大航海(1)
ギャラクシー77は、第四十八太陽系での修理・補給を終え、外宇宙へ向かおうとしていた。
<各タグボート、牽引ワイヤーのリリース準備>
<リリース準備。相対速度、マイナス12。ベクトル合わせ>
<こちらTB-9。推進力が低下している。1分だけ時間をくれ>
<各タグボート、ベクトル修正。ワイヤー張力緩め>
ギャラクシー77を牽引していたタグボート群は、逆噴射をしてワイヤーの張力を緩め始めていた。恒星系内を牽引されていた移民船は、慣性力だけで推進していた。
<各甲板作業員、ワイヤーリリース準備。いいか、充分に張力が下がってからだぞ。ワイヤーが跳ねないようにしろ>
<了解>
<了解。牽引ワイヤーリリース>
<各タグボート、ワイヤーリリース確認後に、引き込み開始>
<リリース確認。ワイヤー引き込み開始>
今までギャラクシー77を引っ張っていた幾本ものワイヤーが、キュルキュルとタブボートに巻き込まれていった。ここからは、自力での航行が始まる。
「船長、重巡のマッケネン司令から映像通信です」
ギャラクシー77のブリッジで、通信士がそう言った。
「繋いでくれ」
船長が静かにそう言うと、ブリッジのメインパネルにマッケネン司令のバストショットが映しだされた。船長は、シートから立ち上がると敬礼をした。
<権田船長、ここから先は、我々の守備範囲外だ。これから先、必ず宇宙海賊が襲ってくるだろう。くれぐれもご用心を>
「司令、この第四十八太陽系で受けた御恩は忘れません。乗組員全員を代表して、お礼を申し上げます」
<いやいや、構わんよ。宇宙海賊シャーロットは、百年に一人の強力なエスパーだ。出来るだけの装備は準備させたつもりだが、念には念を入れて対応して欲しい>
「了解です。お世話になりました」
<うむ。ギャラクシー77の航海の無事を祈っているよ>
「ありがとうございます」
ありきたりの会話の後、通信は唐突に終わった。
「船長、タグボートが離れていきます」
「うむ。安全距離になったら、『ジャンプ』の準備にかかる。両舷のフリゲートはどうか?」
「各艦とも相対距離を維持。本船とベクトルを合わせています」
「分かった。……航法支援システム起動。船内システム、『ジャンプ』に向けオンライン。フリゲートに航法システムとの同期を打電しろ」
「了解」
ギャラクシー77のブリッジでは、クルーが目まぐるしくコンソールを操作して、超光速航法──『ジャンプ』の準備を急いでいた。
一方ここは、茉莉香の待機している操船室である。茉莉香も、『ジャンプ』に向け準備を始めていた。
「航法システム、オンライン。バックアップサポートAI起動。……ええっと、それから、ESPエンジンにコンタクト。モード変更。ジャンプ先座標、再確認。……それから、先に座標入力して……そっか、スキャン開始、っと」
茉莉香は、未だまだ慣れない中、懸命にマニュアルと格闘しながら操船を進めていた。
<パイロット、ブリッジ。『ジャンプ』の準備は進んでるか>
ブリッジからの連絡である。
「あっと、ブリッジ、パイロット。ESPエンジン、出力上昇中。ジャンプ先座標固定。現在、対象座標をスキャン中。スキャン終了まで280秒」
茉莉香は慌てて、ブリッジに状況を知らせた。
<パイロット、ブリッジ。了解した。随伴するフリゲートの相対位置、両舷、各50メートル。相対ベクトル固定。偏差ゼロ>
「ブリッジ、パイロット。確認しました。ジャンプ対象を本船の近傍100メートルに拡大。ESPエンジンにインプット完了。随伴艦には、そのままの位置を保つよう伝えて下さい」
茉莉香は、そうブリッジに指示を出した。
<パイロット、ブリッジ。了解した>
ブリッジからの返事を受けた茉莉香は、もう一度マニュアルを確認した。
今回から、宇宙海賊の襲撃に備えて二隻のフリゲート艦が随伴している。本船と一緒に『ジャンプ』させなくてはならない。彼女は、何度もジャンプ対象範囲を確認していた。
しかし、『ジャンプ』はESPエンジンの超能力を使って行うものだ。最終的には、パイロットのイメージ力がモノを言う。パイロットになったばかりの茉莉香には、大きなハードルであった。
「う~ん、これでいいはずだけどなぁ。大丈夫かなぁ~。……もうしゃーない。出たとこ勝負だ。ESPエンジンにシンクロ開始。主機関、リミッター解除。フルドライブ」
茉莉香がESPエンジンに指示を送ると、とたんに機関室からクレームが来た。
<パイロット、機関室。何やっとるか。主機関は、まだウェイクアップ中だぞ。早い、早いぞ>
(そんな事言ったって、ESPエンジンを動かしてるのは、あたしなんだ。誰にも文句は言わせない)
茉莉香は、そう決断すると、機関室に返事をした。
「機関室、パイロット。問題ありません。タイミングのズレは、こちらでサポートします。主機関は、いっぱいに上げて下さい」
<おいおい、大丈夫か? ……う~ん、機関室、了解。補助エンジンからパワーを流す>
「パイロット、了解。オーバーロードに注意して下さい。バックアップパワーの充填は、そちらにお任せします」
茉莉香の返事に、機関室は多少戸惑っていた。なにせ、たかが十六の小娘に指図されるのであるから。
<機関室、了解。初めての大仕事で、気が急くのは分かるが。なぁ、お嬢、もうちっと落ち着いて操船しろや。サポートはこっちでするから>
「っ、分かりました。動力系は任せます」
<機関室、了解。お嬢、リラックス、リラックス>
そう言って、機関長は通信を切った。
「もう、機関長さんたら。あたしだって、もう正式なパイロットなんだから。『ジャンプ』だって、立派にやり遂げて見せるんだから」
茉莉香は、少し気負っていたのかも知れない。
だが、決して手を抜いている訳ではなく、焦っていた訳でもない。
(外宇宙に出たら、きっとあの宇宙海賊が襲ってくる。もう、一人だって犠牲者は出させないんだから)
茉莉香は、以前の戦闘による惨劇を思い出していた。
自分が非力なばかりに、死ななくていい人達を死なせてしまった。もう、そんなのは嫌だ!
そんな思いが、茉莉香を支配していた。
「ブリッジ、パイロット。ESPエンジン、『ジャンプ』に向けモード転換。ウェイクアップ完了。ジャンプ先座標、スキャン終了。ポイントクリア。座標固定。『ジャンプ』までの秒読みを開始して下さい」
<パイロット、ブリッジ。了解。船内に放送を流す。カウントダウン開始>
返事が来た途端、船内に明るい女性の声が響き渡った。
──乗組員の皆さんにお知らせします。本船は、間もなく『ジャンプ』を行います。不測の事態に備えて、お近くの取っ手やテーブルにおつかまり下さい。繰り返します。本船は間もなく『ジャンプ』を行います。不測の事態に備えて、お近くの取っ手やテーブルにおつかまり下さい。
いつもと変わらないその船内放送に、茉莉香は何故かホッとしていた。
──『ジャンプ』30秒前。乗組員の皆さんは不測の事態に備えて、お近くの取っ手やテーブルにおつかまり下さい。……『ジャンプ』15秒前。……秒読みを開始します。10,9,8,7,6,5,4,3,2,1、『ジャンプ』
そして、唐突に『ジャンプ』が始まった。




