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出港(4)

 ギャラクシー77は、惑星の衛星軌道上の補給基地で、物資の積み込み作業を行っていた。


「本当にあんな武器を積み込むんだぁ」

 茉莉香(まりか)は操船室のモニタパネルを眺めながら、そう呟いた。

 搬入されているのは、宇宙戦艦用の機動砲台──モビルガナーである。大砲に足が付いたようなその不格好な兵器は、甲板上を自由に動き回り、目標を砲撃するようプログラムされている。しかも、大きい。画面の隅っこの作業員と比べると、その巨大さが伺えた。

「あれぐらいに大きければ、宇宙海賊の攻撃も撃退できるかも」

 茉莉香は、少しばかりの頼もしさを感じた。


「どう、少しは驚いた、マリカ」

 突然話しかけられた少女は、思わず振り向いた。

 そこには、ブロンドの美女が軍服を着て立っていた。連絡将校のエリザベス・ハウゼン少尉だ。

「あっと、ハウゼン少尉。いつの間に……」

 その神出鬼没さと美貌に、茉莉香は息を呑んだ。

「ベスよ、マリカ」

 美女はちょっとムッとした感じで、茉莉香に応えた。

「あ、あっと、ベス。……珍しいですね、ベスが操船室に来るなんて」

 茉莉香は、ほんの少しの居心地の悪さを隠すようにそう言った。

「ええ。今のところ、興味があるのは機関室の(ミスター)だからぁ。見てくれはちょっとがっかりだけど、よく見るとカワイイのよ」

「機関長さんですかぁ。意外ですね」

「そう? 彼って見かけによらず、ナイスガイなんだから。マリカも、男を見る目はちゃんと鍛えとかなきゃいけないわよ。ところで、何を見てるの?」

 ベスは、コンソールの前に座っている新パイロットに、尋ねた。

「今積み込んでいる大砲──機動砲台ってやつを見てたんです。おっきいですよね」

 茉莉香が尊敬したように言うと、ベスは、

「我軍の大型艦上機動砲台、『ビッグ・ホーン』よ。ちょっとした小惑星だって、粉々に出来るの。それから、この隅っこの可愛らしいのが、対空迎撃用機動砲座『デバッガ』。速射荷電粒子砲を一門装備していて、甲板を高速で動きながら、主にミサイルや砲弾の迎撃を行うのよ。その他の武装として、60mm無反動実体弾速射砲を装備。甲板に取り付いた小型艇や攻撃機の排除活動も出来るのよ。どう、安心した?」

 と、ベスは茉莉香に武器の説明をした。茉莉香は、「ほう」という顔をして傍らに立つベスを見上げた。少し顔が紅潮している。

 どこから見ても美人のベスに、見惚れていたからだ。


(あたしも、ベスくらい美人だったら、少しは人生が変わってたのかなぁ)


 茉莉香は、これからの数十年を過ごす自分を思って、そんな風に思った。


「何を考えてますか、マリカ?」

 そんな茉莉香を、ベスは不思議に思ったのだろう。彼女はそう訊いてきた。

「い、いやなんでも。軍隊って凄いなぁって思って。ベスは、どうして軍人になったんですか?」

 応える代わりに、茉莉香はそう訊き返した。

「わたし? う~ん、そうねぇ。実家が軍属なのよ。父も母も兄たちも軍人だったわ。祖父も退役軍人。准将まで昇進したのよ。凄いでしょ」

「はい、凄いですね」

 茉莉香は、家族全員が軍人と聞いて、驚いていた。バリバリのエリートである。


 ギャラクシー77は軍艦ではない。保安部という防衛隊のようなものはあったが、軍隊というものではなかった。超光速航法で恒星間航行を行うが、あくまで民間の輸送船である。

 これまでは、外宇宙で襲ってくるモノがいなかったので、実質上、船に軍隊は必要なかったのだ。


(これからは、軍隊も一緒に暮らしていくんだ。一体この船、どうなるんだか)


