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シャーロット捕獲作戦(3)

「くっ、はめられた。これが、シャーロットの罠だったのか」


 ギャラクシー77の船長は、奥歯を噛みしめるように、低い声を発した。


──セクターK99,ポイント99ω。銀河の難所『サルガッソ』


 それは、複数のブラックホールと白色矮星が連星を成し、複雑な重力場の中で無数の磁場が絡み合って相互に交錯した空間であった。そこここに生じる強磁場の交叉点では、高密度のプラズマが発生し、γ線やX線の輻射光が暗いはずの宇宙空間を照らしていた。

 のみならず、連星からブラックホールに流れ込む濃密な星間物質がイオン化して激しく渦を巻き、容赦なく船体を絡め取っている。

 ランダムに発生する強電磁パルスの影響で、電子機器は干渉を受けて戸惑い、船のAIシステムは突然の事態に混乱していた。


「百五年前、まだ人類がおっかなびっくりと銀河を探索していた時、初期のESPエンジン搭載の超光速探査船『さきがけ』が、運悪く、この空間に迷い込んだ……」


 船長は、誰に言うとでもなく、呟いていた。定期航路が整備された現在では、宇宙の伝説として語り継がれるものだった。

 当時の航海日誌には、こんな一節があったと云う。


──高濃度の星間物質と、複雑に絡み合った強電磁場の荒れ狂うこの空間は、古の地球で語り継がれてきた航海の難所のようである。あらゆる電子機器は、高エネルギーの星間プラズマで振り切れ、強烈な輻射線で船体外殻は蕩けそうになっている。ESPエンジンを搭載していなかったら、本船はこの危険な宙域に囚われたまま、あっと云う間に分解・蒸発して、星間物質と共にブラックホールに呑み込まれていただろう……


「海賊共は、我々をこの宙域に送り込むために、罠を張っていたのか。……オペレータ、直ちに全天索敵。シャーロットは、ここにいるぞ!」

 オルテガ参謀は、半ば取り乱しながらも、檄を飛ばした。

 しかし、クルー達の反応は鈍かった。

「強電磁パルスとマイクロ波輻射で、レーダーが全く効きません」

「船外カメラ、全スペクトル領域でオーバーレンジ。背景輻射で真っ白です」

「各種センサー、メーター振り切れています。計測不能」

 この宙域の高エネルギーのイオン乱流と強電磁輻射線で、船のセンサー類は焼き付きかけていた。

「ええい、泣きごとを言うな。レーダー、マイクロ波強度を上げろ。カメラにはフィルターをセット。何としても、海賊を見つけ出せ!」

 参謀はシートから立ち上がって、手ずから命令を下していた。

「無理です! 太陽近傍で重力場に捕まったようなものです。早く脱出をしないと、本船も危ないんですよ!」

 船務長が、悲鳴のような叫びを上げた。

「ビルケラント電流、数値高い。計測不能です」

「コロイドミスト、イオン化しています。崩壊まで、およそ三十分」

<ブリッジ、見張り員。船外カメラ、予備も含めてホワイトアウト。フィルターも役に立ちません>

<ブリッジ、機関室。補助機関、出力、安定しない。EM推進機関の超電導状態が維持できない。このままじゃ、難破するぞ。脱出航路の指示を乞う>

 この言葉に、参謀はマイクに怒鳴り散らした。

「脱出だとっ。バカを言うな。折角、宇宙海賊を捉えるチャンスなのだぞ。それを、おめおめと引き返せと言うのか!」

<なっ……。そんなこと言われたって……機関が保ちませんぜ。……ザ……ザザ……>

 機関室と交信していたスピーカーに、ノイズが混じった。

「どうした!」

 参謀が、思わず怒鳴った。

「機関室との通信途絶! 戦術データリンク、ネットワーク接続、維持できません」

 遂に、船内の重要施設との連絡も困難な状態になってきていた。艦隊は、速やかで冷静な判断を必要としていた。

 しかし、歴戦の勇士であったオルテガ参謀も、宇宙の難所の中では平静を失いつつあった。それを制したのは、権田(ごんだ)船長であった。

「参謀、『サルガッソ』を甘く見てはいけません。この宙域では、電子機器は当てになりません。かと言って、これだけの背景輻射の前では、カメラも人間の眼も、豆粒に等しい海賊船を見つけることは困難です。……傷の浅いうちに撤退命令を」

