束の間の休息?(4)
<ザッ……ワイヤー、届いてるか……ザザッ……>
<……フック、取り付け完了……ザ……巻き取って下さ……ザッ……テンション、気をつ……>
<何だ、よく聞こえな……、エッジに注意しろ。宇宙服を破くなよ>
ここは、通常空間に『緊急ジャンプ』を終えたギャラクシー77の甲板上である。船外作業員が、破損して動かなくなった機動砲台を固定する作業を行っていた。
未だ、サルガッソ宙域で帯びた核プラズマイオンが船体に纏わり付いているのか、無線にはノイズが乗っている。異様な戦闘の直後で、不安を抱えている作業員達には、この雑音も精神的負担になっていた。
<こいつ……っておくんですかい……ザッ>
本体の亀裂から、内部の精密機器が覗く艦上迎撃機動砲座──デバッガの傍らの作業員が、作業長らしき者に質問していた。
自立型の戦闘AIを搭載し、『普通の人間』の反射速度を遥かに上回る機動をするデバッガが三機ほど、装甲を引き裂かれて、哀れなその姿を甲板上に晒している。
<こんなこ……ザッザ……素手で出来るヤツが居るんで……ザッ……ってられないっすよ>
<ぼやく……ては、超能力者なんだ。俺たちみた……げんと、同じと思うな……ザッ>
<バケモンすよね。ザッザザ……ジッ……イツも、電子脳ユニットを回収しとけ……すね……>
<ザッ……軍の技術将校が見張っ……からな。シリアルが打ち込んであるらし……ザザッザッ……んどうに巻き込まれたくなけりゃ、言われた通りにするしかな……ザッ……けろ>
<了解。あーあ、割に合わんすわぁ……ジジッ>
<……ら、とっとと終わらせ……ザザッ……ってるからな>
作業長の指示で、作業員は本体の破壊孔に右手を突っ込むと、部品の一部を取り出そうとしていた。
<……亀裂に気を……ーツを破くなよ>
<……かってますって>
作業員は文句を言いながらも、破壊された装甲の亀裂で宇宙服を破かないように、慎重に部品の一部を取り外した。
先の戦闘は、今まで経験の無かった、本格的な対エスパー戦であった。しかも、虎の子の試作ESPエンジン対応兵器を投入していたのだ。軍としては、些細なものであっても、データは持ち帰りたいところだろう。たとえ事実上の負け戦であっても……。
船外で、そんな事が行われている中、船内のとある部屋では、一組の男女が対話を続けていた。
執務机に座っている年配の男は、今回の作戦参謀のオルテガ中佐。一方、その脇に立っている女性は、エリザベス・ハウゼン少尉。女性用のタイトなスカートの軍服に軍帽、手袋をしている。スカートから覗く細い足には、気密加工された艶光する黒のストッキングを纏っていた。
「……と言う事で、参謀殿には『銀河十字勲章』が授与されます。階級も大佐に昇進し、地球帰還後は参謀司令本部付の第四情報部に転属となります」
薄暗い室内に、落ち着いたハウゼン少尉の言葉が流れた。
それを聞いているオルテガ中佐は、緊張した面持ちであった。
──勲章授与、大佐への昇進、本部への転属と云う栄誉であるのに、どうしてそんな顔をするのか
「月の情報部か……」
呟くような参謀の言葉に、少尉は、
「そうです。そこで、今回の戦闘の経験を活かして、対E戦特務兵器の開発を担当していただきます」
と、続けた。
「そこに何年居られる? 一年か? 二年か? どうせ、すぐに退役させられるのだろう。……何が本星に転属だ。窓際の閑職に追い込んでおいて。……これでは、事実上の左遷ではないか」
そう言って首を項垂れる彼は、今日一日で、ぐっと老け込んでしまったように見えた。
「何をおっしゃいます。中佐殿は……、いえ、もうすぐ大佐殿ですね。アナタは銀河広域指名手配の宇宙海賊を殲滅した英雄なのですよ。もっと胸を張って下さい」
