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シャーロット捕獲作戦(9)

「W12ブロック、内殻十三番隔壁、突破されました。追い切れません」


 宇宙海賊シャーロットの精鋭部隊は、着々とギャラクシー77の中枢部へと進行していた。


「第三小隊、どうした! 未だ接触出来ないか」

 オルテガ作戦参謀は、シートから乗り出すようにしながら、オペレータに問い正した。

「予想ルートではない経路を進行しているようです」

 参謀が奥歯を<ギリッ>と噛み締める音が聞こえたような気がした。

「何故だ! 隔壁には、ESPシャッターシステムが働いているんじゃ無かったのか!」

 船を護っている最外殻の装甲板ほどではないが、船内の隔壁には超能力を遮断する機構が組み込まれてある。元々は、ESPエンジンへノイズが入るのを防ぐためのものであった。それを、第四十八太陽系で改修した時に、強化したのだ。テレポートは愚か、プラズマやサイコスピアでも、容易には破壊できないはずだ。それがどうして……。

「わ、分かりました。敵は、各ブロックの制御AIをハッキングしているようです。ロックしてあるはずの隔壁を、こじ開けながら進行している模様です」

 情報担当オペレータの一人が、参謀を振り返った。

「そ、そんな……。船内管制制御を独立連動型にしてある事を逆手に取ったのか。何て奴等だ」

 オルテガ参謀は、茫然自失していた。

 シャーロットの部下であるモスという巨漢は、「電子使い」ほどではないが、AIを騙す事が出来る「スキャナー」だった。シオンのプラズマをも受け付けなかった装甲板を突破したのは、彼が非常ハッチの位置を探り、解除コードを解析したからであった。

 ホンの少しの隙間さえ作れれば、ESPシャッターに亀裂が発生する。そこを縫って、短距離テレポートで入り込んだのだ。


<ジョー、ナサニエル、大丈夫か? しばらくアイシアの『影』の中で休んでいろ>

 海賊達は、酸素が充分供給されている船内でも、テレパシーで会話をしていた。

 船内のカメラやマイクは、見つける度毎に潰しているが、どこで会話を拾われてしまうか分からない。『サルガッソ』に引き込んで、ギャラクシー77の電子兵装に混乱を与えたと言っても、相手は膨大なESP波を操るのである。舐めてかかると、何処で脚をすくわれるか分からない。


(しかし、何故だ。……嫌な予感がする。どうして、敵と遭遇しない?)


 シャーロット達は、ギャラクシー77の出方(でかた)を予測しながら移動していた。エスパーの彼等にとって、普通の人間に毛が生えたくらいの対E装備(たいエスパーそうび)に遅れを取る筈が無かった。


 その筈だ。


 そうである筈だ。


 だが、彼は、何かしらの不安を抱いていた。

 それは、ESPエンジンに組み込まれた生体脳の子孫であるからこその、予感であったのかも知れない。



「W3ブロックからV4ブロックへの隔壁が突破されました」

 宇宙海賊達は、オルテガ参謀達の予測をことごとく裏切って進行していた。


「何故だ。どうして、予測が当たらない。奴等はESPエンジンを狙っている筈では無いのか……」

 参謀は自問自答していた。限定的ではあるが『予知能力』さえ有しているESPエンジンの予測システムが尽く当たらない。どうして……。

 その時、船長が、ハッとしてシートから立ち上がった。

「しまった。海賊達の狙いは、機関室(エンジンルーム)ではない。……奴等の狙いは、操船室だ! パイロットが……茉莉香(まりか)ちゃんが危ない。……はっ、茉莉香ちゃんとの連絡はどうした」

