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ESPエンジン(3)

 結局、茉莉香(まりか)は服を着替えたきり、ベッドでダラダラしていた。

 宿題は健人(けんと)がしてくれたし、明日の授業の予習とか、面倒臭かったからだ。


 しばらくゴロゴロしていると、玄関のチャイムが鳴った。茉莉香は、多機能端末を、ホームシステムに連動させた。小さな画面に、玄関のピンホールカメラが捕らえた映像が映る。


 彼女は、ベッドの上から端末を通じて健人に話しかけた。

「なぁーんだ、誰かと思ったら、健人じゃん。どしたのさぁ」

<母さんがシチューを作ったから、持ってけって。お前じゃ、どうせまともな食事作んないだろうから>

 少年の声が端末から聞こえた。

「ああっ、そうっ。じゃぁ、鍵開けるから入って来て」

<了解>

 と、健人が応えた時、茉莉香は端末の画面に指を滑らせた。同時にドアのロックが外れる。

 ガチャリと音がして、健人が家の中に入ってくる気配があった。茉莉香は、自分の部屋から出ると、そのまんまの格好で玄関へ向かった。

「サンキュー、健人。そろそろご飯にしようと思ってたとこなんだ」

「何が、そろそろだよ。飯作るなんて、茉莉香がするはず無いじゃないか」

「何よ。あたしだって作るときあるわよ」

「どうだか」

 と、健人は茉莉香と会話をしながら、ダイニングへ入った。勝手知ったる茉莉香の家である。シチューの入った鍋をコンロに置くと、茉莉香の方を振り返る。

「お皿出すねぇ。健人も食べてくでしょう」

 食器棚からシチュー用の皿を二つ取り出すと、茉莉香はテーブルに並べた。その時、大きめのティーシャツがはだけて、彼女の肩は露わになり、布の内側も健人に見えそうになった。

「おい、茉莉香。少しは着るものに気を使えよ。胸、見えそうだぞ」

 健人が、顔を赤くして、そう忠告した。

 彼の言う通り、茉莉香の着ているティーシャツは、彼女が着るには遥かに大きいLLサイズだった。丈も長く、膝から下くらいしか見えないので、短パンを履いてはいるものの、ちょっと見にはシャツの下には何も着ていないようにも見える。

「何を気にしてんのよ、健人。あたしの胸なんて、飽きるほど見たでしょう。それとも、もっと見たい?」

 と、茉莉香は、悪戯っ子のような顔をして健人に迫った。

「いいよ、そんなもん見なくても」

 健人は顔を赤らめて、そっぽを向いた。

「無理しないで良いんだよぉ。ホラホラ、谷間だよう」

 茉莉香は両の手で胸を寄せると、健人に見せつけた。

「止めろよ。いいよ、見せなくても。こら止めろ、う、うわっ」

 茉莉香のおふざけが過ぎて、二人は折り重なってダイニングの床に倒れ込んだ。


 茉莉香は下。ティーシャツの胸元がはだけて、今にも見えそうだった。

 健人は上。茉莉香に馬乗りになった状態だ。


 健人は、ゴクリと唾を飲み込んだ。下に寝そべっている茉莉香は、いつに無く真剣な眼差しで見上げていた。首のメタルバンドが赤銅色に鈍く光っていて、健人はそれを綺麗だと感じた。

「あ、あーと、えと……」

 健人は、この事態に戸惑っていた。


(普通、マンガやアニメだと、ここで誰か来て「何やってんの」で、オチがつくはずなんだが。誰も来るわけ無いよな。こんなの、ESPエンジンは助けてくれる訳ないし。どうしよう)


 少年の背中をイヤな汗が伝っていた。

 ESPエンジンは様々なことをしてくれるが、こんな時には頼りにならない。健人は、無防備な茉莉香に対して、どうして良いか分からなかった。

 そのうち、我知らず、健人は自分の顔を茉莉香のそれに重ねようと、頭を下げていた。茉莉香は、健人の顔が近づいてくると、そっと目を閉じた。


(いいのか? しちゃっていいのか? いいんだよな。拒まれてないし……同意の上だよな)


 妙な考えが、健人の頭の中でグルグル回っていた。そして、二人の唇が重なろうとした時、<ガチャ>っと音がして、玄関の方から声がした。

「ただいまぁ。ごめんね、遅くなって。もっと早く帰るつもりだったんだけど」


(えっ。おばさん? もう帰ってきたのか。この場合、どうすれば……)


 健人は混乱してしまって、どうしたら良いのか分からなくなっていた。

「あら、二人共何してるの?」

 そうするうちに、茉莉香の母がダイニングにやって来てしまった。

「あ、あーと、えと、おばさん、これはですねぇ……」

 健人が、しどろもどろに応える。

 茉莉香の母は、肩をすくめると、

「もう、二人共、お年頃ってのは分かるけれど、そういう事は自分の部屋でしなさい。ダイニングだと背中が痛いでしょ。お尻の皮とかが剥けても、知らないわよ」

 と、大人の対応をした。

「あー、えーと。……そんなんじゃなくて」

 健人は何とか取り繕うとしていた。すると、茉莉香の母は、クスッと笑うと、

「解ってるわよ。茉莉香にからかわれたんでしょ。ほら、茉莉香も寝そべってないで、起きなさい。お肉買ってきたのよ。すぐに焼きますからね。健人くんも食べていくわよね。……あら、このお鍋は?」