ニッコリと微笑むハウゼン少尉の目は、笑っていなかった。
──氷のベス
彼女の二つ名を、オルテガ参謀は思い出していた。
そんな思いを振り払うように、彼は首を何度も横に振ると、
「分かっている。安心しろ。少なくともメディアの前では、参謀らしく振る舞ってやるさ。これでも、無駄に辺境の太陽系でもがいていた訳ではない」
と、吐き捨てるように応えた。
「アナタのような、優秀な作戦参謀の采配を、間近で拝見できて光栄に思います」
女性士官は、そう言って形だけの敬意を表すと、参謀に小さな黒塗りのメモリチップを差し出した。
彼は、それを不信気に見つめると、上目遣いでハウゼン少尉を見上げた。
「記者会見の原稿です。それと、想定問答集を作成してあります。ご活用下さい」
彼女は、そう言って参謀の手を取ると、メモリチップを握らせた。
船外活動にも対応できる特殊加工の手袋をしているというのに、彼は、その手のあまりの冷たさに、身体の芯までが凍り付くように思えた。
「手際がいいな。ふんっ。分かっておるわ。隠居させられるまでは、せいぜい『英雄』らしくさせてもらおう。そっちこそ、人形の操り糸をしっかりと握っておく事だな」
参謀は、彼女の手を無理矢理振り解くと、強がってそう言い放っていた。
その時、執務机のコンソールが光ると、電子音が室内に響いた。
「何だ?」
中佐がスウィッチを押して、インターホンにそう話しかけた。
「権田です」
返ってきたのは、船長の声だった。
「……そうか。後で話があると言っていたのだったな」
彼は、そう呟くと、傍らのハウゼン少尉をチラと見上げた。
彼女はニッコリと笑って、軽く頷いた。
中佐は、再びインターホンに向かうと、
「よろしい。入ってくれ」
と言った。すると、入り口のドアが、シュンと小さな音を立ててスライドした。その向こうに立っていた船長は、軽く会釈をすると、室内に踏み込んだ。その背中で、スライドドアが閉まる。
「お待たせしました。この宙域の安全確認と被害状況の把握に、少々時間を取られまして」
船長は、言い訳がましい事を言うと、オルテガ参謀の座っている机に近付いた。
「面倒をかけたな。座って楽にしてくれ。……少尉」
参謀はそう言って、側に立っている女性士官に目をやった。
彼女はコクリと頷くと、部屋に設えてある椅子を持って来て、船長に薦めた。
「ありがとう」
船長は、短くそう言うと、ゆっくりと椅子に座った。
「少尉。君も座り給え」
オルテガ参謀は、立っているハウゼン少尉にも椅子を薦めた。
これ以上、あの目で見下されるのに耐えられなかったからだ。
「では、失礼します」
少尉はそう言うと、自分用の椅子を持ってきて、執務机から少し離れたところに置いて、腰を下ろした。
オルテガ参謀は、改めて机の上で両手を握りしめると、次のように話の口火を切った。
「権田船長。今回はご苦労だったね。お陰で、『宇宙海賊を殲滅する』という目的は見事に達成された。軍を代表して、礼を言わせてもらう」
船長はそれを聞いて、「エッ」という顔をした。
「オルテガ参謀、確かに海賊を倒す事は出来ましたが、シャーロットの脳神経の確保が……」
彼は参謀の言葉に困惑して、現状を再確認しようとそう言いかけた。しかし、それを最後まで言い切る事は出来なかった。
「作戦は成功したのだ。そうだな、少尉」
オルテガ参謀の強い言葉は、船長を圧倒した。
「はい、参謀」
彼女はそう言うと、持っていたタブレット端末を操作した。照明をおとしてある室内で、端末のバックライトが少尉の端正な顔をほのかに照らしていた。