 船長は、海賊達の目的がパイロットだと悟って、茉莉香と連絡をとろうとした。

「何だって! ESPエンジンではなく、コントロールを掌握しようというのか?」

 オルテガ参謀が、驚いて後ろを向いて船長を見やった。

「そうです。そうとしか、……思えません。茉莉香ちゃんが危ない。参謀、操船室の警護はどうなっていますか?」

 船長は、激しく動揺しながらも、冷静に状況を判断しようとしていた。

操船室(パイロットルーム)の警護は、全て対海賊任務で出払っています」

 参謀の代わりに、下士官が応えた。

「何っ。どうして、そんな処置をとった! 聞いて無いぞ」

 参謀は額に脂汗を滲ませていた。

「しかし、『全対E部隊は宇宙海賊を迎え撃て』との命令が……」

 特殊部隊の指揮担当の士官が、不満そうに意義を唱えた。

「当然だ。しかし、パイロットはギャラクシー77の生命線だ。どんな時でも、死守しなくてはならないだろう。そんな事くらい、どうして判断出来ない! 貴様、後で軍法裁判にかけるからなっ」

「……そ、そんな」

 参謀は焦りながらも、士官を叱咤した。

「今は、そんな事を詮索している時ではありません。通信士、パイロットとの連絡はどうした。茉莉香ちゃんとの通信はどうなっている」

 そんな参謀を、船長は諌めるように指示を出した。

「あっ、……大変です。パイロットとの連絡がとれません。操船室とのネットワーク回線が切断されています!」

 オペレータが、コンソールを操作しながら返答した。

「回線の復旧を急げ。パイロットの状況を確認。参謀……」

「分かっている。今動かせる部隊は?」

 参謀の判断は早かった。

「第八小隊と、第十二小隊です」

 すぐさま、担当の下士官が返事をした。

「うむ。その二個部隊を速やかに操船室へ誘導しろ。他の部隊は、操船室への進路上に展開。これ以上、宇宙海賊の好きにさせるな」

 参謀は、そう命を下すと、振り返って船長の顔を睨んだ。

「これで、よろしいか……」

 オルテガ参謀は、それだけをやっとこさ口から絞り出すと、左手で額の汗を拭った。袖口がぐっしょりと濡れて、軍服に染みを作った。

 船長は、軽く頷くと、シートに座り直した。


(おかしい。さっきまで操船室と繋がっていたデータリンクが途切れた。これも海賊の仕業か……。茉莉香ちゃん、無事でいてくれ)


 船長は、海賊達が侵入してからの一連の出来事が、どこかで一つに繋がっているような気がしてならなかった。



 船長達が訝しんでいるのと同様に、シャーロットも胸の内のどこかで違和感を感じていた。


(抵抗が少な過ぎる。それに、この先にあるのは確か……)


<船長、この先は透視出来ません>

<そうか。モス、何回も頼んで悪いが、隔壁を開いてくれ>

 シャーロットは、例のモスという巨漢を呼んだ。すぐさま、大きな影がのっそりと前に進むと、気密隔壁の表面を撫で始めた。

 しばらくモスはそうしていたが、すぐに隔壁扉から離れると、シャーロットにテレパシーで話し掛けてきた。

<船長。これは無理。あっちの隔壁なら、開けられる>


(又か……)


 シャーロットは、脳内に伝わったモスの言葉を感じて、そう思った。

 ギャラクシー77に侵入してから、こんな事に何回か遭遇している。その度に侵入経路を修正しながら、やっとここまで来たのだ。


(もしかして、誘導されているのか? それでも、今は前へ進むしか無い)


<分かった。モス、そっちの隔壁を開けてくれ>

 シャーロットにそう言われて、モスはコクンと頷くと右側の隔壁に取り付いた。そして、さっきと同じ様に扉を撫でていると、十数秒ほどで<ガコン>と音がして、気密隔壁に隙間が生じた。

