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束の間の休息?(1)

──乗組員の皆様にお知らせします。本船は十分後に、星間プラズマからの脱出のために『ジャンプ』を実行します。安全が確認されますまで、シェルターでお待ち下さい。繰り返します。本船は、星間プラズマからの脱出のために『ジャンプ』を実行します。安全が確認されますまで、シェルターでお待ち下さい。


 人気の途絶えた船内に、落ち着いた女性の声が響き渡った。



「くっそぉ。これでは、何のために危険を犯してまで、宇宙海賊を誘き出したか分からないではないか!」

 作戦参謀のオルテガ中佐は、ブリッジ内に設えた仮説シートの上で、地団駄を踏んでいた。

 ギャラクシー77の操船室に現れた宇宙海賊シャーロットは、オルテガ参謀達が見守る中、軍の特殊部隊によって射殺され、蒼白い焔に焼かれて塵となったのだ。

 百年に一人と云われる超能力者であるシャーロットの脳神経を確保(・・・・・・)するという『捕獲(・・)作戦』は、完全に失敗したのだ。


(せ、せめて、死体だけでも原型を留どめていれば、ヤツの脳を手に入れられたのに……)


 参謀は、頭の中で、第四十八太陽系守備隊のマッケネン指令への言い訳を考えていた。

 この作戦は、第四十八太陽系軍のみならず、銀河統合宇宙軍の威信を賭けたモノだった。しかも、成功すれば、あの『エトウ財団』に一泡吹かせる事が出来る筈だったのに。

 軍にとって、『ESPエンジンの技術』の全てを独占しているエトウ財団は、眼の上のタンコブに等しかった。光速を突破して大宇宙を航海できる宇宙船を財団に独占されたままでは、開拓した太陽系に軍団を進駐する事ですら『お伺い』を立てねばならないのだ。その上、そこに物資が届けられなければ、基地を維持することも出来ない。

 この百二十年ほどの汎銀河開拓期は、宇宙軍にとっては屈辱の連続だったと言える。今回の『シャーロット捕獲作戦』は、それを覆す絶好の機会だったのだ。


──それを台無しにした

──もう駄目だ、このままでは更迭される……、いや、懲戒すら考えられる


 自らの輝かしい戦歴に汚点を付けるどころか、地位──いや、今後の人生すら危ういかも知れないのだ。


 どうする、

    どうする、

 どうする、   どうする、

  どうする、どうする、どうする、どうする


「……閣下、どうなされました?」

 その言葉で、オルテガ参謀は我に返った。

 気が付くと、彼は、シートの肘掛けを強く握り締めたまま、振るえていたのだ。

「……あ、済まない。何だね」

 参謀は平静を装うと、顔を上げた。

 そこに居たのは、ギャラクシー77の広報課担当の一人であった。

「あ、いえ。もうすぐ、『ジャンプ』を行いますので、待機するようにと……。司令、どこか、お悪いのですか? 凄い汗ですよ」

 参謀は、頭から水でも被ったように、汗でぐしょ濡れになっていた。彼は、そんな参謀を気遣って、声をかけたのだ。

「ドクターを、お呼びしましょうか?」

 クルーからそんな言葉が出る程に、参謀の顔色は悪かった。

「ん、な、何でもない。大丈夫だ。……そうか、『ジャンプ』か。分かった、ここで待機する。展開していた部隊は、どうなったかな? 君は、何か聞いていないか?」

 参謀はそう言いながら、ポケットから取り出したハンカチで、顔の汗を拭っていた。

「ええっと。確か、取り敢えずの装備は甲板に括り付けて、人員は船内に退避したようです。私は軍の人間ではないので、よくは知らないのですが」

 広報課の彼は、少し戸惑いながらも、そう応えた。

「そ、そうか。なら、構わない。済まんな、妙な事を訊いてしまって。……作戦が終わって、さすがの私も緊張の糸が切れたのかな。ははは、歳には勝てんな。私も、そろそろ、退役を考えた方が良いかな」

 参謀は、広報課員に対して、半分冗談のような言い訳を口走っていた。

「そんな。参謀閣下ほどの歴戦の勇者が、ご冗談を。この度の作戦のお陰で、ギャラクシー77は救われました。もう、宇宙海賊の脅威に恐れを抱かなくても良いんですよ。我々にとって、これほどの朗報はありません」

