言ったのだ。
「ほら、コレ。お兄さんも、おんなじの着けてるじゃない」
コーンに見せたその左手首には、赤銅色に鈍く光る金属帯が巻かれていた。
「え! それって……」
コーンはそこまで言って、言葉に詰まった。
「クスクス」
「フフフ」
「クックック」
「ヒヒヒヒ」
起き上がる事の出来ないコーンを取り囲んで、子供達は嘲笑うかのように彼を見下ろしていた。そんな子供達の首や上腕、手首にも、シャルと同じ金属帯が巻かれていた。
それは、コーンが左腕に装着させられた『ESP制御バンド』と同じ物であった。




