出港(3)
1330時。場所はギャラクシー77の大会議室。
これから、ギャラクシー77のメインスタッフと、随伴艦の艦長達との間でブリーフィングが行われる。
茉莉香は、船の正規パイロットとして、この会議へ出席する。もちろん、大事な『おやつタイム』を返上してである。航海長に見つかって、無理矢理に連れてこられたのだ。
(あ~あ。折角のシュークリームがぁ。会議って、どれくらいかかるんだろう? 憂鬱だなぁ)
茉莉香は心の中で、そう思っていた。
そうするうちに、会議室の扉が開いて、六人の人物が入って来た。全員、きちっと軍服を着ている。彼らは室内に一歩入ると、揃って敬礼をした。そして、真ん中の男性がこう言ったのである。
「私は、今回の護衛任務の指揮を任された、作戦参謀のオルテガ中佐です。こちらは、護衛艦コロンブス-1の艦長、テスラ少佐と、コロンブスー3の艦長のロディマス少佐です。彼らの隣の女性士官は、秘書官のミリタリア少尉とマクガウア少尉です。以後、お見知りおきを」
と、五人の軍人が紹介された。六人目のブロンドの美女は、連絡将校のエリザベス=ハウゼン少尉だ。五人からは少し離れたところに立っている。
茉莉香が六人を呆気にとられて眺めていると、船長が立ち上がって返事をした。
「ようこそ、オルテガ中佐。私がギャラクシー77の船長の権田です。こちらは、この船のメインスタッフです」
船長はそう言って、茉莉香達を順々に紹介していった。
そして、最後に茉莉香が紹介された。彼女が立ち上がってお辞儀をすると、オルテガ中佐は、
「君が噂のミス・タチバナか。まだこんな幼気な少女だとは……。驚きました」
「い、いやぁ、それほどでもないです」
茉莉香が謙遜して、照れながら座った。
「では早速、作戦について説明します」
中佐がそう言うと、メインスタッフの間にざわめきが上がった。
──『作戦』? 何だそれは……
ギャラクシー77の面々は、船が軍の作戦に関わっている事を知らされていなかったからだ。
「静粛に。これから説明される作戦内容は、極秘事項である。皆さん、他言無用に」
船長がそう言うと、会議室の中は静まり返った。
場が静まったのを見計らったように、オルテガ中佐は再び口を開いた。
「今回の作戦は、軍とエトウ財団の共同作戦である。皆さんは民間人ではあるが、例外的に軍人に準じた扱いを取らせてもらう。尚、この件は、エトウ財団の会長と軍参謀総長からの協同の要請に基づくものであり、船長も承認済みの事項である」
その言葉を聞いて、皆は船長の方を見やった。それに気がついてか、船長は静かに首を縦に振った。
中佐は、咳払いを一つすると、再度話し始めた。
「今回の作戦の最終目的は、宇宙海賊シャーロットを『生かして確保』することである。そのために、ギャラクシー77は、囮となってもらう」
それを聞いて、会議室の中は、再びざわめいた。
「海賊を捉える?」
「この船が囮になるのかよ」
「超能力者を捕まえるなんて、そんな事が現実に出来るのかよ」
「静粛に。これこそが軍と財団の意思である。シャーロットは、約百年ぶりに見つかった優れた超能力者なのだ。新たな『ESPエンジン』の作製には必要不可欠な人材だ。それに、君たちの船を囮にすると言っても、シャーロットを引き付けるためだけである。実際の作戦は、特別に編成された軍の特殊部隊が行う。船や乗務員に危険が及ぶことは無い。安心してくれたまえ」
中佐はそう言ったが、全てが信じられるはずもなかった。そんなクルー達の気持ちを無視したように、彼は作戦内容を話し始めた。
「まず、君たちには、この第四十八太陽系の第九惑星の衛星軌道上にある、我軍の補給基地に立ち寄ってもらう。そこで、装備と人員を補給してもらう」
「中佐、その装備とは?」
構わず話を続ける中佐を遮るように、船長は、口を挟んだ。
「『モビルガナー』を数十機積みこむだけです」
中佐が答えると、航海長が呟いた。
「モビルガナー……とは?」
独り言のようなその問を受けて、秘書官の一人が立ち上がった。
「『モビルガナー』とは、戦艦クラスの大型軍艦に搭載されている機動砲台です。簡単に言えば、大砲に移動用の足とスラスターをつけたものです」
秘書官がそう言うと、正面のパネルに機体のCG映像が表示された。それは確かに、巨大な大砲に足が付いたような格好をしていた。
「上下や地表の概念の無い、無重力の宇宙空間では、全周囲がターゲットです。フリゲートクラスの艦艇なら、容易に目標の方向に転進できますが、千メートル以上の巨大な艦船では、船体の方向を変えることでさえ時間を要します」