 茉莉香は、心の中に妙な不安のようなものを抱えていた。


 実際のところ、ESPエンジン搭載船を所有しているのが軍ではなく、『エトウ財団』という特権的な民間組織であったのが幸いしたのだろう。もし、ギャラクシー77が軍艦であれば、これまでの百年は宇宙戦争の時代になっていたであろうことは、容易に想像がつく。

 最先端技術を手に出来なかった軍は、どうしてもESPエンジンとその周辺技術を、喉から手が出るほど欲しいに違いない。それで、強力な瞬間移動能力を持つ宇宙海賊が襲ってきたこのチャンスを逃したくないのだろう。


『軍は宇宙海賊シャーロットを新しいESPエンジンのコアにしようと考えている』


 茉莉香はそう考えていた。



 一方、ギャラクシー77の最外殻部では、大騒動が起きていた。


「ここの移民は隣のKエリアへ移動だ。急げ!」

「もたもたしていると、空気が無くなるぞ。命が惜しかったら、早く移動しろ」

 保安部員に追い立てられて、移民達はノロノロと隣のエリアへ移動を始めた。

「なんだよ、急に移動なんて」

「船は勝手だぞ」

 などと、文句を言う者もいたが、真正面に逆らえば自分が不利になることが明らかなので、渋々従っていたようだ。


「こら! そこ、もたもたしていないで、さっさと移動しろ」

「荷物があるんだ。もう少し時間をくれないか」

 まだ、留まっている移民に、保安部員が急かした。

「荷物なんて大して持ってないだろう。身一つで動け」

「そんな殺生な。いくら移民でも手荷物くらいはある」

「だったら、急いで手に持て」

 保安部員は汚いものを見るような目で、移民を追い立てていた。


 基本、移民はお荷物である。大きな借金までして切符を買ったのだから、手元にはほとんど財産が残っていない。実際は、手荷物どころか、着替えすらほとんど持っていないのである。

 生活に必要な水や食事は、乗船時に手の平にプリントされたバーコードで手に入る。大人しくしていれば、なんの苦労もなく行き先に到達できるのだ。そんな環境で、意欲が湧くはずもない。ギャラクシー77の乗組員も、そんな移民を差別していたし、それをおかしいとも思っていなかった。


「このエリアの移民は全て移動した。シャッターを降ろせ。気密隔壁閉鎖」

<気密隔壁、閉鎖します>

 リーダーの判断で、隔壁が閉鎖された。程なく外部へのハッチが開く。

 急激に空気の抜ける勢いで、機密服を着ている保安部員が風に飛ばされそうになっていた。作業員の目の隅に、人影らしき何かが一つ二つ流れていったが、彼はそれを気にしなかった。


 そうこうしているうちに、ブロックが真空になるのも待たずに、モビルガナーの搬入が開始された。

<ギャラクシー77の作業員は邪魔だ。どいてろ>

 軍の作業員が忙しなく動いて、機動砲台の本体と補修パーツの入っているコンテナが押し込まれて来る。

<もたもたするな。宇宙に飛ばされるぞ>

 今度は、保安部員が、軍の作業員に怒鳴り散らされていた。


 力関係などは、ちょっとしたことでひっくり返ってしまう。火器という特権を持つ軍隊も、民間人を下に見ていた。


「物資の搬入はどうか?」

 ギャラクシー77のブリッジで、船長が訊いた。

「移民の移動は終わったようです。現在、モビルガナーの搬入を順次行っています」

 ブリッジのオペレーターが応えた。

「急がせろ。ただでさえ航海日程が遅れているんだ。これ以上、この太陽系に留まりたくない」

 船長はそう言った。

 船の安全を守るためとはいえ、軍の手を借りて、しかも大量破壊兵器で武装するのである。超法規的措置と言えた。


(エトウ財団であれば、超法規的措置も気にしないだろう。しかし……)


 船長は、この先の航海を憂慮していた。船を守るとは言いながら、実際はギャラクシー77を囮にして海賊シャーロットを捉えるのが、軍とエトウ財団の目的だからだ。彼は、これ以上の犠牲者を増やしたくはないのだ。

 しかし、船長や茉莉香の気持ちとは関係なく、作業は粛々と行われていった。




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