 母は、キッチンの上のシチュー鍋を見てそう言った。

「健人が持ってきてくれたの。健人のおばさん、あたしを一人にしとくのが心配だったみたい」

 茉莉香は、健人の下から這い出すと、そう言った。

「え? そうなのか? 俺、全然聞いてないよ」

 床に座り込んだままの健人は、キョトンとしていた。

「もう、本当に、男の子って鈍感なんだから」

 と、茉莉香はムッツリして、母親の隣に並ぶと、夕食の準備を手伝い始めた。すると母は、

「茉莉香ぁ、健人くんを誘惑しようとしたのは分かるけど、もっとましな服があったでしょう」

 と、彼女を軽く嗜めた。茉莉香は少し俯くと、

「学校で『ジャンプ酔い』になったから、ゆったりした服にしたかったの……」

 と、小さな声で応えた。

 母は、一瞬、動揺した顔をしたが、

「あーと、そうだったわね。『ジャンプ酔い』になったんだっけ。ごめんね。もっと早く帰るつもりだったんだけど、仕事が押しちゃって。ごめんね、茉莉香。今、しんどくない? どっか、気持ち悪いとか」

 と、バツが悪そうに、母は茉莉香に話しかけた。彼女は、

「大丈夫。ちょっと貧血になりかけただけだから」

 と、応えたものの、俯いたままで、母と目を合わそうとはしなかった。


 そして、多少気不味いながら、夕食の準備が整った。

 今晩の食事は、ステーキとシーザーサラダ、茹でたジャガイモ、そして健人の持ってきたシチューが加わる。母と二人暮らしの茉莉香の家庭では、珍しく豪勢な食卓だった。

「では、いただきましょう」

 茉莉香の母がそう言うと、二人は、

『いただきます』

 と言って、フォークとナイフを握った。

 滅多にステーキなどは作らないが、さすが食堂で働いているだけあって、茉莉香の母の焼いた肉は、特製のソースの味も良く、健人も茉莉香も喜んで食べていた。

「良かった。それだけ食欲があれば、大丈夫よね。学校から連絡が来た時は、お母さん本当に驚いちゃった。『ジャンプ酔い』って言われても、どんな症状だか見当もつかなかったから」

 母は、茉莉香の食べる様子を見て、そう言った。

「何か、目の奥がキラキラして、フラってなっちゃったの。保健の先生は、貧血だって言ってた」

 茉莉香は、一旦フォークを置くと、そう応えた。

「そうなんですよ。俺も、茉莉香がいきなり倒れたから、びっくりしちゃって」

 健人が肉を頬張りながら、付け加えた。

「ありがとうね、健人くん。健人くんが、茉莉香を介抱してくれたんですって?」

「え、あ、あと……。まぁ、隣の席だったから。先生に言われて、保健室に連れて行っただけなんです。大した事はしてません」

 実際、健人は「ほとんど何も出来なかった」と思っていた。それが、何故か悔しかった。


 そうやって三人で夕食を囲んでいる時、メッセージの着信を告げる振動音が聞こえた。

「え? あたし? メールかなぁ」

 茉莉香は多機能端末を引っ張り出すと、メッセージに目を通した。

「何だ? こんな時間にメールしてくる奴なんて、いるのか?」

 健人は、少しイラッとして、茉莉香にそう言った。

「えーと、『保健衛生センター』からだって。『明日、センターに来て下さい』って。何だろう。ヤダなぁ」

 茉莉香は、メールの内容に何かしらの気持ち悪さを感じていた。

「あら、お母さんにもメールだわ。二通も。えーと、一つは『保健衛生センター』から。『茉莉香に付き添って来て欲しい』だって。もう一つは、お店からだわ。明日は特別休暇ですって。保健衛生センターから、連絡が来たそうよ」

 と、母も自分に来たメッセージを要約して話した。

「茉莉香が『ジャンプ酔い』なんて珍しい症状だったから、センターの方で精密検査をしたいらしいわ。要求レベルが『Bランク』だから、センターに行かなかった時には、ペナルティーが出るわね」

「要求レベルBって、ほとんど強制じゃないですか。茉莉香、大丈夫か。ホントは今、苦しいとか、気持ち悪いとか、無いか?」

 メッセージの内容に驚いた健人は、茉莉香の方を凝視した。

「気持ち悪いのは、健人のその態度よ。……あーあ、ヤダなぁ。でも、仕方ないか。健人、悪いけど、明日学校に行ったら、担任の先生に休むって言っといて。お願い」

「お、おう、分かった」

 茉莉香が頼むと、健人は二つ返事で承諾した。


(でも、何されるんだろう? ヤダなぁ)


 茉莉香の胸中には、一抹の不安が渦巻いていた。




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