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シャーロット捕獲作戦(8)

──来たぞ、パイロット、敵だ、すぐ近くに!


 ギャラクシー77のESPエンジンは、早くも宇宙海賊の接近を察知していた。

<船長、来るよ!>

 スピーカーから聞こえる茉莉香(まりか)の声に、ブリッジ内に緊張が走った。

 ギャラクシー77の船長やクルー達から聞いていたものの、本物のESP戦闘がどんなモノなのか、参謀以下、軍の者達はよく分かっていなかった。

 いや、記録は見た。軍のデーターベースで。シミュレーションも行った。何よりも、さっき、ESPエンジンから、直接、脳神経系に対E戦闘用のデータを上書(オーバーライト)されたではないか。


 だが、この言いようのない不安は何だ……。


 オルテガ参謀は、心の奥底に潜む、得体の知れない何者かに恐怖する本能のようなものを、打ち消せずにいた。


(ダメだな。参謀である自分が怯えを見せていては、勝てる(いくさ)も勝てなくなる。嘘でもいい。芝居でも構わん。平気なフリ(・・・・・)をしなくては)


 参謀は、冷汗で濡れた下着を悟られぬように、今までと同様の軍人の顔をしていた。それは、長い軍隊生活の中で身につけた、技術のようなものである。

 これまでにも、何回もこのような恐怖と戦ってきた。自室に隠れて、汚れたパンツを洗濯したことも、一度や二度ではない。

 今回も同じだ。自分自身でさえ、作戦を成功させるための駒でしかない。玉座(パイロット)に王手をかけさせないために、最善手を選び取るだけなのだ。


「ESPセンサーに感。船尾方向、W25ブロック、最外殻」


 突然の報告に、参謀は我に返った。

「応戦。殺す気で攻撃しろ。相手は超能力者(エスパー)だ。手足の一本・二本失っても死にやせん。少しずつでも、戦闘力を削って追い込め」

 彼は、直ちに反応した。

「デバッガ、第九十八分隊、接触します。AIフルオート、交戦開始します」


──始まった、始まって……しまった


 第一ラウンド。茉莉香達は、サルガッソ空間にまんまとおびき出されてしまった。油断していた所為もあるが、艦隊は壊滅寸前にまで追い込まれた。


 第二ラウンド。艦隊戦では、目覚めたESPエンジンの能力で逆転し、敵の海賊船に大きなダメージを与え、沈黙させた。無理を通して搬入させたESPエンジン対応装備のお陰だ。彼等に取っては、起死回生の大逆転だった。


 そして、第三ラウンド。事実上の最終決戦だ。ここで、シャーロットを追い詰め、止めを刺す。なぁに、三十分くらいなら、脳に血液が滞ろうが細胞が死滅することは無いだろう。よしんば、酸素不足で廃人になろうが、相手はエスパーだ。どの道、最終的に『ESPエンジンにしてしまう』のだ。脳神経に深刻なダメージを与えさえしなけれは構わない。

 相手は人間ではないのだ。やりたい放題すればいい。許可はとってある。大義名分はこちらにある。それに、試作した対E兵装の実験にも、もってこいのチャンスだ。


「さて、宇宙海賊シャーロットか。見せてもらおうか、その超能力(ちから)の全てを」

 オルテガ参謀は、その言葉が意図せずに口から溢れたことに、気が付かないままであった。



──ジョー、ナサニエル、戦闘機械(オートマトン)が来るぞ。


 ここは、ギャラクシー77の最外殻。船内と宇宙空間を隔てる頑丈な装甲板の上だ。シャーロットは、最大限の超能力(ちから)を振り絞ってテレポートしたはずだったが、遂に外郭装甲を突破する事が出来なかった。

 予測はしていたが、力技で船内に侵入するという事は、時間と体力を消耗する事を意味する。どうするか……。


<船長、任せときな>

<無人機くらい、僕等で始末します>


 ジョーとナサニエルと呼ばれた男達から、テレパシーが伝わってきた。彼等は『加速能力者(アクセルレーター)』。ESPを用いて脳神経パルスをブーストし、常人の何倍もの反応速度と俊敏性持っていた。しそして、『電子使い』程ではないが、それを行使できる程の超高速の思考速度も持っていた。機械知性でコントロールされた高速無人戦闘体の攻撃速度にも追いつき、追い越すことさえ出来る、数少ない戦闘系超能力者だった。


