シャーロット捕獲作戦(7)
赤黒い非情照明が、狭い室内を照らしていた。
ここは、宇宙海賊船の中央部。強固な装甲と岩塊で覆われ、出入口も窓もない閉鎖区画であった。ここに集まっている面々は、誰しもが何らかの超能力を持っている。閉鎖区画への移動は、瞬間移動で行う。
ここに入ってしまえば、普通の人間は侵入する事が出来ない。ギャラクシー77の反撃で手傷を負った海賊達は、ここに集い、治癒能力者から治療を受けていた。その中には、彼等の纏め役であるサナダ副長の姿もあった。
(シャーロット、いや船長、頼むぞ。ここにいる仲間は、私が絶対に守りきってみせる)
サナダは、海賊船長シャーロットと彼に付き従った精鋭に、全てを賭けていた。ギャラクシー77の船内に瞬間移動してしまえば、まだ海賊達にも勝機がある。船内でのESP戦闘で、シャーロットが人間に遅れを取る訳がない。
そう信じて、彼等はジッと息を潜め、身を隠していた。自分達が船長の足手まといにならないように……。
「主砲、第一射、直撃。目標、沈黙しました」
ギャラクシー77のブリッジに歓声が響いた。
「フリゲート艦による揺さぶりが効いたな。無理をして、試作段階のESPエンジン対応武装を搭載させた甲斐があったか」
オルテガ参謀は、「フゥ」と溜息を吐くと、シートに座り直した。
「主砲ビッグホーン、砲身冷却開始。次射、射撃可能まで、三千五百秒」
「遅い。もう少し縮められないか」
砲術課担当の士官が怒鳴った。
「無茶言わないで下さい。組み上げてから試射どころか起動試験もせずに、いきなりの実戦ですよ。しかも、強制インストールされたESPエンジン対応の新OSで。一発撃てただけでも行幸なんです。……ああ、やっぱり、超電導コイルが過負荷で焼き付いている。交換しなけりゃ。……もう、無茶をさせるから……」
忙しくコンソールを操作する主砲担当下士官が悲鳴を上げた。
「っく。仕方がないか。コイルの交換を急がせろ。その間をどうするか……。デバッガはそのまま臨戦態勢で待機。対空警戒、厳に。副砲ツゥインホーン、トライホーン各機、フォーメーションB。エネルギー装填のまま待機。いつでも撃てるように」
砲術課担当士官は、拳を握り締めると、吐き捨てるようにそう言った。主砲ビッグホーンと対空兵装デバッガ以外の艦上機動砲台は、通常装備の機銃とプラズマフレアキャノンしか装備していない。
(現状では、これが最善手か……)
士官はそう考えると、後ろを振り返って、参謀の表情を読もうとした。
「ふむ、良かろう」
オルテガ参謀は、そう言って眼を瞑ると、ひとしきり何かを考えているようだった。
その時、ブリッジのスピーカーから茉莉香の声が聞こえた。
<船長、五時の方向、俯角二十度に、強力なE反応。誰かがテレポートしてきます>
それは、ESPエンジンが捉えた、シャーロット達が瞬間移動をしてくる場所だった。
「来たか。艦上機動砲台各機、即時展開。宇宙海賊を迎え撃つぞ」
先程の士官が指示を出した。
「待ちなさい」
その時、オルテガ参謀は、<カッ>と眼を見開くと、指示を修正した。
「デバッガの三分の二を検知ポイントに集結。対空警戒、AIフルオート。副砲群は海賊船を照準。主砲は、もう諦めろ。時間とマンパワーの浪費だ。但し、データは録っておけ」
甲板上での戦闘になれば、大砲は使えない。ましてや人間サイズの目標になど、照準することすら不可能である。もう無人かも知れなかったが、副砲を照準させて海賊船を押さえておけば、何かの時に駆け引きの材料にはなるだろう。
そんな参謀の考えを悟ったのか、砲術課士官は命令を伝え直した。
「デバッガ、第三十二番から二百七十番部隊を船尾方向に展開。AIフルオート、対空迎撃パターン十二番。残り各機は船首から中央部へ散開。各副砲は船首に集結。目標をいつでも砲撃できるように」
指示を聞いた担当下士官達は、直ちに操作に入った。
「了解。デバッガ各機、展開開始。AIフルオート、行動パターン十二番に設定」
「ツゥインホーン各機、船首に移動。プラズマフレアキャノン、エネルギーチャージ完了」
「トライホーン各機、配置に着きました。各砲連動・自動追尾。照準固定。いつでも発射よろし」
彼等は素早くコンソールを操作して、各モビルガナーを所定位置に移動させていた。
故障した主砲=ビッグホーンは放置する。修理に人と時間をかけていられる余裕はない。
メインパネルに映し出される配置マップを見て納得したのか、参謀は少し頷くと、
「総員、対空警戒、厳に。海賊は宇宙空間で迎え撃つ。船内に入られたら終わりと思え。対E部隊は、そのまま現状の位置に臨戦態勢で待機。シャーロットは瞬間移動でやってくる。何処に現われるか分からん。他の部隊はあてにするな」