 作戦の真意を完全には理解していない広報課員は、そんな事をオルテガ参謀に言った。

「ありがとう。宇宙海賊との戦いでは、ギャラクシー77にも被害を与えてしまった。私の至らなさの故だ。君にそう言ってもらえて、ホッとしたよ」

 参謀は、首を広報課員の方へ向けると、穏やかな顔でそう言った。彼も、そんな参謀を見て、笑みを取り戻したように見えた。

 その時だった。参謀は、視界の隅にこちらをジッと見つめる冷たい視線を感じた。


(あれは……、氷のベス! エリザベス・ハウゼン少尉)


 ギャラクシー77が、第四十八太陽系に寄港した時に、彼女は連絡将校として船に乗り込んでいた。

 階級こそ少尉であったが、名のある軍人達からは、彼女は『マッケネン指令の懐刀』と噂されていた。


──彼女に目を付けられて、身を滅ぼした軍人は数知れない


(そうか、彼女がいたのか。私を監視するために……)


 参謀の心に、再び不安が込み上げてきた。


(もう、お終いだ……)


 再度噴き出した汗は、氷水のように冷たかった。

 オルテガ参謀は、前に向き直ると、ぐったりとシートに身を埋めた。


(もうすぐ、『ジャンプ』か。それが終わったら、私は……)



「ブリッジ、パイロット。(たちばな)です。『緊急ジャンプ』先座標、スキャン完了。安全を確認しました。ESPエンジン、リミッター解除。出力上昇、臨界まで六百秒。航法プログラム、第七シーケンスに入って下さい」

 ここは、茉莉香の常駐している、ギャラクシー77の操船室である。

 船に乗り込んで来た宇宙海賊達は、正にここで特殊部隊に『射殺』され、『自らの超能力の暴走で塵と化した』という事になっている。

 『ジャンプ』に入ろうという今も、軍の者達が、現場にしゃがみ込んでサンプルの回収や記録を録っていた。のみならず、出入り口やトイレの前にも、警護の軍人が立っていた。

 茉莉香が、折角、少女らしく控え目の香りを漂わせたり、処々にワンポイントの飾り付けをしていたのに、硝煙と男の汗の臭いで台無しになってしまっていた。


(まぁ、仕方ないっか。『あの子達』、上手くやってるかな?)


 茉莉香は、少し憂鬱そうな顔をしていたのかも知れない。

「お嬢、大丈夫だ。もう、海賊はいないんだからな。心配事は、もう無いんだ。安心して、『ジャンプ』の事だけに集中しろ。オレもついているからさ」

 そう語りかけてくれたのは、機関長だった。「船長命令で駆け付けて来たのだ」、とは言っていたが、本当は、彼も茉莉香の事が心配だったのだ。

「うん。大丈夫。もうすぐ『ジャンプ』だから、機関長も座って」

 茉莉香は、彼に気を使わせないようにと思って、そう言った。

「いや、大丈夫だ。オレは重心が低いから、立ったままでも安全なんだ」

 機関長はそう言うと、自分のでっぷりした腹を平手で叩いて見せた。

 それを見た茉莉香は、思わずクスッと笑ってしまった。

「そうそう、今の顔。やっぱ、お嬢には笑顔が似合うな。さぁさ、気張って『ジャンプ』行こうぜ」

 機関長は、おどけた表情で、そう茉莉香に声をかけていた。そうして、コンソールのマイクを取り上げると、送信先を切り替えた。

「機関室、操船室。オレだ。エンジンの調子はどうだ」

 その問いかけに、責任者不在の機関室から機関助手の返事があった。

<操船室、こちら機関室。もう、機関長、何やってんですか。こっちは手一杯ですよ。早く戻ってきて下さいよ>

 泣きそうな機関助手の返答に、機関長は、

「船長から直々に命令があったんだよ。オレだって、機関室にいたかったさ。でも、船長命令に逆らってクビにされたく無いだろう。今回の『ジャンプ』実行シーケンスは、パイロット主導で行う。だから、お前らは、出力にだけ注意してればいい。主機関のオーバーロードと、ジャンプ直後の余剰出力の逆流に気を付けろ」