「第一目標、海賊船長シャーロット。彼は、ギャラクシー77への侵入を許したものの、パイロット──マリカ・タチバナにより捕縛。その後、対E特殊部隊による銃撃で死亡が確認されています。第二目標の宇宙海賊船、および搭載されていると思しき『疑似ESPエンジン』。これは、軍の試作ESPエンジン対応兵器により大破。その後、サルガッソ宙域の熱核プラズマイオン流により崩壊・消滅。搭載されていたと思われる『疑似ESPエンジン』も同様に破壊されたものと推測されます。そして、第三目標である宇宙海賊構成員。彼等は、海賊船長シャーロットと共にギャラクシー77に侵入。対E特殊部隊との戦闘の末、死亡が確認されました。たとえ、海賊船に残った一味がいたとしても、サルガッソのプラズマの中では生存は望めますまい。これらは、映像を含む各種データにより、確かであると証拠付けられています」
不気味なほど薄暗い室内に、ハスキーな女性の声が淡々と響き渡った。
「し、しかし、当初の目的は……」
「作戦は成功したのだ!」
またも、参謀の声が、船長の疑問をかき消した。
「何らかの不正な方法でESPエンジン、またはその紛い物を入手し、外洋宙域で恒星間移民船ギャラクシー77を襲った宇宙海賊は、第四十八太陽系守備隊が、サルガッソ宙域での猛攻の末、撃破・殲滅に成功した。これが全てだ。よろしいな」
参謀の言葉は、有無を言わせぬものがあった。その威圧的な態度に、船長も押し黙るしかなかった。
(つまり、そう言う事か。外洋宙域でギャラクシー77が襲われた事は、もう知られている。だが、超光速航法『ジャンプ』が、超能力によるものであるとは公表する事は出来ない。飽くまでも、宇宙海賊は『ESPエンジンのような物』を所有していた事にする必要がある。そして、当初の目的が、宇宙海賊シャーロットの脳神経確保である事も極秘。であれば……)
船長は、ひとしきり思いを巡らせると、椅子の背もたれに深く身を預けた。
「……なる程。そういう事ですね」
船長が、深呼吸した息を吐くように、そう言った。
「そうだ。たかが『賊』如きが、『宇宙軍』を超えるような戦力を持っている筈がない。『財団』を差し置いて、『本物のESPエンジン』を自由に使いこなせる筈もない。我軍が財団と協力して、不埒な賊を撃退したのだ。残念ながら、賊の持っていたであろう『ESPエンジンらしき物』を回収することは叶わなかったが、どうせ不正な手段で手に入れたものだろう。財団の技術力の足元にも及ばない代物に違いない。不正使用される前に処理できて正解だった。そうだね」
わざわざ『模範解答』を示してくれるような、参謀の言葉だった。
(そうか……。軍の威信にかけて、『作戦が失敗した』とは、口が裂けても言えんだろうな。財団も、『ESPエンジンの真実』が世間に知れるのは、良しとしないだろう。であれば、参謀の言う通り、『当初の目的通りに宇宙海賊殲滅作戦が実行され、成功裏に終わった』と言うのが落としどころか)
船長は胸の内で、参謀達の言わんとしたところを汲み取った。
「五時間後に、記者会見を行います。メディアへの手配は、私が行います。銀河超空間ネットワークを通じての、生配信となります。くれぐれも、言動には細心の注意をするようお願いします」
ハウゼン少尉の事務的な声が、室内に響いた。
「三時間後に、ブリーフィングを行います。船長、ギャラクシー77のメインスタッフを招集して下さい。これが、記者会見の出席者リストです」
少尉が端末を操作すると、壁の一部が明滅し、ディスプレイとなった。そこに、何人かの乗組員の名前が羅列されていた。
それをジッと見つめていた船長は、ある名前を認めて眉を顰めた。
「橘茉莉香。茉莉香ちゃんも同席させるのか。無茶だ。あの娘は、未だ十六の子供なんだぞ」
そう、名簿には、茉莉香の名前もリストアップされていたのだ。