<開いたよ、船長>

<よし。ご苦労、モス。皆、かたまれ。向こうにテレポートする>

 シャーロットのテレパシーが伝わると、海賊達は頷いた。その直後、彼等は陽炎が揺らめくように姿が霞むと、その場から消え去っていた。



──来るぞ、パイロット


 ここは、茉莉香のいる操船室。ESPエンジンは、宇宙海賊の来訪を察知して、彼女に伝えた。

「うん、分かってるよ。予想より、十五分くらい遅いかな。……軍隊さんの方は、どうなってるかな?」

 茉莉香がESPエンジンに尋ねた。


──心配無い、ダミー情報を信じてVブロックを移動している


「じゃぁ、邪魔は入らないよね。映像の用意は出来てるよね。じゃあ、そろそろ、やろっか」

 茉莉香は、そうESPエンジンに応えた。


 では、シャーロット達を誘導し、オルテガ参謀達を惑わせたのは、茉莉香達の考えた事だったのか? 彼女は、ESPエンジンが狙われている事を承知で、海賊達を操船室へ導いたのだと云うのか。しかし、どうして……。



「船長、操船室とのリコネクト完了。映像、出ます」

 ブリッジのオペレータがそう告げると、正面のメインパネルにウインドウが開いて、操船室の様子が映し出された。

 船長は、茉莉香の姿を認めると、マイクを手に取った。

「パイロット、茉莉香ちゃん。私だ。船長だ。無事なのか? 茉莉香ちゃん」

 彼は、茉莉香に呼びかけたが、応答は無かった。

「どうした、茉莉香ちゃん。返事をしてくれ」

 船長は嫌な予感を感じて、再度、呼びかけた。

<…………>

 しかし、操船室からの応答は無かった。

「茉莉香ちゃん! どうなってる、オペレータ」

 通信担当のオペレータは、すぐさまコンソールを操作したが、状況は改善しなかった。

「船長。どうしてか分かりませんが、音声が入りません。映像のみが送られているようです」

 オペレータの返答に、船長は次のように指示を下した。

「他のカメラに切り替えろ。マイクもだ。何とかして、パイロットとコンタクトするんだ」

「了解」

 オペレータがそう応えると、正面大パネルにいくつものウインドウが開いて、操船室の様子が様々な角度から映し出された。しかし、音声だけは、どうしても拾うことが出来なかった。

「むぅ。参謀、特殊部隊の方は、どうなっていますか?」

 船長は、茉莉香の事が気になって、オルテガ参謀に部隊の状況を尋ねた。

「今、急行させている。……くそっ、肝心な時に。第八小隊、どうなってる」

「後、五分ほどで現場に到着します」

「遅い! 全力で走らせろ。……あいつら、帰ったら全員3G環境で走り込みだ。……准尉、状況報告」

 参謀は、ヤキモキしながら報告を待っていた。

「報告。第八小隊、二分後に接触します」

「よし。他の小隊も臨戦態勢で急行させろ。現場の判断で発砲を許可する。……念の為に、二個小隊を機関室に急行させろ。分かったな」

 参謀は、今度こそ抜かりが無いように、指示を出した。

「イエッサー。直ちに配置につかせます」

 答えを聞いた参謀は、それでも納得がいかないのか、シートの肘掛けに指を這わせると、その表面を爪で擦っていた。

 そんな切羽詰まった時、操船室の映像に変化が表れた。

 なんの前触れもなく、突如、五人ほどの漆黒の戦闘服(コンバットスーツ)を着込んだ者達が出現したのだ。それぞれの胸には、白いドクロのマークが刻み込まれていた。

「宇宙海賊! 間に合わなかったのか。参謀!」

 船長は、思わず立ち上がって、そう叫んだ。参謀も中腰になりながら、状況を確認しようとしていた。

「第八小隊、どうなってる。もう、三分は経ってるぞ!」

 参謀の悲鳴のような問いかけに、下士官はレシーバーを押さえながら、小隊長に問い正しているようだった。

「参謀、報告します。第八小隊、既に現場に到着するも、『何も無い』との事です」


──何も無い……?