思わぬ宇宙海賊の作戦で、一時は混乱しかけていたギャラクシー77の乗員達──特に軍人達は、目の前の戦果により落ち着きを取り戻していた。自己保身をすら考えていたオルテガ参謀も、持ち前の作戦指揮能力を発揮し始めていた。彼も、伊達に参謀まで登りつめた訳ではない。超能力による常識を超えたイレギュラーさえ排除できれば、有能な指揮官なのである。
「了解。各隊、現状のまま臨戦態勢で待機。非常時は各個の判断で発砲を許可する」
参謀の指示を受けた士官も、的確に戦況に対応しようとしていた。
「ビッグホーン担当のメカマンは、副砲のバックアップに回れ。デバッガ各機は突然の海賊出現に注意。各担当オペレータ、コンソールから眼を離すな」
「了解。デバッガ各機、配置完了まで、二十五秒」
「副砲各機、配置完了。照準固定。自動追尾、開始」
こと本格的な戦闘に入ってしまえば、ギャラクシー77のクルー達は、なるべく軍の足手まといにならないように、操船に集中するしか無い。船長は、参謀の指示を黙って聞き入れていた。
そんな船長の考えを悟ったのか、参謀は身体をひねってキャプテンシートを見上げると、
「船長、海賊との戦闘は、我々に任せて下さい。パイロットには、ESPエンジンの安定動作に集中するようにお伝え願いたい。ここで、またパワーダウンされては、折角のチャンスを逃してしまうやも知れませんからな」
と、釘を刺すような言葉を放った。
その言動に、一瞬眉をひそめた船長だったが、この作戦に限っては、『エトウ財団』からの特命事項である。元より船長達に選択肢は無かった。
「分かりました……」
彼は観念したようにそう応えると、マイクを手に取った。
「茉莉香ちゃん、船長の権田だ。今後は宇宙海賊達との直接戦闘に入る事になる。海賊への対応は軍に任せて、茉莉香ちゃんは、ESPエンジンの操作に専念してくれたまえ。特に、パワーの供給には気を付けて欲しい」
船長の言葉が伝わったのか、程なく茉莉香からの返信があった。
<こちらパイロット。了解しました。ESPエンジン、安定動作中。戦闘AI群との連動、良好。ESP波、いつでも無制限の供給が可能です。……えーと、ご心配かけました。動力については、あたしが責任をもって供給し続けます>
茉莉香の言葉には、少し照れが混じっていた。自分の所為で、船が分解しそうになった事を自覚しているのである。
「そうか。済まないな、茉莉香ちゃん」
船長がそう言うと、参謀もマイクを手に取って、一言付け加えた。
「私からもお願いする。対E戦闘になったら、ESPエンジンだけが頼りだ。あてにしておるよ」
その言葉には、少し嫌味が含まれていたが、尤もな事であった。反論の余地は無い。
<は、はい! 了解しました。ご期待にそえるよう、が、ガンバりますっ>
少し恐縮した茉莉香の声が、スピーカーから響いた。宇宙海賊との直接戦闘を目の当たりにしたとは言っても、彼女は未だ十代の少女なのだ。囮とは言っても、『ESPエンジンを護り抜く』事が、戦局の鍵となる。荷が重い仕事ではあったが、茉莉香にしか出来ない事なのだ。
そんな彼女の返答をどう思ったのか、参謀はシートに座り直すと、改めて状況を映し出す正面パネルを見つめた。そして、現状を確認するように、こう言った。
「海賊達は、皆、エスパーだ。奴等への対処は、基本敵に、AIに委ねよ。但し、イレギュラーに注意。護衛艦はどうか?」
最後の言葉に、別の下士官が応えた。
「コロンブスー1,ー3、両艦とも海賊船を追尾中」
それを聞いた参謀は、ギラリと眼を光らせると、
「そうか。よろしい。両艦は相対ベクトルを固定し、現状維持。いつでも突入できるよう、待機させよ」
と、命令した。それに対して、先程の下士官は、護衛艦へ指示を伝えた。
「コロンブスー1、コロンブスー3、現状のまま目標を追尾。いつでも海賊船に突入できるように待機。間違っても逃がすなよ」
<コロンブスー1、了解>
<コロンブスー3、了解。しかし、ESPコンバータの稼働限界が近い。ESPエンジンのサポートが切れれば、本艦はプラズマの海に呑まれて分解してしまう>
それを聞いた下士官は、心配そうな顔で、参謀の方を振り向いた。
「……だそうです。どうしましょう?」
彼も、他の軍人同様、このような異常空間での対E戦闘などは未経験だった。
「分かっておる。時間ギリギリまでで良い。タイムリミットの時には、ESPエンジンの超能力で回収させる。海賊船は保険だ。今は、シャーロットの捕獲が優先する」
オルテガ参謀の言葉を理解したのか、下士官は、二隻の護衛艦に次のように打電した。