<分かった。頼むぞ。だが、無理はするな。お前達も貴重な戦力だ。甲板に穴を開ける時間を稼いでくれるだけでいい>


 シャーロットは二人を信頼してはいたが、加速能力にはタイムリミットがある。常人では不可能な事を可能にするには、対価が伴うのだ。彼等の超能力も、『電子使い』同様、脳神経に過大な負荷を与えるのだ。

 そんな海賊達の事情に構うこと無く、前方から甲板を滑るように移動してくる複数の物体があった。大きくはない。ステルス塗装のためか、肉眼では捉えにくい。なおかつ、この距離では豆粒のようで、視認は難しかった。だが、……。


──早い


 気が付くと、そいつ等はもう海賊達との距離を縮めていた。二〜三メートルほどのその機体のシルエットが、判別出来るほどの距離に迫っていた。


 その姿は、駆逐艦の対空機銃座に足が生えたような、不格好な作りをしていた。ギャラクシー77の艦上対空機動砲台(モビルガナー)=デバッガである。その名の如く、艦艇に取り付く(バグ)を掃討するためだけに創られた戦闘体である。本体を成す大口径の対空砲の基部から生えている両腕のように見えるのは、近接戦闘用の機銃かパルスレーザーだろう。

 そう判断している間に、そいつ等は不意に視界から消えた。

 デバッガは、その優れた機動性能で、即座に海賊達を取り囲むように散開したのだ。その動きには、シャーロットでさえ反応しきれていなかった。

 AIからするとナマケモノのようにゆっくりとした速度でシャーロットが首を向けると、パパパと、光が飛び込んできた。

 思考が判断するよりも先に、本能がサイコバリアを張っていた。閃光が、眼前で弾けて霧散する。


<クッ、パルス……レーザー、か>

<大丈夫か船長>


 気が付くと、ジョーがシャーロットの傍らに立っていた。

<大丈夫だ。ギリギリでバリアを張れた。それより、しばらくアイツ等の相手を頼む>

 あの機動性で攻撃をされ続けられると、こちらが消耗するだけである。奴等に反応できるのは、アクセラレーター達だけであった。

<任せろ、船長>

 テレパシーが脳内で響いたと同時に、二人が掻き消すように消えた。

 テレポート? いや、違う。シャーロットにさえ認識不可能な速度で移動したのだ。

 その一瞬後には、遥か先で閃光が煌めいた。爆発の衝撃波は、やや送れて到達する。ここは、彼等に頼るしか無い。


<マリヤ、視えるか?>

 気を取り直したシャーロットは、マリヤと云う女性を呼んだ。彼女も、他の宇宙海賊同様、黒のピッタリとした戦闘服(スーツ)を纏っていた。そのせいか、凹凸のはっきりとした豊満な肢体(からだ)のラインが際立っていた。その美貌と相まって、面識のない男は、皆、欲情を覚えるだろう。

<いいえ、船長。エンジンルームを透視するのは、無理みたいね>

 彼女は、透視能力者だったのか。巨大なギャラクシー77の船体の奥深くに搭載された、ESPエンジンの位置を特定しようとしたのだろう。

<やはり、無理か。なら、総船室ならどうだ>

 彼は、以前に侵入した時のイメージを、マリヤに送った。

 彼女が返事をするまで三秒ほど。しかし、それが、やけに長く感じた。その間に、遠くで十数個の爆発があったのだ。

<無理ね。はっきりと透視出来ない。この甲板の所為かしら>

<やはり、そうか……>


 艦上機動砲台(モビルガナー)の搬入に伴って、ギャラクシー77の甲板には、『エネルギー伝導装甲システム』が組み込まれた。甲板を通じて、主砲(ビッグホーン)対空砲(デバッガ)に、動力を供給する為である。だが、その効力は、動力伝達に留まらなかった。外からの攻撃──熱や光、衝撃等のエネルギーを拡散・吸収してエネルギーとして取り込むことで、ダメージを軽減する効果も同時に備わっていたのだ。海賊達のESP波ですら、無力化することが可能であった。


<オレに任せろ>


 船長の前に出てきたのは、シオンだった。彼は、強力な破壊エネルギーを開放する『プラズマ』を放つことが出来る。以前に、シャーロットとともに、ギャラクシー77に乗り込んだ者達の一人でもあった。