 どういう事であろうか。

「不明瞭な報告をするな。『何も無い』とは、どういう事だ」

 参謀の声には、怒りがこもっていた。

「……それは、……本当に何も無いんだそうです。部屋は空っぽとの事です」

 報告を受けた参謀の顔は、真っ赤になっていた。こんな失態は、初めてである。この作戦には、軍の威信がかかっているのだ。しかも、エトウ財団の者に見られているのだ。ここで失敗したら、自分は失脚してしまう。

「そんな事は有り得ないだろう! ヘッドギア・カメラの映像を出せ。モニター出来る筈だな。そんな事さえ、気が付かないのか! 状況、再確認。今すぐだっ」

 参謀の声は厳しかった。

「はっ、はい。……映像、出ます」

 メインパネルに別のウインドウが開いて、何処かの室内が映し出された。そこに映っていたのは、『何も無い』部屋。

「……そんな。どういう事だ。どうなってる」

 オルテガ参謀の言葉は、独り言のようであったが、それは船長達も同じであった。

「ビーコン、確かに操船室です。間違いありません」

 下士官の答えに反して、『海賊の表れた操船室』には第八小隊は到着していなかった。しかし、船内マップに点灯する位置情報では、彼等は操船室に居る事になっていた。

「トラップか? 海賊がネットワークに侵入している」

 船長は、そう判断した。すぐさま、船内管制担当者が反応した。

「サブシステム、セーフモードで緊急機動。抗体注入。ダミー情報を切り分けろ」

 ブリッジのオペレータ達は、忙しくコンソールを操作すると、AI群は、すぐさま『自らの成すべき事』を開始した。

 しかし、実はそれは、参謀や船長の意図した事とは違っていたのだが……。



「ようこそ、ギャラクシー77の操船室へ。えーとぉ、真ん中の人と、その隣のオジさんは、前にも会った事があるよね」

 目の前に瞬間移動(テレポート)で現れた黒ずくめの集団に、茉莉香はニッコリと笑いかけた。

「アン時の小娘か。オジさん言うな。オレは、未だ若いんだ」

 気の短いシオンは、そう怒鳴ると、茉莉香に詰め寄ろうと前へ出ようとした。

 しかし、それを止めたのはシャーロットであった。

「止めとけ、シオン。お嬢ちゃん、久し振りだな。落ち着いているところを見ると、俺達は誘い込まれた(・・・・・・)、という訳だな」

 海賊船を捨て、僅かな仲間と共に生身で乗り込んで来ただけあって、海賊船長は真実を悟ったようだった。

「誘い込まれたって……、どういう事だ、船長」

 自分の行動を邪魔されたシオンは、振り返ってシャーロットに問い掛けた。

「何もかも、このお嬢ちゃんの仕組んだ事だった、っていう事さ。だよな」

 シャーロットは冷静ではあったが、その顔は苦虫を噛み潰したようであった。強大な超能力(ちから)を持っている筈の自分が、こんな年端のいかない小娘に、いいようにされたのである。

「そーだよ。でも、これは『彼』の希望でもあったんだ」

 茉莉香は、何の恐れも無い様子で、そう海賊達に語った。

「ふーん。『彼』か。祖父さんの事だな」

 シャーロットは、左手を腰に当てて上半身を少し斜めに傾けた。

「いい加減な事を、言ってるんじゃねぇ」

 シャーロットと違い、シオンは大声で怒鳴ると、右手を前に伸ばした。これ以上の屈辱は無かった。前回の事もあって、彼は茉莉香の言動に我慢出来なかったのだ。

 高エネルギーのプラズマが、シオンの手の平で燃え盛ると、次の瞬間には、それは茉莉香に向かって放たれていた。

 今度は、シャーロットも敢えて止めようとはしなかった。彼は、結果を知っていたのかも知れない。

 シオンのプラズマは、茉莉香の目の前に一直線に到達するも、何かに弾かれたかにように細かく砕かれると、そのまま消失してしまったのである。

「何っ。オレのプラズマが。そんなバカな!」

 シオンは驚愕したものの、すぐさま次の攻撃に入ろうとした。

「止めておけ。無駄だ」

 再度、シャーロットがシオンを制した。

「船長!」

 シオンが抗議の声を上げた。

 それと同時に、茉莉香の両脇に、突然、二人の海賊が現れた。彼等は茉莉香に襲いかかろうとした姿勢のまま、宙に静止していた。加速能力者(アクセルレーター)のジョーとナサニエルであった。

