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シャーロット捕獲作戦(5)

──敵が来る


 ギャラクシー77のESPエンジンは、本能的に危機を察知していた。


 レーダーもセンサーも効かない。高レベルの電磁輻射線で遠赤外から紫外・X線領域までのスペクトロメータもレンジオーバー。重力波ソナーも、ブラックホールの近傍では、小さな海賊船などノイズに紛れてしまう。ましてや、人間サイズの質量体の補足は論外であった。

 いわば、眼も耳も失ったギャラクシー77は、何とか現状を打破しようとしていた。

 しかし、戦術AIを筆頭とする機械知性体群も、参謀をトップに据える対ESP機械化軍団も、打つ手がなく、完全に手足を奪われた状態であった。


──人間も機械知性も当てにならない


 ESPエンジンに組み込まれた生体脳は、薬物と電気刺激で以って自我と知性を失わされていたはずであったが、深層心理の奥の奥底に生存本能のようなものが残っていた。


──パイロット、ワタシはここだ


 ESPエンジンは、最後の頼みであるパイロットの声を待っていた。

 様々なセーフティープログラムによって、ESPエンジンが自らの判断で勝手に超能力(ちから)を使うことは禁止されていた。この機能は、危機的なこの状況でも執拗に働いていた。ギャラクシー77が完全に分解でもしない限り、この(くびき)から逃れることは出来ない。


──どうしたパイロット、命令(コマンド)をくれ


 ESPエンジンは、焦っていたのかも知れない。「このままでは取り返しのつかない事になる」と、『彼』は思っていたのだろうか。ソレは、考えることを禁止された中で、それでも必死に解答(こたえ)を導き出そうとして、現状で可能なあらゆる試みを行っていた。


──パイロット、パイロット、返事をしてくれ、危険が近づいている、パイロット……


 ESPエンジンは、危機を感じながら、ただひたすらにパイロットの(コマンド)を待っていた。


……どこ? どこにいるの


 気が付いた時、ESPエンジンは、微かな声を感じたような気がした。その声は、か細くて弱々しかったが、どこかしら懐かしい気がした。


──ワタシはここだ、パイロット、ワタシはここにいる


 ESPエンジンは、その微かな篝火(かがりび)のような希望に縋ろうとして、必死に『声』を求めた。


……いた、アナタなのね、やっと通じた、あたしのコト分かる?


 掴まえた。これこそ待ち望んでいた『声』だ。微かだった小さな光は、今や大きく燃え上がる炎となろうとしていた。


──パイロット、パイロットだな、危機が間近に迫っている、パイロット、ワタシを導いてくれ


……分かったわ、あたしと同調して、先ずは船の動力を再起動させるの、……それから……


 それは、待ち望んでいた『(コマンド)』だった。ESPエンジンは、その持てる超能力(ちから)の行使を、パイロットに委ねた。そして自らは、システムの奥深くに沈み、その持てる全ての超能力を開放すべく、精神を集中し始めた……



 サルガッソ空間の濁流に揉まれていたギャラクシー77の船体の奥底から、<フィーン>と云う微かな音が聞こえ始めた。最初にその音に気が付いたのは、機関長であった。

「何だ? こりゃ……」

 超伝導状態を失って機能不全に陥っていた補助推進器の再起動を急いでいた機関士達の中で、彼は思わず手を止めて、そう口走った。

「どうしたんです、機関長」

 機関長が手を止めたのに気が付いた機関助手が、そう訊いた。

「シー、静かに。……聞こえる」

 機関長は、機関助手を制し、聞き耳を立てた。


──フィーィーィーィー、フィィィーン


 音は徐々に、高く、大きくなっていった。


 遂に、赤黒い非常照明の中で働いていた現場の機関士達も、気が付いて、耳をそばだてる迄になった。

 その時、<ガシン>と大きな音がして、主機関が唸りを上げて振動し始めた。同時に、天井の発光体が明滅して、機関室を白い灯が照らした。機関長も機関士達も、思わず天井を見上げる。復帰した明かりに照らされて、思わず感嘆の声が溢れていた。