「護衛艦各艦へ。ギリギリまで、追尾を続けてくれ。限界に達する前に、こちらで回収する。念のため、総員、宇宙服を着用の事。……あてにしてるからな」
<了解した。回収の方は頼む>
<コロンブスー3、こちらも了解した>
ギャラクシー77側は、未知の力を持つ相手に対して、このように、出来るだけ万全の態勢を取ろうとしていた。
だが、『万全』と『完璧』とは違う。
<くそっ。やはり、直接、船内へテレポートする事は出来ないか。さすがは、祖父さんのサイコバリアだな>
シャーロット達は、プラズマの荒れ狂う宇宙空間に浮かんでいた。眼下には巨大な円柱状の超合金の塊が浮かんでいる。その表面を蠢いている豆粒のようなモノは、対空迎撃用の自動兵装だろう。
<船長、どうします?>
傍らにいた真っ黒な戦闘服を着た海賊が、テレパシーでシャーロットに尋ねた。
特に生命維持装置やヘルメットを着用してはいない。彼等は、自らの超能力で真空中での生命維持をしていた。当然、会話もテレパシーだ。
<サイモン。どうだ?>
シャーロットは、背後で眼を瞑って精神を集中させている男に訊いた。
<駄目だな。指令コマンドには、スクランブルがかかっている。割り込みには、かなりの時間がかかるが……そんなには待ってはいられないだろ。それに、各機の動作も……AIにより独立してるな。しかも、よく育ってる。手動とは桁違いの反応速度で襲ってくるぞ。かなり……手強いな>
<何! お前程の『電子使い』でも、扱いかねるのか>
シャーロットが唸った。
電子使い──ESP波を電子回路に同調させ、意のままに電子情報の奪取や電子機器の操作を可能とする。一瞬の内に膨大な情報処理をこなす機械知性体の回路に侵入してハッキングを行う彼等は、限られた時間だが、普通の人間の数桁以上の速度で思考を働かせる事が出来る。
サイモンは、仲間内でも特に秀でた能力を持っていた。地球の衛星──月を丸ごと改造した軍の戦略中枢コンピュータに侵入して、海賊船の基となった小惑星を手に入れたのも、彼の手腕による。その彼が、音を上げたと言う。それ程に、ギャラクシー77のAI群が、短時間の内にこの戦況を学習し、進歩を遂げたという事であろうか。
<多分、オリジナルの戦闘AIじゃないな。対ESP戦闘用にフルカスタマイズされている。しかも、至る所にトラップが仕込んであるな。危うく、精神を乗っ取られる所だったぜ。これも多分……>
<祖父さんの超能力か……。伊達に百年以上、脳だけで生きて来た訳じゃないという事か>
サイモンと呼ばれた男は、直感的に、ESPエンジンがギャラクシー77の戦闘知性体群を対E戦に備えて上書きした事に気付いたのだろう。サイモン以外の者なら、逆に意識を乗っ取られて居ただろう。彼だからこそ、ギャラクシー77の戦術ネットワークに侵入しても、無事で返ってこれたのだ。
<分かった。サイモン、お前はしばらく休んでろ。ショットは、サイモンのフォローだ>
電子使いは、機械知性体に劣らぬ速度と量の情報処理をこなすが、その分、尋常ではない程の精神集中を必要とする。さすがのサイモンも、消耗が激しかった。十五秒とはかからない短時間の侵入ではあったが、彼の頬はゲッソリと痩けていた。そんな彼に、ショットと呼ばれた男は、栄養剤と思しき錠剤を手渡していた。サイモンは、震える手で錠剤を受け取ると、口に放り込んでいた。
<おめぇら、フォーメーションは、今、イメージした通りだ。加速能力者を前衛にして、対空兵装を突破する。レンとマージは、アイシアの『影』に潜んでろ。余程の事が無い限り、手を出すな。これから怪我人が続出するからな。治癒能力者は貴重だ>
シャーロットの指示に、全員が主是した。各自の役割は、そのイメージがテレパシーで伝わっている。
<オレ達が仕掛ける事は、概ね察知されているだろう。すまんが、皆の生命をオレに預けてくれ。……行くぞ。自分の分の『栄養剤』は持ってるな。飲み過ぎで、腹を下すなよ>
尋常ではない事象を実現させる超能力だが、その分、体力と精神力の消耗も激しい。長時間に渡って使い続けるために、海賊達は、即効性の栄養剤を所持していた。だが、これがすこぶる不味い。体質によっては、消化器官を阻害する事もある。シャーロット自身、今までに何度も戦闘服に『お漏らし』をした事があった。
しかし、今はそんな事を気にしている時ではない。
──今度こそ、先祖の脳神経を奪還するのだ
その決意を込めて、彼は、GOサインを出した。一瞬にして、海賊達の姿は、かき消すように消える。
迫りくる宇宙海賊に、ギャラクシー77は、茉莉香はどう対応する? 彼女達は、ESPエンジンを護り切ることが出来るのだろうか?