「悪いな、お嬢ちゃん。ソイツ等はマッハの速度で動けるんだ。オレにも止めようが無かったんだよ。済まんが、オレに免じて生命だけは助けてくれないかい」

 シャーロットの言葉は落ち着いていたが、その顔は苦渋に満ちていた。

「分かってるよ」

 たかが十六の小娘は、そう大人びた口を利くと、首を横へコクンと傾けた。その瞬間、茉莉香の左右の二人は影のように消えた。そして次の瞬間には、彼等はシャーロットの両脇の空間に現れた。

 人工の重力加速度が作用して、ジョーとナサニエルは、ドスンと床に尻餅をついた。

「くっ」

「ってー」

 屈強な海賊が二人、思わず苦鳴を漏らした。

「何だぁ、何が起こっているんだぁ」

 ひとつ頭が抜きんでいる巨漢──モスがトボケた言葉を発した。と同時に、新たに数人の海賊が、シャーロット達の周りに出現したのだ。

「そうか。アイシアの『(サイコポッド)』も無効化されたのか。ふっ、降参だ。祖父さんの超能力(ちから)を使われちゃ、オレ達には手も足も出ねぇ」

 FFP──フォース・フィードバック・フェノメノン。今の茉莉香には、ESPエンジンの膨大な超能力が満ち溢れているのだ。


「シャーロットさん。『彼』の伝言を伝えるね」

 茉莉香は首を元に戻すと、少し真面目な顔をして、そう言った。

「伝言? 祖父さんのか」

 シャーロットも腰に当てた手を戻すと、茉莉香に尋ねた。

「そうだよ。えーと、ちょっとシンドイかも知れないけど、ガマンしてね。他人にイメージを送るのは、初めてなんだ」

 茉莉香がそう言った途端、シャーロット達の脳内で情報が爆発した。海賊達の何人かは、ショックで蹲ってしまった程であった。

 シャーロットでさえ、思わず両手で頭を押さえた。

「そうか……そういう事か。……だが、そりゃないぜ、祖父さん」

 そう言うシャーロットの眼には、熱い涙が溢れそうになっていた。


──我が子らよ、健やかに育ってくれた、立派になったものだな、ワシは嬉しいぞ


──ワシの下に来るまで苦労をかけたな、その気持ちだけで充分じゃ


──見えるか、これが今のワシじゃ


──こんな姿になってはもう後戻りは出来ん、『ワシの脳ミソ』はとうに十メートルを越えておる


──ワシの細胞から身体をクローン再生でもしようと思っていたのじゃろう、じゃがこのサイズでは頭蓋骨には納まらんのう


──一緒に居てやれんかったワシを許しておくれ


──我が子らよ、その思いだけでワシは充分幸せなんじゃ


──今ではこの金属の塊がワシの身体(からだ)じゃ


──願わくば、これからも健やかなる事を……


 シャーロットの脳内に弾けたイメージを言葉に翻訳すると、こんな感じででもあったろうか。

 しかし、そのイメージに内包されている『感情』のようなモノは、言葉では語り尽くせるモノでは無かった。そこには、幸せが満ち溢れていた。

 ESPエンジンとなった『彼』は、何百万人、何千万人もの人々をその胎内に抱え、銀河を旅して来たのだ。百年以上の年月(としつき)、『彼』は数え切れない生命(いのち)を受け入れ、繋ぎ留め、開放していった。