<そ、そんな事、言われても……>

 普段から、『機関長が一人くらい居なくても問題ない程に優秀』と云われている機関士達だったが、今回のようなイレギュラーな状況での機関長不在は、不安であるようだった。

「お前なら出来る。訓練通りにすれば間違いない」

 機関長は、何の根拠もない言葉で、彼を励ました。

<りょ、了解。何とかやってみます>

 機関助手は、震えがちな声で、そう返答してきた。

「おう。任せたぞ。以上」

 そう言って、機関長は唐突に通信を切った。そして、マイクをコンソールにぶつけるように置くと、パイロットシートの横に、ふてぶてしくふんぞり返った。

「もう、しょうがないなぁ、機関長さんは」

 そんな彼を、茉莉香は呆れた顔で見上げていた。

「良いんだよ。うちの機関士は優秀だから」

 彼は、いつも通りの言葉を吐くと、フンッと鼻息を鳴らした。

「はいはい、分かりました。じゃぁ、もうすぐ『ジャンプ』だから、シートの背もたれにでも掴まっててよ」

 茉莉香はそう言って、コンソールに幾つかのコマンドを打ち込むと、眼を瞑って神経を集中し始めた。

<パイロット、ブリッジ。私だ、航海長だ。ジャンプ先座標、確認した。船内の安全確保、完了している。いつでも、『ジャンプ』可能>

 ブリッジからの連絡に、茉莉香は再び眼を開くと、マイクのスウィッチを切り替えた。

「ブリッジ、パイロット。了解しました。ESPエンジン、出力臨界。『ジャンプ』、最終シーケンスに入りました。カウントダウンを開始して下さい」

 彼女の応答に、

<了解した。六十秒後に『ジャンプ』だ。カウントダウンを開始する>

 と、航海長の返事があった。

「ふぅ」

 それを聞いた茉莉香は、もう一度眼を瞑ると、精神を集中した。


──行くよ、準備は出来てる?


──問題ない、『ジャンプ』実行のタイミングはこちらで行う、トリガーはパイロットに


──分かった、大変だろうけどお願いね


 茉莉香は、『彼』と言葉を交わした。

 以前のような不安は無い。今は、『彼』の事が、手に取るように解る。


──『ジャンプ』だよ


 茉莉香は、誰に言うとでもなく、そんな思念を飛ばした。




「もうすぐ『ジャンプ』だぞ。各員、その場で待機」

 銀色の宇宙服(ハードスーツ)を着た男が、周りの仲間に声をかけた。

「あーあ。何で、移民街区なんかで待機なんだよ。保安部は損だな」

 同じく銀を纏った者が、愚痴を垂れた。

 ここは、ギャラクシー77の最外層──移民達を収容しているエリアだ。通称『移民街区』と呼ばれている。

 彼等──保安部員達は、宇宙海賊の侵入に備えて、ここで防衛線を張っていたのである。未だ、撤収命令は出ていない。

 そんな時、近くの倉庫の入り口から、話し声が聞こえてきた。


「ねぇ、シャル。『ジャンプ』って何?」

「ボクもよく分からないけど、空間を越えて転移するらしいよ」

「そんな事して、大丈夫なのかな?」

「リョウは心配性だな。ボクと一緒に居れば、怖くないよ」

「うん。一緒に居てよね、シャル」


 それは、五・六歳くらいの子供だった。

「チッ、移民のガキか。うぜぇな。こら! そこのチビ共。邪魔になるから、あっちへ行ってろ」

 保安部の男は、移民の子供達を目障りと思った。ただでさえ、厄介事が続いていたので、これ以上、移民などに関わっていたくは無かったのだ。

「何だ? 移民か? おい、お前ら、さっさと行かないと、ぶっ放すぞ。コレが見えないのか」

 別の男も、持っていた銃で、子供達を脅した。

 それに臆したのか、移民の子供達は、そそくさとその場を離れて行った。

「やっと、追っ払えた」

「しかし……、あんな子供、ギャラクシー77に乗ってたか?」

「別に、俺達の気にする事じゃないさ。ここに居るんだから、乗船出来たんだろう。密航なんて不可能だし」

 全ての移民は、乗船時に、物資やサービスを受けるためのバーコードを、左手にプリントされる。バーコードが無ければ、水も食料も手に入らない。

 コーンの例に漏れず、他人に食事を分け与える程、移民に供給される物資は多くない。密航などしても、無事に終点まで生命(いのち)を繋ぐことなど出来ないのだ。


 しかし、彼等は知らなかった。


 宇宙海賊との戦闘で、幾人かの移民が、船外へ投げ出されたりして犠牲となった。

 そして、彼等と入れ替わるように、これまで見かけた事の無い小さな子供達(・・・・・・)が、移民街区に出現した事を。

 そして、その人数が、海賊シャーロットの一味の者達と、ピタリと一致している事を。




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