「問題ありません。ただ座っているだけで構わないのです。答弁は、こちらで行います」
女性士官は、落ち着き払ってそう応えた。
「であれば、尚の事、出席させる理由がない」
茉莉香の事を心配して、記者会見への出席を危惧する船長だったが、少尉は容赦なかった。
「ミス・タチバナは、幼くしてパイロットに就任し、なおかつ宇宙海賊を恐れずに立ち向かったのです。彼女には、『彗星章』の授与が決定しています」
その言葉に、船長は尚も食い下がった。
「勲章ですって。未だ幼い少女をカメラの前に引っ張り出して、神輿に担ぎ上げるなんて。彼女が望んでいるのは、勲章でも、名声でもない。落ち着いた……、静かな生活だ」
そんな船長の言葉にも、少尉は顔色一つ変えなかった。
「伝説には伝説で以って対処しなければなりません。『ESPエンジンを携えて、軍と財団の横暴に真っ向から対抗する宇宙海賊』の伝説は、今、ここで、葬り去らなければなりません。そのためには、カウンターとなる伝説──ヒーロー・ヒロインが必要です。ミス・タチバナには、充分な資格があると判断されます」
そんなハウゼン少尉に、
「それは、身勝手なオトナの都合だ。そんな重い物を、茉莉香ちゃんに背負わせてどうするんだ」
と、船長は悲痛な声で対抗した。
「それが何か? 我々はオトナなのです。オママゴトでもしているつもりでしたか? 因みに、船長以下、ギャラクシー77の主だったスタッフにも、『熱き太陽章』と『蒼き月章』が授与されます。ホログラムではありますが、太陽系連合大統領と北銀河方面守備艦隊提督も出席されます。会見の場は、叙勲式の会場でもあるのですよ」
そう淡々と告げる少尉に、船長は椅子から立ち上がると、
「勲章が欲しくて作戦に手を貸した訳ではない。私は船長の責務として、この船を守らなければならなかったのだ。海賊から、船を、『ESPエンジン』を……」
彼は、そこまで言って、力なく椅子に座り込んだ。
「……そうだ、そうだな。全ては、我々オトナのしでかした事だ。だが、彼女は──茉莉香ちゃんは……」
船長は、それから次の言葉に繋ぐことが出来なかった。
「船長、私も分かっているつもりだ。私は、第七十七太陽系で下船したら、本星への転属が決まっている」
参謀のその言葉を聞いて、船長は顔をゆっくりと上げた。
「転属? 本星って、地球へですか。……まさか」
そう言う船長の顔は、少し蒼ざめているように見えた。
「そのまさかだよ。取り敢えずは窓際族さ。そのうちに、ほとぼりが冷めたら、退役させられるか、僻地へ飛ばされるか……だな。その代わり、君達──ギャラクシー77の乗組員には、なるべくペナルティーが課せられないよう最善を尽くすことを約束しよう」
オルテガ参謀の言葉は、船長には意外だった。
「なんて顔をしている。私にも『意地』と云う物があるからね。まぁ、あまり期待されても困るが……」
そんな参謀に何を感じたのか、船長は、
「そうですか……」
とだけ言って、黙り込んだ。
「ところで、第七十七太陽系まで、後どのくらいかな?」
オルテガ参謀は、表情を和らげると、船長にそう訊いてきた。
「そうですね……、少し遠回りをしましたので……。あと三ヶ月くらいでしょうか……」
船長は、しばし考えてから、そう返事をした。
「そうか、三ヶ月か……。その間、厄介になるが、士官や兵士共々、宜しく頼む」
参謀は、そう言って深々と頭を下げた。
「そ、そんなに恐縮されなくても……。参謀殿にも軍の方達にも、我々は大きな恩があります。第七十七太陽系到着まで、ごゆっくりお体を休めて下さい」
船長は、若干、気の毒な顔をしながらそう言った。
そんな二人の男性を見つめるベスの目は、正に氷のようであった。