「エンジンが、船が、生き返った……」

 機関長は、我知らず、そう漏らしていた。



「船長っ、電源が復帰しました!」

 ここブリッジでも、照明が復活し、薄暗かった室内が明るくなった。

「分かっている。総員、各部点検。直ちにシステム再起動準備」

 オペレータの報告に被さるように、船長の命令が、ブリッジに響き渡った。

「主動力、復帰。電圧、定格内で安定」

「航法システム、起動プログラム、ローディング開始。……あ? え? こ、これは……」

 起動キーを入力しようとしたオペレータ主任だったが、思わぬ事態に、ついそう口走ってしまった。

「どうした。敵が近づいている。一刻も無駄に出来んのだ。速やかにシステム再起動」

 船長が、そう叱咤した。しかし、オペレータ主任は狼狽して、こう報告した。

「ブートプログラムが勝手に動いているんです。何処かから、別のプログラムデータが入力されています」

「何ぃ! 敵のハッキングか⁉」

 船長の指摘に、ブリッジ内に緊張が走った。

「わ、分かりません。……あ、起動します」

 オペレータ主任の言葉が終わらないうちに、ブリッジのコンソールが激しく明滅し、大量のデータ入力を示す文字列が、眼にも止まらぬ速さでディスプレイに流れていった。

「総員、コンソールの情報に注意。不審な点があれば、叩き壊してでも止めろっ」

 状況の異常さを感じ取った船長は、キャプテンシートから立ち上がると、そう指示を出した。

「航法制御システム、起動。自己診断に入りました。……ば、バージョン9.99! 新しいプログラムです!」

「船内管制システム、起動。こちらも新しくなっています」

「戦術支援AI、再起動完了。……え? これは……AIが、何者かと高速で交信しています」

「超空間ネットワーク、再構築。システム、オンライン。プロトコル、バージョン4.5b。こちらも新規バージョンです」

 各オペレータから次々に入る報告に、船長も参謀も困惑していた。


──システムが新しく書き換わっている。これでは、まるで……


「船が、新しく生まれ変わっているようだ」

 オルテガ参謀は、半分放心しながらも、無意識にそう口走っていた。

「生まれ……変わる?」

 参謀の呟きを聞くまでもなく、船長も同じ事を考えていたのだ。


 だが、人間達がゆっくり(・・・・)と思考していた間に、機械知性体群は新しいシステムに速やかに対応していた。


<主動力、リミッター解除。出力、無制限>

<補助推進器、急速冷却。超電導状態まで35000ミリ秒>

<エネルギー伝導装甲板、変換効率、45パーセント,50,60,75,……変換効率85パーセントを突破>

<船外観測センサー、ESP場に同調。外部強電磁場の干渉をオミット>

<戦術情報索敵システム、ESPエンジンに直結。これより、照準は超感覚受動体を介して行う>

<ミストチャンバー、クローズ。コロイドミスト、イオン化・拡散・消失>

<直ちにESPバリア展開、……展開完了。装甲板温度、325ケルビンまで低下>

<主機関、出力臨界。念動推進器、起動。両舷前進、最微速>

<船体、安定。船内管制プログラム、スタート。全ブロックの独立制御AI、コンタクト。システム、アップデート開始>

<生体ESPフィールド、コネクト。ニューロン・リンケージに干渉。ブレイン・ハック開始。直ちにアップデート>

<機械知性体および生物知性体、中枢システム、アップデート完了。ブートストラップ起動>



「はっ……」


 船長が我に返る迄にかかった時間は、僅かに1秒足らずのものであった。しかし、自分が変わったと感じるには、充分な時間であった。

「船内管制システム、再構築完了。全AI、超空間ネットワークにてオンライン。独立連動開始」

「ESPバリア、展開完了。船内電磁場環境、安定」

「FCSコンタクト。シーカー、オープン。全天スキャン開始。完了まで120秒」


 いつの間にか、オペレータ達は、バージョンアップしたシステムに違和感無く対応していた。ギャラクシー77のブリッジは、完全に機能を取り戻した。しかし……、


「あ、あれ? 何で、使い方が分かるんだ?」

 オペレータ達は、自分が1秒前までとは明らかに違う事を実感していた。

「何が起こった。……いや、分かった。……違う、解っている」

 シートから立ち上がったまま、船長は眼前のメインスクリーンを睨んでいた。彼の言葉に、参謀はシートから身を乗り出すと、キャプテンシートを振り返った。


「船の電子システムだけでなく、我々もバージョンアップされたのだ。……ESPエンジンによって」


 そう。ESPエンジンは、その膨大な情報処理能力を駆使して、ギャラクシー77の電子システム群を、対ESP戦闘用に書き換えたのだ。それと同じくして、操作する乗組員の脳神経をもバージョンアップしたのだ。

 今やギャラクシー77は、機械知性体群と生物知性体群がESPエンジンを(コア)として連携駆動する、『巨大ESP知性体』として生まれ変わったのだ。


 船長以下、ブリッジのクルーも、乗り込んでいる軍人も、その事を自覚していた。いや、自覚させられていた。


──これなら勝てるかも知れない


 ブリッジの誰もがそう思っていた時、正面のメインスクリーンに、十代の少女の顔が映った。セミロングの髪の毛をポニーテールにまとめ、愛くるしいながらも挑戦的な目で船長達を見つめる彼女は……、


<ハーイ、茉莉香(まりか)だよ。おっ待たせー。ESPエンジン、快調。船内動力、復活。ESPバリアで、『サルガッソ』のプラズマも平気だよ。皆、怪我とかしてない?>


 ブリッジのスピーカーからは、少女の少しかん高い、しかし元気な声が飛び出してきた。

「茉莉香くん。無事だったか」

 航海長がマイクを取って、少女に返事をした。

<うん。茉莉香は大丈夫だよ。それより、皆、急いで配置について。ESPエンジンが、危険なモノが近づいてるって、言ってんの>

 スクリーンに映る彼女は、少し真面目な顔をすると、そう言った。

「危険? 宇宙海賊か!」

 オルテガ参謀が、思わず彼女に問い掛けた。

<うん。宇宙海賊だよ。でも……前回よりも強くなってる。強力なESP波を放ってるよ>

 茉莉香は、そう応えた。船長が、厳しい顔をして頷いた。


 その時、

「船首方向、アンノウン感知。距離、二万五千。本船に接近中」

 と、オペレーターが報告した。

「このプラズマの嵐の中を、どうやって……」

 参謀が驚愕した表情を見せた。

<あたし達とおんなじだよ。サイコバリアを張って、念動力で移動してるの。超能力があれば、センサーなんて要らないんだもん。こっちの位置もバレバレだよ>

 茉莉香が、そう説明した。

「むぅ」

 オルテガ参謀が唸った。相手はエスパーである。普通の人間の常識を超えてくるのだ。

「ESP波、パターン照合。シャーロットのものと一致」

「目標、尚も接近中。距離、二万二千」

 再びブリッジ内に緊張が走った。

「総員戦闘配置。対E戦闘用意」

 今度こそ、船長の確たる命令が下された。


 この新しい力で、茉莉香達は、このピンチを切り抜けられるのだろうか……




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