 それは、『彼』にとって至福の時間であった。そして、これからも。


──我が子らよ、ワシがオマエ達にしてやれる事は些細な事に過ぎない


──だがそれを新たな機会(チャンス)とするのじゃ


──生きる事、生きて幸せになる事、それをこそ望む


「ゴメン。分かってね。『彼』も辛いの。でも、決して不幸じゃなかったんだよ」

 茉莉香は、諭すようにシャーロットに語りかけた。

「分かってるよ。だが、コイツ等はオレの私怨に巻き込まれただけなんだ。後生だから、助けてやってくれないか。このままじゃ、軍に捕まって、終身刑だ」

 シャーロットは覚悟を決めていた。

「大丈夫。心配しないで。軍には絶対に手出しさせないから」

 茉莉香の声は真剣だった。

「そうか。良かった」

 彼女の言葉を聞いて、ようやくシャーロットも安堵したようだった。

「ところで、ひとつ訊いて良い。どうしてアナタは、『シャーロット』なんて女の子(・・・)みたいな名前なの?」

 茉莉香は、そんなトンデモナイ質問をした。膨大なESPエンジンの超能力(ちから)が無ければ、凶暴な海賊船長に殴り殺されているところだ。

 しかし、宇宙海賊は、フッと微かな笑みを浮かべた。

「訊きたいか?」

 そう言うシャーロットに、尚も少女は尋ねた。

「うん、訊きたい。大事な事なの」

 それを聞いた『シャーロット』は、こう応えたのだ。

「大した理由じゃないさ。オレは『女』として生まれたからさ。『女の身体』で海賊稼業なんて商売をするのは、ちぃっとキツくてな。超能力(ちから)を使って、少しばかり頑丈にしただけさ」

 なんと! 逞しい偉丈夫の海賊船長が、実は『女』だったとは。しかし、それを聞いた茉莉香は驚かなかった。

「やっぱ、そうかぁ。良かったぁ、確認しといて」

 そんな茉莉香から、シャーロットは少し顔を背けた。

「満足……か」

 少しばかり恥ずかしそうに、宇宙海賊は茉莉香に返答していた。照れているのだろう。

「うん。ありがと。じゃ、ちょっとだけ苦しいかもだけど、勘弁してね。すぐ済むから」

 茉莉香がそう言うと、操船室の海賊達を、青白い炎が包み込んだ。

 その瞬間、操船室のドアが開くと、数人の兵隊達がなだれ込んで来た。全員が、銃で武装している。

 そして、彼等は息吐く暇さえ与えずに、海賊達に向かって、いきなり発砲したのだ。

 炎に捕らわれた海賊達は、為す術も無く無数の銃弾に貫かれると、バタバタとその場に崩れていった。

 そして、彼等は蒼い炎に焼かれて、跡形もなく焼失した……。



「な、何て事だ……」

 ブリッジで一部始終(・・・・)を見ていたオルテガ参謀は、呆然としていた。

 茉莉香と海賊達の会話こそ聞こえなかったが、恐らく彼女はESPエンジンの超能力(ちから)を行使したのだろう。宇宙海賊達の攻撃をものともせず、彼等を封じたのだ。そこに丁度駆けつけた対E特殊部隊の銃撃で、宇宙海賊シャーロットの一味は、敢え無く一網打尽にされた。

