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ESPエンジン(1)

 ギャラクシー77──それは、直径千三百メートル、長さ五千八百メートルの円筒状の巨大構造物である。その内部は、一Gの重力の下、擬似的な地球環境が再現されていた。

 ギャラクシー77は、銀河の彼方の約五千光年先に位置する、第七十七太陽系の地球型惑星までを半年で結ぶ恒星間定期航路を運航する超光速宇宙船だった。

 その心臓部は、約百二十年前に発明された、光速突破機関だった。それは、発明者のエトウ(Etoh)、スズキ(Suzuki)、パウリ(Pauli)の頭文字を取って、ESPエンジンと名付けられた事になっている。


 ESPエンジンの発明によって、これまで理論的にも実用的にも不可能だった様々な技術が現実のものとなった。

 人工重力発生装置、超空間通信、危険予知システム、フリーエナジー回収炉、低温対消滅機関、そして、超光速航法『ジャンプ』である。これらを手に入れることによって、人類は銀河の他星系への進出が可能となり、人口爆発を起爆剤とした様々な危機を乗り越えることを可能としたのだ。

 だが、その中核であるESPエンジンの製造方法は極秘とされ、発明から百年以上経った現在でも、実証機を含めて八機しか製造されていなかった。それは、実質上『富める者がより富を得る』という貧富の差を生み出す経済構造を少しも変える事が出来ていなかった。


 ESPエンジンが量産できない理由は、色々と噂されていた。


 曰く、中核であるブラックボックスの製造に天文学的な工数を要するため、

 曰く、太陽と地球を含む各惑星の位置が、特定の重力偏向を再現する時にしか製造できないから、

 曰く、ESPエンジンの理論的な裏付けが全くできていないため、特許として公開することが出来ず、そのため、特権的財団により製造方法が秘匿された、

 曰く、財団がその利益を独占する事を目的に、中核部分をブラックボックス化した、


 などなど。

 実際のところ、『ESPエンジンの製造と運用には百年に一人の有能なエンジニアが必要である』と、財団は公式に発言している。そして、その続きには『そのような環境で、八機ものESPエンジンが生産されたのは奇跡に近い』と述べられていた。



 本当にESPエンジンの製造は難しいのだろうか?


 約五十年程前、極東アジアの半島にある某国家が、ESPエンジンの実証機関を盗み出し、リバース・エンジニアリングを試みたことがあった。彼らが、中核のブラックボックスを開けた時、悲劇は起こった。某国は、半島ごと地球上から消滅したのだった。


 以来、第三者によるESPエンジンの複製は不可能との判断が下され、財団はESPエンジンとそれを搭載した超光速宇宙船を独占し、大きな富を得ることになった。



 船長はここまで説明されて、手元の盃に満たされた酒を一気に飲み干した。

「昔話だな。誰でも知っている」

 船長は感慨深げにそう言った。

「わしの父親は、ESPエンジンの開発チームの下働きだったんだ」

 年老いたパイロットは、グラスのワインを少し口に含むと、そう言った。

「ESPエンジンのことは、年老いた父が、晩酌の時によく話してくれたよ」

 安楽椅子の傍らに座ってそれを聞いていた機関長は、ゲップをすると、

「何が、『夢のエンジン』だ。エトウ(Etoh)、スズキ(Suzuki)、パウリ(Pauli)でESPエンジンだって? 語呂合わせもいいところだ。笑わせるぜ」

 と、吐き捨てるように言った。息が酒臭い。彼は、六杯目のビールを空けようとしていた。

「機関長、エンジンの調子はどうだね?」

 安楽椅子の反対側の椅子に座っている航海長が、尋ねた。

「さっき、ブドウ糖ってやつを一トンほど、ぶちまけてきたよ。奴は大食らいだからな」

 機関長はそう言い返すと、またビールを口に流し込んだ。

「本当に、幸運だった。たった二十年で、四隻の探査船と三隻の移民船が建造できたのだから」

 老パイロットは、感慨深げにそう言った。

「いい機会だ。わしは、ESPエンジンの事を、あんたらに教えとこうかと思う」

 そう言って、老人はグラスを傾けた。

 彼は、少し饒舌になっているらしい。


「このことは、船長以外は、航海長や機関長も、よくは知らされていないことだ。出来れば、他言無用として欲しい」


 この言葉を聞いて、船長は少し眉をひそめた。航海長は椅子に座り直した。機関長はジョッキに次のビールをつぎ足した。今、ここ──ギャラクシー77の操船室には、この四人しかいなかった。


「エトウを筆頭としたESPエンジンの開発チームは、何とか科学的に光速を突破できる方法は無いかと模索していた。しかし、どうしても彼らは、アインシュタインの相対性理論を打ち破ることが出来なかった。実際、現在でも、光速を突破して移動する確かな理論は発表されていない」