 船長は、冷静に、参謀を見つめていた。その厳しい眼差しに、参謀は、一瞬、畏れを感じた。ブリッジ内が、静寂で満ちる。


 しかし、束の間、船体が激しく揺さぶられた。同時に照明が再び消え、赤黒い非常照明に切り替わる。

「何が起こった。各部、ダメージ報告」

 すぐさま、船長が状況確認の指示を下した。

「第三百四十一アンテナに落雷。船内ネットワーク、一時断絶」

「機関、出力、不安定化の模様」

 オペレータが、怯えたような声で報告した。

「どうした。曖昧な報告をするな!」

 オルテガ参謀は、焦りを隠せなくなっていた。

「……そ、それが、機関室と連絡が取れないんです」

 動揺するオペレータに、船長は眉をひそめた。

「通信回線の復旧を急げ。航法システム、どうなっとるか」

 船長からの問に、担当係員は、

「電磁パルスの干渉で、戦術支援AI共々混乱しています」

 と、情け無さそうに応えた。

 グラリと、再度衝撃が船体を襲った。濃密な星間プラズマと電磁場の嵐の中で、巨大なはずのギャラクシー77は、木の葉のように玩ばれていた。

「機関室の呼び出しを続けろ。ESPエンジンはどうした。操船室に連絡を取れ」

 船長は、何とかして船の状況を捉えようとしていた。

「……船長。操船室との連絡、未だ取れません」

 この報告を聞いて、クルー達は浮足立った。


──いったい、この船はどうなるのだろう


 誰もが、そんな言葉を頭に浮かべていた。

 しかし、船長は諦めなかった。

茉莉香(まりか)ちゃん──パイロットの呼び出しを続けろ。機関室もだ。AIサポートは当てにするな。各システム、マニュアルに変更。船体を維持しろ」

 薄暗いブリッジの中で、クルー達は頭を振ると、気を入れ直して機器の操作を再開した。

 しかし、ほぼ全自動操船されるギャラクシー77の電子システムに慣れきったクルー達にとって、手動操船(マニュアル)は、訓練以外では初めての事だった。不慣れな操作の中で、ブリッジ内の──いや、全艦隊のメンバーの不安は募るばかりであった。

 そんな中で、オルテガ参謀は、仮設シートの背もたれに沈んだまま、小刻みに震えていた。


(いったい、自分の判断の、どこにミスがあったのだ。……このままでは、作戦失敗どころか、艦隊が全滅してしまう。どうすれば……)


 混乱を極めたブリッジの中で、参謀は、自らの保身を模索していた。



 一方、ここは、ギャラクシー77の操船室。

 茉莉香は、薄暗い操船室の中で、膝を抱えて震えていた。

「うわっ、また電源落ちた。揺れるしぃ。……もしもーし。ブリッジ、応答して下さ〜い。……機関室、どーなってますかぁ。……返事無いなぁ。うう、こんなところで、たった独りなんて、心細いよぅ。機関長、船長、助けてよぅ」

 茉莉香は、ギャラクシー77の中で、唯一、ESPエンジンにコマンドを送れるパイロットだった。しかし、彼女は、未だ十代の少女である。正規のパイロットになったのだって、ついこの間の事である。このような状況で、冷静にパイロットの任務を全うするなど、酷な話であった。

「ううう、怖いよう。お母さん、……先輩、……助けてよう」

 暗い非常灯の照明の中で、ノイズを映すモニター画面の光が、茉莉香の顔をほの暗く照らしていた。彼女は、心細さで今にも溢れそうな涙を、懸命に堪えていた。噛み締めた唇は、紫色になっていた。


──あたしが、この船を護って見せます。安心して下さい。


 数時間前、彼女がメインスタッフに言ってみせた言葉だった。あの時は、こんな危険な状態になるなんて、考えてもみなかった。自分は、船をジャンプさせて、後は軍隊が何とかしてくれる手筈だった。そういう約束だった。そう信じていた。


「あんな事、言うんじゃなかった。無理だよう。あたしなんかには、荷が重かったんだ。……あたし、どうしたらいいの? 誰か、教えてよう」

 シートで縮こまって震えている茉莉香は、巨大移民船のパイロットではなく、何の力もない、ちっぽけな少女だった。自分が、ギャラクシー77の乗組員、五千人の命を預かっている事すら、考えの外であった。


 そんな時、コンソールの上に、ポウと淡い灯火が浮かんでいることに、茉莉香は気が付いた。

「……な、なに、これ。で、電球?」

 最初、彼女は、流れ込んだ電磁波の作り出した、プラズマ放電かと思った。

 しかし、その光は、今にも燃え尽きそうなロウソクの灯のように、頼りなく、揺らめいていた。その光に、茉莉香はいつしか見とれてしまっていた。

 そのうちに、その光はユラユラと動き出し、宙を飛ぶと茉莉香の方に近づいてきた。

「キレイ……」

 非常時であるはずだったが、光に見惚れていた茉莉香は、思わず両手を差し出した。

 光球は意思があるかのように彼女の差し出した手の上に寄ると、その手の平にそっととまった。

「わぁ、ホタルみたい。全然、熱くないし」

 茉莉香は、子供の頃見た教育ビデオを思い出した。それは、太古の地球の動植物を紹介したものだった。その中に『ホタル』の項があった。そのひ弱な美しさに、小さな茉莉香は、それを忘れられなくなっていたのだ。

 どのくらい、その灯火を見つめていたのだろう。長い間のように感じたが、もしかしたらそれは、ホンの数秒だったのかも知れない。

 と、突然、茉莉香の頭の中に、何かのイメージが煌めいた。


 それは、声のようでもあり、薄ぼやけた景色のようにも感じた。

「これって……」

 そう。それは、メッセージのようなモノであった。


──お嬢ちゃん、落ち着きなさい。お前さんは、独りじゃないよ。


「え、えっ。何これ。どうしたの」

 それは、彼女の脳内で言葉として認識されたが、実は圧縮されたイメージデータのようなモノだったのかも知れない。


──お嬢ちゃんは独りじゃない。『彼』がいるよ。心を鎮めて、よぉく聞いてごらん。『彼』は、お前さんに話しかけているよ。


「ええ? 誰? 『彼』って何? あたし、どうすれば良いの?」


 茉莉香は、思わず声に出していたが、その答えは、既に受け取っていたように思う。


──ESPエンジン


「ESPエンジン……」


 そうだ、『ESPエンジン』。彼女は、そのパイロットだ。『彼』が目的地を──茉莉香の導きを求めている。


 ESPエンジンを導く──それが彼女の役目なのだ。

 茉莉香は、大事な事を思い出したような気がした。




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