 跡に残ったのは、焼け焦げた戦闘服の一部だけだった。

「くっそお。これでは、シャーロットの脳神経どころか、細胞サンプルすら回収出来んじゃないか。さ、作戦は……失敗だ……」

 オルテガ参謀は、両の拳を固く握り締めると、シートに打ち付けていた。

 その時、メインパネルに海賊船が映し出された。

「目標β、ESPバリヤが消えていきます。……消失まで五秒、四、三、二、一、ESPバリヤ、消失しました……」

 下士官の報告を聞くまでもなく、ブリッジの参謀達の目の前で、海賊船は『サルガッソ空間』のプラズマと重力に呑み込まれると、微塵に砕けて原子へと還っていった。

「目標、……消えまし……た」

 報告をする士官も、愕然としていた。

 これだけの戦力を投入しながら、肝心の宇宙海賊の頭脳どころか、細胞サンプルも、彼等の情報の一欠片(ひとかけら)すら回収できなかったのだ。

「な、何て事だっ。……フリゲートを回収しろ」

 参謀は、ようよう、そう命令するしか術が無かった。

「はぁ?」

 担当士官が、呆けた返事をした。

「聞こえなかったのか! フリゲートを回収しろ。作戦終了。撤収する」

 釈然としない怒りを胸の内に仕舞い、オルテガ参謀は作戦の終結を宣言した。

「い、イエッサー。撤収します」

 士官達は復唱すると、各部隊へ撤収の指示を行い始めた。

「はぁ……終わった……か。フリゲートの回収後に、『サルガッソ』から脱出する。航海長、パイロットに指示を」

 呆気ない終幕に納得はいかなかったが、今は無事撤収する事こそが大事だ。船長は、マイクを取ると、機関室に繋いだ。

「機関室、こちら船長だ。機関長は居るか?」

<ブリッジ、機関室。何だよ船長。オレは忙しいんだ。用なら手短にしてくれ>

 スピーカーから不貞腐れたような声が聞こえた。

「機関長、直ちに操船室へ急行してくれ」

 船長は、威厳を保ったまま、マイクにそう言った。

<何でオレなんだよ、船長。こっちは、サブの修理で手が離せないんだよ。お嬢んとこには、ゴツい兵隊さんが就いてるんだろ。オレなんかが行っても、足手まといどころか、海賊に瞬殺されるぞ>

 機関長は分を知っていた。そんな事は、船長も百も承知である。

「もう終わったんだよ。良いから、キミは茉莉香ちゃんのところへ行ってくれ。ギャラクシー77の機関士は、皆、優秀なんだろ。機関長が一人くらい居なくても、問題無いくらいに。機関長、操船室へ急行せよ。これは『命令』だ」

 船長は、念を押すように言った。

<何だよ。……了解しましたっ。直ちに操船室に急行します。以上。……ブッ>

 機関長は吐き出すようにそう返事をすると、通信を切った。

「やれやれ。これからどうしたものか……」

 船長は、仮設シートの上でワナワナと小刻みに震えている参謀を見つめながら、深い溜息を吐いた。




「キミ、どうしたの?」

 ギャラクシー77の最外層。ここは移民街区である。

 殺風景な、軽合金と強化樹脂で囲まれた空間の隅っこに、少年は踞っていた。未だ幼い。恐らく五歳か六歳くらいだろう。

「オナカが空いたんだ。もう、フラフラだよ」

 薄汚れたボロを纏った少年は、そう言って、同じ歳くらいの少女を見上げた。

 他の移民同様に薄汚れたワンピースを着た少女は、肩にかかった髪の毛を払い除けると、こう言った。

「ボクのバーコードで、食べ物がもらえるよ。一緒に行こうよ」

 そうして差し出された左手首には、鈍く光る赤銅色のメタルバンドが巻かれていた。

「ホント。食べ物、もらえるの?」

 少年は座ったまま、幼い少女の顔を眺めていた。彼の首にも、少女のモノと同様の薄い金属のネックバンドが巻かれていた。

「うん、大丈夫。だから、一緒に行こうよ」

 自信に充ちた少女の悪戯っぽい笑顔を認めて、少年は彼女の手を取った。

 ヨッコラショと言った感じで少年を立ち上がらせると、少女は彼の手を引っ張った。

「ぼくは、……ぼく、リョウマ。リョウマ・サナダっていうんだ」

 少女に着いて早歩きをしながら、少年は短い自己紹介をした。

「そっか。じゃあ、キミは『リョウ』だね」

 少女は、そう言って少年を振り返った。

「うん。『リョウ』でいいよ。キミは? キミは、何て呼べばいい?」

 少年は、少女に訊いた。

「ボク? ボクは、『シャーロット』。『シャル』でいいよ」


 大人びた笑みを浮かべて『シャーロット』と名乗った少女には、何処かで見たような面影が重なっていた……




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