「つまり、軍艦の主砲が目標を捉えるまでに時間がかかり過ぎて、敵の攻撃を喰らっちまう訳か」
機関長の言葉に、秘書官はニッコリと微笑むと、話を続けた。
「ご理解が早くて助かります。では、その問題を解決するには、二つの方法が考えられます。一つは、戦艦の全周囲に砲門とミサイル発射管を設けること。しかし、これは現実的でも効率的でもありません。そこで、我々はもう一つの方法を取ったのです」
「それが、甲板上を移動する大砲を積みこむ事か」
「その通りです。巨大過ぎる主砲以外の全砲塔を可動式にすることで、少ない砲門で効率的な弾幕を形成することが出来るようになりました。敵艦の攻撃で、砲塔が破壊された場合にも、容易にリカバリーする事が出来ます」
秘書官の言葉に、船のメインスタッフは、分かったような分からなかったような、曖昧な表情を浮かべていた。
秘書官は説明を続けた。
「このモビルガナーを搭載することで、ギャラクシー77は、宇宙戦艦並みの攻撃力を得ることが出来ます。各モビルガナーへの動力伝達は、甲板から無線により供給されますが、その設備は船の補修とともに設置は終わっています」
そこへ、船務長が質問を投げかけた。
「動力はいいとして、砲台の格納はどうするのです? 船にはそんな余分なスペースはありませんよ。メンテもあるだろうし、宇宙線やデプリの降り注ぐ甲板に置きっぱなしという訳にはいかないですよね」
それに対しても、秘書官は平然と応えた。
「移民を収容しているスペースを、一部使わせていただきます」
「移民街区ですか? しかし、空き容量はそれ程ありませんが」
クルーが反駁した。しかし、秘書官は、
「移民には移動してもらいます。多少、居住スペースが小さくなっても、それは仕方がないことです」
と、無表情に応えた。
クルー達は、しばし考え込んでいたが、
「まぁ、船の安全を考えると仕方ないか」
「そうだな。移民には悪いが、少し詰めてもらおうか」
「前回、海賊に襲われた時に、何人か死んでいるから、空きは出来るだろう」
と、納得したのだ。
──移民は、基本、乗組員ではない
移民は、貨物扱いなのだ。移民の人権などを本気で考える者は、船には居なかった。そして、軍にも。
「えっとぉー、大砲の他にも、兵隊さんが乗り込むんですよねぇ」
茉莉香がおずおずと質問した。
「その通りです、ミス・タチバナ。対エスパー戦に特化して訓練された、特殊部隊です。彼等の居住場所も、別途用意していただきたい」
と、中佐が応えた。
「何人くらいですか。それによって宿舎の手配が変わります」
船務長が、細かなことを質問する。
「なぁに、ホンの五十人くらいのものですよ。大した人数じゃない。勿論、ギャラクシー77の一般乗員には、ご迷惑をおかけしないよう厳しく言い伝えてあります」
「五十人ですか……。それくらいなら、宿舎を用意できます。他に必要な用意はありますか?」
「装備などは、こちらで搬入します。他は、そうですね……。彼等には美味い飯を用意して下さい。それくらいです」
「分かりました」
船長がそう答えると、作戦参謀のオルテガ中佐は満足そうに頷いた。
「他に質問は? 無さそうですね。では、会議はこれで終了です。航路や航海についての詳しいことは、フリゲート艦の航海長達とで、別途打合せて下さい。基本的には貴船の船長と航海長に一任します。以上です。皆さん、各自の持ち場に戻って下さい」
と、場を締めた。
「うーん。まずは移民の移動か……。少し手間取るだろうが、移民部にやらせよう。保安部長、ちょっと」
「何ですか、船長」
会議室から、軍人達が退出するのを見送りながら、船長は保安部長に声をかけた。
「船務長と一緒に、軍の部隊の受け入れ作業をお願いしたい。出来れば、保安部員の訓練も行ってもらえると助かるだろう」
すると、保安部長も、
「そうですね。不測の事態に備えて、保安部員にも対エスパー戦の技術について教授してもらいましょう。海賊は、いつ襲ってくるか分かりませんからね」
と、応えた。
茉莉香は、そんなクルー達のやり取りを、ポカァンとして聞いていた。
実際に正規パイロットになったと言っても、その実感が全く湧かない。今だって、戦争の事は、彼女にとって他人事である。
それよりも茉莉香には気になることがあった。
『シュークリーム』である。
会議が終わったから、早く帰って、淹れ直したお茶でおやつの続きをしなくては。
彼女にとっては、そっちの方がよっぽど重大事項だった。