 シオンが両腕を頭上に掲げると、手の間に眩く輝く光球が形成され始めた。スペクトル分析をすれば、それが太陽と同じである事が分かるだろう。

 彼は、自らが形成した小太陽を、無造作とも思える動作で足元の甲板にぶつけた。

 いつもなら、輝く閃光と高熱を伴って、特殊合金の装甲板でさえ跡形もなく爆発・四散するはずであった。前回も、そうだった。

 しかし、今は違った。

<クッソ。何故だ。プラズマが効かねぇ>

太陽にも等しい破壊エネルギーは、甲板で弾けて霧消した。エネルギー伝導装甲の性能(ちから)である。

<なら、もう一度>

 シオンは焦っていた。海賊達の中でも随一の戦闘能力を持つ自分がここで役に立たないなんて。これでは、間近で戦っている仲間が危ない。


 彼は、もう一度、両腕を掲げると、さっきよりも大きなプラズマを形成しようとした。

<止めておけ、シオン>

 彼を制したのは、船長だった。

<何故、止める。オレがやらなきゃ、ジョー達が!>

 シオンの、絶叫のような精神波が、海賊達の脳内で響いた。

<止めろと言ってるだろう。超能力(ちから)を無駄に使うな。お前には、後で役に立ってもらう。……モス、頼む>

 そう言われて出てきたのは、見上げるような巨漢であった。

 横に退いたシオンは、明らかに不服そうであった。「チッ」と舌打ちする音が、真空中でも聞こえてきそうであった。

<そう僻むな、シオン。中に入ったら、いくらでも活躍してもらう。あてにしてるからな。……モス、出来そうか?>

 船長の言葉にも無関心な様子のモスという男は、甲板に膝を着くと、片手でそれを撫でさすり始めた。


 そして、数秒が経った。

<見つけた……。あったよ、船長>

 モスがノッソリとした動作で、船長へ顔を向けた。その顔は無表情で、テレパシーが無ければ何を考えているかさっぱり分からない。

 しかし、シャーロットは何かを感じ取ったのか、コクリと頷いた……。




「デバッガ、第九十八分隊、全機、シグナルロスト。第八十・第百七分隊がフォロー……、あ、第八十分隊、半数以上が大破、行動不能」

 オペレータの報告に、オルテガ参謀は、驚きを隠せなかった。

「何だと! こんな短時間で……。船尾方向へ戦力を集中」

 超能力者(エスパー)というのは、これ程の戦闘力を持っているのか……。マッハ五以上の速度で行動するデバッガを、こうも簡単に無力化できるとは。恐るべき相手だ。

 参謀が思考している間にも、戦況は変わりつつあった。

「W25ブロック、第六百二十七番ハッチが開いています。船内に侵入されました」

 オペレータが報告する。

「なにぃ! 一番近い部隊はっ」

 参謀は、直ちに幾通りもの可能性を思い浮かべ、最も可能性のある状況と対応策を見出そうとしていた。

「第三小隊です」

 直ちにオペレータが反応した。

「すぐに急行させろ。船内カメラ、どうか」

 参謀に代わって、砲術課担当士官が対応する。

「映像データ、来ません。船内カメラが、次々と潰されていきます」

「第二外装、第六百三隔壁、突破されました」


(進行速度が早いな。第三小隊は間に合うのか……)


 参謀は、焦り始めていた。

 船外で喰い止められなかった以上、機関室に達する前までに、何とかケリをつけなくてはならない。

「状況把握、急げ。侵入者の数は? 武装は?」

 情報が少な過ぎる。ここで浮足立ったら、先程の二の舞いだ。ブリッジの中は、再び不安感で満たされつつあった。



──パイロット、敵がすぐそこまで近付いてきている、キヲツケロ……


 ESPエンジンの感応波が、茉莉香の脳内に響いた。


(大丈夫だよ。今度は上手く出来る。絶対に『キミ』を護ってあげるからね)


 茉莉香には、彼等──宇宙海賊達の考えと動きが、既に手に取るように分かっていた。ギャラクシー77は、ESPエンジンに組み込まれている生体脳の身体(からだ)のような物だ。彼女は、ESPエンジンを通して、シャーロット達が何処にいて、どの通路を通るかが、既に分かっていた。


(解ってるよ。あの人達も、『キミ』の大事な子供達なんだよね。大丈夫。きっと大丈夫だから、安心してあたしに超能力(ちから)を貸して)


 未だまだ経験の少ない茉莉香だったが、今は何故だか、迫りつつある宇宙海賊達が我が子のように愛おしかった。

 そして、彼等をどうしてあげれば良いのか……? その事も、既に茉莉香の心の中で決まっていた。




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