「だよなぁ。理論的に何にも分かってないから、複製も検証も出来ない。それでいて、実際には光速を突破出来てしまっている。何とも理不尽なものだ」

 航海長が冷静に意見を述べた。そして、左手のコップから琥珀色の液体を胃に流し込んだ。


「失敗続きのエトウのところに、スズキがパウリを連れてきたのは、チームの解散が噂されていた最中だった。エトウは、藁をもつかむ思いで、スズキの提案に飛びついた。当時、生理学者であったスズキが連れてきたパウリは、『超能力者』だったんだ」

「超能力者?」

 誰かが、その疑問を投げかけた。


「そう、超能力者だ。エトウとスズキは、物理学的・工学的に不可能な試みの糸口を超能力に求めたのだ」

 フゥ~と、誰かが息を漏らした。

 薄暗い部屋に、カランと氷の当たる音が響いた。


「パウリの持つ超能力は、テレパシーと透視だった。彼らは、月の裏側基地と地球との間で、情報を光速を超えてやりとりする実験を行った。地球で撮ったビデオ映像を、リアルタイムで月に送ったんだ。電波の速度は光速。更に月の裏側に直接電波が届くことは無い。ビデオ映像が基地に届く前に、その内容をテレパシーで受け取る実験だった。結果は、……」

「結果は?」

 誰かが、ゴクリと息を飲んだ。

「結果は、成功だった。電波で情報が届くよりも早く、その内容を前もって受信することが出来たのだ。これが、史上初めての超光速通信の実証実験の成功例だったと言われている。我々は、現在これを『超空間通信』と呼んでいるわけだ」


 老人の言葉は続く。

「この実験の成功で、彼らは光速を突破しての移動も、同様に超能力で行えると確信した。所謂『瞬間移動(テレポート)』で、光の速さを超えることが出来る、と。しかし、数十光年、数百光年を一気にテレポート出来る超能力者は、百年、二百年に一人という才能だった。パウリでも、地球外へのテレポートは出来なかったのだ」


 老人が、ここで溜め息をついた。暗がりからゲストの三人を見渡すと、苦笑しながら続きを語った。


「だが、歴史とは面白いもので、ある偶然から、パウリはその『百年に一人』の超能力者を探し出してしまったのだ。彼のことは、『一号』とでも呼ぼうか。『一号』は、本当に強力なエスパーだった。特にテレポート能力は凄まじいもので、一度は冥王星まで、三人を連れてテレポートした事もあったらしい。エトウは、このテレポート能力を宇宙船のエンジンの中核に出来ないかと考えたのだ。だがそれは、『一号』を暗い船室に閉じ込めるという事を意味する。『一号』が素直に従うわけがない。そもそも、閉じ込める事そのものが不可能だった。『一号』は、いつでもテレポートで逃げることが出来るからな。そんな『一号』を、エトウは出し抜くことに成功した。エトウとパウリは協力して、超能力を抑制する装置を開発していた。君達も時々見かけるだろう。クルーが『赤銅色の金属バンド』を身に付けているところを。あれの原型を開発したんだ」


 ここで、機関長が、ゲップをした。無くなった分のビールをジョッキに注ぎ足す。

「しかし、超能力を抑制して『一号』を捉えても、言うことを聞かせられなければ、どうしようもない。しかも、超能力を抑制する装置で閉じこめたら、テレポート能力そのものが発揮できないのでは無いかね」

 航海長は、冷静な感想を述べた。確かにその通りである。では、エトウらはどのようにして、ESPエンジンの原型を作ったのだろう?


「エトウはパウリと協力して『一号』を閉じ込めると、非人道的な実験(・・・・・・・)を行った。スズキに頼んで、『一号』の脳髄(・・)を生きたまま取り出したのだ。『一号』の脳は、エトウにより、様々な薬品と電気刺激で以って人格を奪われ、生きたままリンゲル液に満たされた瓶に押し込められた。これが、ESPエンジンの心臓となった」


 一瞬、沈黙が彼らを包んだ。


「……それは、大きな人権侵害だ。たとえ超能力者とは言え、生きたまま生体脳を取り出され人格を奪う権利は、誰にも無い。するべきでは無い。……よく問題にならなかったな」

 航海長が、怒気を含んだ声を上げた。耳が赤い。そうとう酔っているようだ。


「もちろん、彼らの行為は、違法かつ人権侵害だ。だから秘密にされた。だから特許を出せなかった。そして、量産も出来なかった。そんな強力なエスパーは、本当に数百年に一度、現れるかどうかだからな。人格を奪ったエスパーの脳は、ESPエンジンの中に生命維持装置とともに埋め込まれた。そして、ESPエンジンの中枢部へ命令(コマンド)を送るのが、わしのような『特別なテレパシー能力者』だ。『生きた瞬間移動能力者の脳』とわしのような『テレパス』がセットになって、初めて人類は光速を突破することに成功した。つまり、『ESP(・・・)エンジン』とは『超能力(・・・)エンジン』という意味なのだ。頭文字の語呂合わせじゃない」


 老人の言葉に、船長は固くその拳を握りしめていた。他の者は、声を上げる事も出来なかった。




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